2000年10月06日(金)

「『青春』について」解説



書きたかったこと

 僕が提案し続けている、人生を深く生きることには、山に登ることが不可欠です。歩くことが出来ない人も、僕が背負ってあげるから、一度山を経験して欲しいと思います。人生では、人それぞれ、打ち込むものは違いますが、何に打ち込んでいる人も、さらに深く打ち込むためには、山に登ってみたら、と言いたいのです。どんな世界も、その世界を知ることによって、素晴らしさに夢中になりますが、山を知ることは、他の世界とは、異質なのです。

 スポーツの中で、山に登ることが一番違うのは、他人が作ったルールの範囲に縛られないことと、場所が人工の場所ではないことです。この世の様々なスポーツは、禁止されているルールがあるからおもしろい。手を使ってはいけなかったり、得点するためには、どのようにするかが、人間によって決められています。競技登山もありますが、それは、山に登ることではありません。山に登るということは、どのように登るかを、全て自分で決めることを意味します。登る場所も、コートやリンクやゲレンデではなく、自然に生まれた場所です。さらに、その場所も、全て自分が決めます。山に登ることは、誰かと競うことではありません。

 僕が悲しくてたまらないことの一つは、家族の旅を、旅行業者が企画したツアーの旅にしてしまう人が多いことです。さらに、我が子を「ホームステイ」させる親が多いことも残念に思います。せっかく海外に滞在しても、そのような形では、本当の異文化の理解は得られません。僕は、若者にこそ、自分の力で歩く旅をして、自分の力で現地の人々と出会ってほしいのですが、親の正直な気持ちは、安全に旅させたいということなのでしょう。ところが、言うまでもなく、業者の手配は安心感を与えますが、安全なわけではありません。この話はいつか、また。

 たとえ日本の近い山でも、3000m級の山に登ると、世界のどこでも出会えないような自然に出会うことが出来ます。星空は、アフリカや砂漠の夜空にも匹敵するし、朝日が昇る瞬間の、雪が朝焼け色に染まる瞬間の感動は、言葉では表現できません。こんなに年をとっているのに、あの色に出会うとき、世界の無限の可能性を信じる気持ちが生まれます。(あの色は、写真では表現できない色ですが、未完成のまま三年たってしまったサイト、後立山連峰の、モルゲンロートに、画像を示そうとしたことがあります。)

 人生には、山に出会う人生と、山に出会わない人生があります。山に登る人々の中にも、最近の中高年登山に見られるように、僕の考える山に登ることとは、違う山を楽しむ人々がいますが、若い人々には、僕の言葉での、山に出会ってほしいと深く願っています。

 このテーマは、教師をやめてから、このサイトで深めていきたいと考えています。でも、それまで待ちきれないので、少しずつ、"What's New"で書きためていきたいものです。



銀杏

 たしか愛知県が銀杏(ぎんなん)の出荷は全国一だったと思います。名古屋にも、銀杏(いちょう)並木は多く、毎年九月下旬頃から、銀杏が道に落ちています。年取った方が、朝早く、ビニール袋で、銀杏を集める姿も、今頃の風物詩です。

 そんなに食べたいとは思いませんが、時々、銀杏をいただくことも多く、あのはじけた味は、そんなに悪くありませんね。茶碗蒸しに銀杏は欠かせません。新しい銀杏を入れた茶碗蒸しの季節にもなってきました。

 今日から、十月十日分掲載までの間、十月十日に撮影した九月十三夜画像を掲載します。サイズを半分にしてありますが、十月十日には、本来のサイズで掲載します。こんな撮影が手軽に出来るのだから、QV-2800UXの優秀さがわかりますね。もちろん、九月十五夜の十月十二日にも、撮影しますよ。




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