103歳児・昇地三郎博士教育学者しいのみ学園理事長・園長 

トキメキラヂオ 人生の達人 西国分校区公民のご推薦です 

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   8月久留米出演者   久留米 4月 5月 6月 7月 8月 9月   福岡 4月 5月 6月 7月 8月  9月

 幾度幸子さん

(西国分公民館)

放送中

小学時代28インチ自転車を乗り回して  8月 4日放送        

昭和初期、父が「自転車の販売・修理業」を創業。小学時代から自転車を乗りまわしていた。親戚の子供を背負って、28インチの自転車で送り届ける途中、バランスを失って、お店のショーウインドーに激突・・この失態は・・遠い日の忘れられない思い出。軍隊の都・久留米では、馬に乗った将校の往来、戦地に出征する兵士を送る母親達、武運長久を願って家族が辻に立ち「千人針」を呼びかける姿・・も子供の頃の目にすがって離れない。子供が成長したのを期に

婦人会活動に参加、活動仲間の紹介で、営業マンに。今も現役でで働きながら、地域活動を続けている。

思い出の曲(白い花が咲く頃・人生の並木路

 北原俊郎さん

(西国分公民館)

 放送中

青果業で大商・ ゴッドファーザーに心酔  8月 11日放送   

佐賀の農家育ち、厳格な父の指示で「熊本・松田農場」へ。1年間、川が風呂代わり、一汁一菜、ひたすら農作業に明け暮れた集団生活を送る。大阪と久留米の価格差を生かして自動車販売業を興した後、将来性を熟慮して、青果業の世界に。信用第一の世界、自衛隊・学校給食への納入実績を積む。次ぎは成長の兆しを読んで「外食産業・リンガーハット」への納入に専念。事業成績を伸ばし多忙な日々ではあったが、この間「青少年の健全育成」の必要性を痛感、仲間を募って、親子同伴での「カルタ会」や「キャンプ」を企画、地域作りにも腐心してきた。思い出の曲(鉄道員・ゴッドファーザー

福山郁子さん

(上津公民館)

 

放送中

八十路過ぎてロシア語を操るエコおばさん  8月 18日放送  

旧旅順工専卒業の父について満州各地を転居。満州で医師の夫と結婚。生活の折々に迫られてロシア語・中国語を覚えた。終戦後の混乱期には、身につけた語学が一家の生活と安全を守った。終戦後引き上げて最初に移り住んだのは、佐賀県の山の中。診療所生活を振り出しにその後は、保険会社に勤務する夫について全国各地を歩き、縁あって久留米に落ち着いた。大陸育ちの大らかさと父親譲りの正義感の強さが相俟って地域活動・合成洗剤追放運動に足を踏み入れ、今や筑後川を守る運動の重鎮である。

思い出の曲(ペチカ・カチューシャの唄

 的場高子さん 

(西国分公民館)

 放送中

ソフトボール・演劇に熱中した青春時代  8月 25日放送     

現北九州市八幡西区生まれ。10歳頃は遊び盛り、空襲警報が途絶えた合間を縫って学校の校庭に遊びに出た。気がつくとB29が上空一面を覆いつくし、慌てて樹木の中に逃げ込んだが爆風と地響きで震え上がった。やがて家に戻り、祖母に激しく叱られた事は、今も忘れられない八幡空襲・遠い日の一こまである。青春時代は、ソフトボールと演劇に熱中。表に出ても、物怖じしない性格だが、舞台裏での裏方も厭わない経歴(演劇部)を買われて、PTAの世話役を勤め上げた後、請われて引き続き公民館の書記役・会計係りを務めている。 

思い出の曲(カチューシャ・シーハイルの歌

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