2月13日 予餞会ライブ


リハーサル画像(StratcasterとTrinityを同時に弾く)

生徒たちの前で、一年ぶりのライブ

 卒業生を送る会「予餞会」のライブは、大成功でした。ライブビデオも収録しました!

 最初は、教師側から、正式な出演依頼があり、そのつもりで準備を続けていたら、びっくり、予定プログラムにクレジットされていませんでした……。
 たまたまオープニング企画の公募があったので、卒業生の西脇くんが応募する時に、一緒に応募してみました。連絡が来なかったので、教師は参加資格がないのかなと思っていたら、直前プログラムに採用されていて、二組しか応募がなく、出演できることを知りました。

 最初は、彼は彼で在校生に贈る自作曲を演奏し、僕は卒業生に贈る曲を演奏し、ボーカルを手伝って貰おうかなあと思っていたのですが、お互いの持ち時間が少ないこともあって、自然に、二人で共作をしようという流れになって、一日で完成させた曲が、"Liberation"です。
 僕の高校の生徒たちは、大学受験を人生の一番大きな目標において、そのために、十代の後半の今という人生の時を、受験勉強最優先で生きる人が多いようです。もちろん、人生の展望は、とても大切で、より幸福な未来を目指して、努力することは大切なのですが、もしも、それだけになってしまい、現在を生きるという時間の全てが未来への準備になってしまい、「今」が空洞化してしまうとしたら、本人の希望でそれをするのではなく、教師や親が、受験のために、他の大切な何かを犠牲にさせているとしたら、それは、取り返しのつかないことをさせていると思うのです。
 もしも、本人が万が一受験の前に死んでしまったら(人生では何が起こるかは何とも言えません。)、高校生活は何だったのでしょう? もしも、万が一、高校卒業まで寿命がないよとドクターに死の宣告を受けても、同じ受験勉強の人生を選択するのでしょうか?
 この問題に対して、僕は考えるのですが、人間は、未来のために備えなくてはなりませんが、同時に、いつ死ぬことになっても悔いのない今を生きたいと願うのです。だからたとえ受験勉強を頑張りながらも、学校祭での企画には全力投球して欲しいし、大好きなアーティストのコンサートがあれば、我慢せずに出かけて欲しいし、人生を考える感動の映画も見て欲しいし、もしも誰かに恋したのなら、思い切って告白してほしいなあと思うのです。
 自分が、本当に自分らしく、今の時を過ごすことが出来るように、自分自身をあるがままに解放して欲しいという願いを込めたのが、今回の曲です。

 曲は、三つのパートから出来ていて、もちろん、三つ目のパートは、当日の朝出来上がりました。
 第一の部分は、僕が作曲した"The World is ..."です。自分がこれからの人生を生きようとして、それぞれの人が、それぞれの人らしく、世界をとらえる様子を表現しました。途中から、彼のギターがソロを始めます。
 第二の部分は、彼が考えたリフを繰り返しながら、お互いがソロを交代しながら、ブレイクして、ギターソロが交互に続きます。人生をどんな風に生きていこうか、自分とはいったい何者なのだろうと、摸索する姿をイメージしてみました。ここで、僕は背中でギターを弾くのですが、若者がけれん味を求めながら、もがく姿を表現したつもりです。もちろん、縛り付ける外界の何かにとらわれずに、自分らしさを解き放とうという気持ちが示されています。僕は、"And You And Me"『対話』と名付けています。ちなみに、背中で弾き始めると、場内には、割れるような拍手が沸き起こりました。
 第三の部分は、彼のソロが終わった所から、僕が始めるスローなブルーズ。人生の繰り返しの中での、『魂の叫び』を表現してみました。
 コーダは、もちろん、第二の部分のreprise。2コーラスずつのブルースの終わりに、彼が、リフを始めて、二回ずつブレイクして、短いギターソロをとり、八分の一音符ジャで、終わります。

必ず後悔することになります。

 僕たちの出番は、11:35〜45でしたが、例によって、始まりが遅れて、僕たちが紹介された時は、大幅に遅れていました。最初のスピーチも短くしてしまって、大切なことを言う時間が作れませんでした。
 僕自身オーラがあって、登場すれば、しーんとなるのですが、盛り上がり過ぎて、一言言うと、笑いが起こって、すぐには静まらないのです。そこでの時間のロスもあって、最初のメッセージが不十分なものになってしまったのは、残念でした。でも、ライブに後悔はつきもの。演奏、そのものが素晴らしかったと信じて、気にしないことにしました。
 実は、左手の指の弦に触れる所に水泡が出来て、痛くて痛くて、完全な演奏ではなかったのですが、たぶん、西脇くんを含めて、誰も気がつかなかったのだと思います(今も、タイピングするとき、ASDの部分が痛くて痛くてたまりません。)。

なぜリアルタイムの手弾きにこだわったか?

 一番重要なのに省略してしまった話は、なぜ今回Macintoshを使わなかったかという話です。僕も、彼も、ベースもドラムも演奏できるので、Macintoshで、ベースとドラムをHDレコーディングしておいて、本番では、そのバッキングに合わせて、シンセとギターを交互に弾けば、とても完成度の高い演奏になったと思います。
 そこを、あえて手弾きにこだわったのは、unpluggedの気持ちに近いものがあったようです。アンプは通すけれど、リズムだけは、リアルタイムの人間のリズムを大切にしたかったのです。いったん録音してしまえば、それが自分から生まれたリズムでも、現在のライブの瞬間のリズムではなくなります。そこで、シーケンサーも多重録音も一切使わずに、お互いが自分の内なるリズムを大切にしながら、相手のリズムを聴きながら、新たなリズムを生むような演奏をしたかったのです。
 今回の曲に込められた思いも、その本当の意味でのライブにおいてのみ、表現できたように思うのです。

 生徒たちの反応は、「先生、凄いね」と、「先生、かっこいい」でした。肝心の三年生の反応をあまり聞いていないのが残念ですが、僕が、卒業をお祝いしてメッセージを伝えたい人には伝わったことでしょう。音楽そのものが趣味にあわない人もいたと思いますが、音楽なんて、千人に一人が感動してくれれば、地球中で何百万もの人が感動してくれるものです。

ライブビデオを収録!

 今回は、演奏の全てをビデオ収録したので、このサイトで希望する方に販売しようかなあなんて、思っています。もしも、そんな物好きな方がいらっしゃったら、とりあえず、Quick Time Movie版でも、聞き所だけ、掲載してみましょうか? 

 旅の関連の更新は、もうしばらくお待ち下さい。


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