2000年9月22日(金)

風邪をひいたらしい?



富士はいい……。

 俗っぽいものには、そんなに興味を示さなくても、富士は別格。どんな季節に、どんな角度から、どんな富士を見ても、富士はいい。

 この富士は、薄とコスモスを近景に、夕映えの富士。大澤崩れの場所から、どこで撮影したかは、すぐにわかりますね。こんなに俗っぽい名所から見ても、富士は、素晴らしいものでした。

 今年は何日富士を見たのだろうと数えてみると、びっくり。二十日を超えているようです。もちろん、新幹線から見る富士も、飛行機から見下ろす富士も含まれていますが、半数以上は、このように、富士そのものを眺めています。ゆっくりと眺めることが出来ないのは残念ですが、仕事の合間に眼を休める時に、富士の姿が網膜に写るのは、とてもよいものです。

 最近真剣に考えるのですが、今の生活をあらためて、いつでも、八時間眠ることが出来て、人類のために一番素晴らしいと考えることに、いつでも専念することが出来る生活にしなくてはならないと思います。今のままの生活を続けてはならないと、心の警鐘が響いています。今の生活は、ボランティア精神たっぷりの、素晴らしい生活には違いありませんが、虚しさが大きすぎます。今日も、そんな出来事に直面しました。



最低の「リーダー」

 昨日の森の所信表明演説を朝刊で読んでいて、絶望的な気持ちになりましたが、それは、前々からよくわかっていたこと。どこでも、僕の知る限りの「リーダー」は、最低の人物ばかり。もう、あきらめて、無視すればよいのですが、少なくとも自分の生きる世界では民主的な在り方を大切にしたいので、つい、無益な闘いを挑んで、注意深く選んだ言葉で、相手に訴えるのですが、言葉そのものが通じることなく、虚しい思いになります。

 僕がリーダーだったら、人々の活力を信じて(人々の決めることを最優先して)、人々みんなが気持ちよく仕事をすることが出来て、かつ、人々が接する相手が一番幸せを感じることが出来るような組織を生み出そうとするのですが、残念。「リーダー」たちは、自分に決定する権利があると思い込んで、愚かな自分の決定を、人々に押しつけるばかりで、聞く耳をもちません。

 最近思うのですが、自分が働く世界の中で、そんな、能力のない「リーダー」に無益な闘いを挑む日々を続けるかわりに、自分の仕事を、本当に、桐谷の努力を待ち望んでいる人々に向けて働くことが出来るような仕事に変えなくてはならないと強く感じています。

 今日は、朝から、ひどい頭痛に苦しんで、熱のある状態で学校に出かけたので、普段なら、そんなものさと笑って過ごすことが出来るようなことも、一つ一つ真剣に考えてしまうのかもしれませんね。書いてあることも、僕と一緒に過ごしている人が読んでも、何もわからないと思いますが、要は、今、真剣に生活する世界を、違う世界にしようと考えているということです。

 今訴えたいことの一つは、食料問題です。日本で、食料となるはずのものから生ゴミがたくさん生まれている現状。食糧自給率が四割という現状。これから間違いなくやってくる食料危機の中で、課題はあまりに大きく、自分自身が、日本に対して影響力を持つ人物にならなくてはならないと強く考えています。

 それにしても、頭痛はひどく、出来れば今日中にテスト問題を完成させてしまわなくてはならないのに、つらいつらい夜が始まりそうです。




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