2000年12月07日(木)

枇杷の花



満開の枇杷

 僕の高校の枇杷には今年初めて気がつきましたが、今、満開の時を迎えています。枇杷の画像は、このサイトに何度も登場していて、最近では、6/12の「教育実習の始まり」に、太陽の光をたっぷりと浴びる枇杷の画像が、6/15の「灯台元暗し」で、今年初めて発見した枇杷の実の画像が、それぞれ掲載されています。

 なぜ、三年目の今年まで気がつかなかったのかなと考えてみたのですが、一年目は、この校舎の授業がなくて、通ることがなかったし、二年目は、この教室では授業がなかったから、気がつかなかったのかとも思います。ちょっと前から、花が咲き始めていて、いつ写そうかなあと狙い続けていました。今週、そろそろ早くしないと、咲く時期が終わってしまいそうになったので、まだ咲く前の蕾と咲いている花が一緒に写る所を狙ってみました。

 何枚か撮影した中で、一番おもしろかったのが、この一枚で、背景に黄葉を入れてみました。これから、どんな風に実がふくらんでいくのかを、ずっと撮影を続けるつもりです。けっこう一ヶ所に実がたくさん集まっていますが、これほどは多くはないので、このたくさんの花の中で、全てが実になることが出来るわけではないのですね。厳しい世界です。でも、僕たち人間だって、こうして生まれてきたということは、数億を越えるライバルたちの中で、選ばれた一人であるということなので、もっと厳しい世界を生き抜いてきました。


 具体的なことは書かないけれど

 今日、僕はある提案をして、もちろん、多数派になることは出来ませんでしたが、決して少数派ではなく、実は過半数まであと一息ということに気がついて、びっくりしました。最初から、どうせ、僕のように対決する姿勢を明確にする人なんて、二割もいないさと思い込んでいましたが、これは、もう少し頑張っておくと、現代の、様々な、独裁政治と闘うことが出来るのかもしれません。

 日本ばかりではなく、愛知県と名古屋市の政治に絶望的な思いでいたのですが、ちょっとした動きが出てきました。来年名古屋市の市長選挙を迎えますが、現職は、「市民派」のふりをして、与党相乗りを誤魔化そうとしてきましたが、本物の市民派候補を探る動きが出てきたのです。もしも、共産党が敢えて候補を出さず、市民派候補を一本に絞ることが出来れば、この前の選挙で自民党を倒すことが出来た名古屋市なら、もしかすると、政治の在り方を変えることが出来るかもしれません。

 希望を持って、本当の民主主義の実現のために、一歩ずつ歩まなくては。

 今日、組合関連で一つの打診がありました。組合の支部の書記長をやってもらえないかという話です。僕たちの支部は、組合の力が弱い学校の集まりで、それでもうちの高校が一番組合員の数が多いようで、来年こそは、支部執行と呼ばれる中心メンバーを学校から一人出さなくてはならないのです。毎週二日会議で拘束されるし、自分自身が過労死せず、生き延びることを考えれば、引き受けるわけにはいかないのですが、たぶん、誰も引き受けないだろうから、もしかすると、引き受けざるをえない状況になってしまって引き受けることもあり得る状態です。

 こまった、こまった。



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12/03 「若い人への手紙:本物を求めて その3 『情報を捨てる』」を読む
12/02 「若い人への手紙:本物を求めて その2 『本物を決定』」を読む
12/01 「若い人への手紙:本物を求めて その1 『何が本物か』」を読む
11/30 「処刑……。」を読む
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