2000年12月12日(火)

人生の業績



やることを見つけたのなら

 人生には限りがあって、時間が限られている中で、人間は、これをやりたいというライフワークを見つけます。僕の場合は、作品を発表して、その作品で人類が生きることを励ます、ということが、一番大きな目標です。もちろん、それ以外にもたくさんあって、地球の貧困を根絶する(餓死する人をなくす)、死刑を地球からなくす、タバコを廃絶、核(未熟な原子力実用)廃絶、普遍的な思想である人権を尊重する社会の実現、日本を健康で文化的な生活が出来る国にする、わあ、まだまだあって、数え切れません。

 もう残りの人生の時間の少なさが見えてくると、人生で実現したかったことで、まだ実現していないことの多さに愕然とするばかりではなく、自分の業績の乏しさに、悲しくなってきます。教育は素晴らしい仕事で、目に見える形としての業績は何も残りませんが、若い人々の成長に協力する手応えがある仕事です。映画"Mr. Holland's Opus"が、作曲という自分のライフワークを達成することがなかった人生で、教育の素晴らしい実りを描いたことは、教育の真実を示しています。

 それなのに、桐谷が自分の実りにむなしさを感じてしまう理由について考えてみました。


 今すぐにでも始めなくてはならないのに

 もちろん最大の理由は、教育という素晴らしい仕事に関与していながらも、今、この瞬間に世界中で飢え死にしていく人がいることに、自分が無力であること、日本の間違った政治の姿に対して、改革しようとしても無力であること、つまり、世界の狂った部分を改善したいのに、それが出来ていないことに対するあせりがあります。このことは、この瞬間に解決にむける努力をしないと、手遅れになってしまいます。時間がないのです。

 さらに、二番目の理由として、今自分が職業としてやっていることが、桐谷育雄にしか出来ないことではないことが、あげられます。このことについては、明日、ディズニーランドのダンサーの話として、詳しく書こうと思います。

 三つ目に、生活の苦しさもあるかもしれません。二年間で百万円以上のお給料が減らされて、生活が苦しくなっていますが、自分が人類の幸福のためと信じて、がんばろうとする時に、資金以前の、自分の生活のためのお金が不足しています。もともとお金なんて必要なくて、お金を使うことを幸福とは考えず、清貧の幸せを大切にしてきて、教師としてのお給料で充分さと考えていましたが、そのお給料さえ、これだけ減らされると、これまでの生活が維持できなくなってしまって困っていることも大きな原因でしょう。

 さあ、今すぐ、がんばらなくては! 地球のあちこちから大きな悲鳴が聞こえています。その中でも、一際大きな悲鳴は、もちろん、最悪の国家の一つである日本から聞こえているのは言うまでもありません。

 今日の画像は、学校に向かう途中のメタセコイア。今朝は、ちょっと早く出発したので、途中で撮影する余裕が生まれました。川のこちら側の山紅葉が、最高の見頃を迎えているので、近景に山紅葉、遠景に川向こうのメタセコイアを撮影しました。



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