2000年12月13日(水)

無意味な仕事



手書きの転写

 どんな仕事でも、それなりに意味があるはずだとは思うのですが、今日の仕事は、ちょっと虚しい気持ちになる仕事でした。コンピュータを使えば楽に出来ることなのに、それを手書きで書き写さなければならないことを、持ち帰って、徹夜モードで写し続けるのは、ちょっとつらい気持ちでした。

 僕たちの業界は、コンピュータの活用が本当に遅れています。今日の仕事こそ、電子化すれば、手書き転写は必要なくなって、大幅に様々な方の仕事量が減るはずなのですが、それは、きっと十年後の課題だと思います。

 僕が加入している、愛知県高等学校教職員組合も、電子化が遅れていて、人間が集まる会議を大切にしていますが、今後数年で、たぶん、組合員が退職して、組合員数が半減しそうな現状では、インターネットを活用した、人間が集まらない会議をしたり、印刷物を電子化したりすれば、少人数でも今同様の活動を続けることが出来ますが、たぶん、そのようなことを実行に移すのは、極めて難しいだろうから、今後の組合の姿を想像すると、真っ青になってしまいます。

 正直に書くと、僕の業界では、僕自身がコンピュータを使って実現していることについて語り合える人が、ごくごく少数しかいないのは、残念なことです。基本的にDOSやWinを使い続けてきた方は、ネットワークに関する感覚が、やはり大きく違っています。インターネットに関しても、たぶん、最も遅れているのが、僕の業界かもしれません。


 その人にしか出来ないこと

 職業から幸福を得るのは、どのような場合だろうということをよく考えます。そんな時に、考えるのが、ディズニーランドのダンサーたち。パレードや様々なショーで、ダンサーたちが踊っています。ブロードウェーで活躍する一流のダンサーたちと比べて、むなしさを感じないのだろうかと、考えてみました。

 パレードのダンスは、条件も悪く、毎日同じ繰り返し。たぶん、パレードだけではなく、他にも出演していると思います。出番に応じて、様々な振り付けをマスターしなくてはならないし、きっと、自分の技量を高める努力をする時間も、あまりなくなってしまうと思います。そこで、むなしさを感じないのだろうかと想像してみると、ダンスを見る人々の幸せそうな表情を見ると、むしろ充実感を感じるのかなと思えてきます。東京で11/6から始まったSanta's Wonderland Paradeを例にとって考えてみると、ブラスセクションのおじさんたちも、ダンスをする場面がありますが、そこでは、本当に恥ずかしそうな表情で、振り付けの通りに踊りながら、若い女の子たちに、かわいいと言われつつ、踊っているのですが、そこでも、人々を楽しませている自負のようなものを感じます。

 人間は、その人にしか出来ない仕事ではなくても、自分の仕事が人々を幸せにするのなら、むなしさは感じないのだと思います。僕が、最近むなしさを訴えるのは、自分の仕事が生徒たちの幸福に結びついていることが実感しにくいからなのかもしれません。

 今日の画像は、昨日の校門の情景。もう、桜は、すっかり葉を落として、冬景色になりましたが、よく見ると、来年の三月の終わりに花を咲かせる堅い蕾が、すでに出来上がっていました。冬来たりなば春遠からじ。



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