2000年11月08日(水)

飛火野



飛火野

 昨日少し書いた飛火野は、大好きな場所です。特に気に入っているのは、夜明け時の朝霧の中に、鹿たちの姿を見るときの飛火野。東には若草山があるので、朝日がさすのは遅いのですが、空が明るくなりはじめる時、朝霧と重なった姿は、えもいわれぬ美しさで、言葉ではあらわせない気持ちになります。

 昔はテントでしたが、最近は、奈良公園に泊まるときの常宿は、やはり奈良ホテルと、江戸三です。奈良ホテルは、幼かった頃からの憧れの宿でしたが、今では、年に二回は宿泊するので、様々な案内状も届くようになりました。十代の後半の時に、どきどきしながら、あの旧館の外側の窓に面した部分で、紅茶とケーキを注文したときも、昨日のように思い出します。

 都ホテルグループについて思うのですが、せっかくの会員制度が、個人宿泊者のデータ管理にならずに、単なるポイントカードになってしまっているのが残念です。志摩観光ホテルと都ホテルと奈良ホテルという、超一流のホテルが三つもあるのに、もったいない話です。僕が経営コンサルタントをすれば、あっという間に、宿泊者数が倍増して、売り上げが三倍増するのに……。

 もちろん言うまでもなく、僕もポイントをためて無料宿泊しています。生まれ変わってからも、旧館が大好きで、いつも旧館の天井が高い部屋に泊まっています。普通に泊まると高いのですが、もちろん工夫して朝食がついてうんと安くなる工夫をしています。お金は上手に使わなくちゃ! 朝食は、茶粥を選択して、奈良の朝を味わって、奈良国立博物館へ向かいます。



決して元には戻らない……。

 その飛火野を見るたびに悲しくなることが一つあります。奈良を愛する方なら、誰もが同じ考えだと思うのですが、奈良シルクロード博の傷跡です。開催側の言い分は、パビリオン工法は木を組んだ上に築き上げるから、全く影響を及ぼさないということでしたが、いまだに、その時の跡がざっくりと残っています。飛火野を愛する人々は、あんな暴挙に反対したのですが、本当に残念。今、愛知県でも、海上の森で、同じことが起ころうとしています。どんなに反対を強めても、食い止めることは出来ないだろうから、これから、「愛知万博を失敗させる運動」を始めなくてはと考えています。

 民主的な話し合いもなく、住民投票の請求も無視されて、開催される愛知万博は、何としても、失敗に終わらせなくてはなりません。以前、名古屋でデザイン博というのを開催したときがあって、もちろん反対運動をしたのですが、開催が決まってからは、せめて赤字にならないためにと考え、様々な協力をしました。その結果、赤字隠しがなされ、民主的にみんなで決めようという姿勢は、相変わらず育っていません。少しでも、愛知県を民主的な県にするためには、愛知万博を大失敗させなくてはなりません。不入場運動を拡大させよう。

 あっ、飛火野を御存知ない方のために、ちょっと場所の解説。東大寺南大門から、ずっと南に向かう車も通る道と、春日大社一ノ鳥居から二ノ鳥居に向かう道が、交わる所の、東南側に拡がる起伏に富んだ野原です。鷺池と鹿苑の間でもあります。今日の画像は、薄を前景、遠く若草山を狙ってみました。

 それから、今朝徹夜でがんばって、原稿を完成させて、無事入稿しました。最近では、製版原稿ファイルと、PDFを自分のサイトにおいて、そのURLを記したE-Mailの本文に、原稿本文を流し込んで、送信します。もちろん、念のために、製版原稿版と原稿用紙版をファックス送信するのは言うまでもありません。さあ、次の仕事を頑張ろう!



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