103歳児・昇地三郎博士教育学者しいのみ学園理事長・園長 

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     ひげの医者どん 町医者 昭和8年大神淳日記から

 4 月 3日   

「雨・暖」朝来曇天午前6時30分起床7時朝食7時30分南島喜蔵は光安勝を従え、一昨日来瓦葺き替え工事の残部整理のため作業に着手せしも9時頃より降雨となりたるため作業を中止し9時40分辞去す。一昨日来瓦葺き替え工事のため家屋内外甚だしく汚染せしに由り家族の者は一斉に大掃除に着手、午前中大半を終わり午后二時迄に全部清掃し終われり、午前11時30分空閑巌来宅チヨの就職の件につき即刻帰宅を促せるに由りチヨ子身体検査証を作成交付、同嬢は午后2時辞去す、巌君は是又自己就職の件に付き久留米瀬の下親戚を訪問せるに由り幸い久留米駅に送荷しある伸代の荷物受領方を依託せり、然れども降雨激しき為にや今夜帰宅せず、午后7時30分往診10時就寝す。神武天皇祭

日本政府 国際連盟脱退を議決   2月20日  をごらんください

米国 金融恐慌  モラトリアム(支払い猶予令) 3月6日 

三陸大地震  慶長年間より3回目の大地震3月3日 をごらんください

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68年前・福岡の田舎町の再現です

この日記は、福岡県北野町(現在)で開業していた大神淳さんのものです。大神さんは、かなりお酒がお好きな方ですが、毎日欠かさず日記を書いています。

個人の日記ですが、今となれば「当時の風俗習慣を忍ぶ貴重な歴史遺産です。往診が主体の地域医療、季節をめくりながらの様々な家庭行事、大神家への人々の出入りの様子から、地域社会の深い絆が読みとれます。日を追ってご覧下さい

   4月 日記

4月1日「晴・暖」本日より左官南島喜蔵は光安勝、黒岩政夫、野口林蔵3人の人夫を従え午前8時より瓦葺き替え工事に着手、午后6時30分工事を休止帰宅す。午后2時より往診5時帰宅、5時50分より中村山口政雄氏宅に亀尾博士と立ち会い患者の腹水穿刺すを行い同患者を引き継ぎ診察することに約定9時同家の心尽くしの夕食の饗を受け、帰途塚島の急患を往診10時40分帰宅11時過ぎ就寝す。

4月2日「晴・暖}左官連中は8時来着作業を始め午后6時30分閉業本体瓦葺工事は本日を以て完了し残部の挿替へ及び下便所庇(かばや)の丸は明日着手の筈なり。午后2時30分迄に一先づ往診を打ち切り大城校に於ける赤十字社及び愛国婦人会総会に列席4時30分終了夫れより開宴5時30分愛国婦人会の記念品及び茶菓3名分と赤十字社記念品とを受領帰宅す、夫れより再び稲数、赤司、高島を往診6時30分帰宅直ちに花壇の手入れをなし7時30分夕食9時40分迄ラヂオを聞き10時就寝す。

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