2000年12月11日(月)

『国語通信』完成



『国語通信』

 このウェブサイトは、天下の日本経済新聞、Netnaviをはじめ、様々なメディアの取材を受けたことがありますが、自分の書いた文章が商業誌に掲載していただけるのは、本当にうれしいことで、根本的に違う幸福があります。帰ったら、筑摩書房の編集長さんが、印刷の終わったばかりの号を送って下さったものが届いていました。十冊ほどあるので、僕自身がお世話になった方で、かつ喜んで読んで下さるはずの方に、献本させていただきたいなあと考えています。今日は、顔がにやにやとほころんで、連日睡眠時間が五時間を割っている苦しさも、吹っ飛んでしまいました。

 もしも、このサイトを読んで下さる方が、購入してくださるのなら、とてもうれしいので、今日からクリスマス休暇が終わるまで、書店に注文するための情報の掲載を続けようと思います。

 筑摩書房『国語通信』2000 No.4冬号 100円 

 この情報で、注文できますが、念のために、「第359号 ISSN0911-6257」です。

 このサイトを読んだ方が、続々と注文されて、あっという間に在庫がなくなってしまって、増刷なんてことになったら、もっとうれしいですね。

 実は、購入された方には特典があって、僕の文章の最後で、読者プレゼントとして、授業のマニュアルやプリントを無償配布しています。もちろん無料ですが、この号を買った方だけが応募できる特典になっています。最初は応募シールをデザインしようかなあとも考えたのですが、ちょっと、悪ふざけしすぎの印象を与えてしまっては、僕の敬愛する筑摩書房に申し訳ないので、品位を落とさない感じにしました。


 自分は今まで何をしていたんだろう?

 最初の数分は、喜びのうちに過ぎていきましたが、間もなく、自分の姿に落ち込むことになりました。

 本当に素晴らしい雑誌で、毎号、深く揺さぶられる文章に満ちていましたが、この号もそうでした。それぞれの世界で活躍されている方の、最新の思想に満ちていて、今回も、東京学芸大学の小塩隆士さんの「教育の経済学」、明治大学の「『恋愛小説』は教えられるか?」、自治医科大学の茂木秀昭さんの「ディベートは単なる討論ではない」等は、深い研究に支えられた論に、深い刺激を受けましたし、劇団扉座の横内謙介さんの「メールの中の人格」は、エッセイは、このように書きたいなあと思いました。

 もちろん、僕の文章は、現場の教育実践として掲載されたものですが、そういった文章の中にも、教材に取り組む深みが読みとれるものが多くある中で、自分の文章が軽薄に思えて、自分は、これまでの人生で、何をしてきたのだろうと思うと、実りの時期を迎えているはずの自分の人生は、このままではいけないと強く強く思いました。タイトルの「表現は世界に発信しなくちゃ!」に、自分なりに深い思いを込めたつもりでしたが、今の自分の人生でやっていること、そのものが、浅く薄く、誰にでも出来る何かになっていることが、悲しかったのだと思います。

 明日は、この続きを。今日の画像は、クリスマスのミサを過ごすことが多い教会のオルガンです。僕にとってのオルガンは、神様と対話する時に、自分の小ささに愕然とする場所でもあります。



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12/08"Riverdance"を読む
12/07 「枇杷の花」を読む
12/06 「冬の薔薇」を読む
12/05 「最後の一葉」を読む
12/04 「次は33年後」を読む
次回 12/12「人生の業績」を読む
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