2000年6月27日(火)

自分の時間がない日


蓮を追い続けて

 最近ずっと、蓮を追い続けてきたので、当分の間は、蓮の微妙な移ろいを掲載しようと考えています。蓮は、蓮にしか見えなかったのですが、最近、それぞれの微妙な違いが、よく見分けられるようになってきました。

 名古屋の「窓」に書いたのですが、夕方には、決まって閉じた蓮の花が並んでいる様子は、まるで、カンボジアの夕暮れ時に、バイヨンの菩薩の像を眺める時のような、不思議な眺めです。

 明日、また開くのですが、この花にとっては、今日という日が終わったのかなと、思いつつ、ねぐらに帰る鳥たちを眺めるような気持になります。 



今日のスケジュール

 忙しい日は、よくあるのですが、今日は、自分の時間が全くない、苦しい一日でした。一日を振り返ってみると、自分のためにしたことは、トイレに入ったことと、三分で済ませた食事と、朝夕三分のシャワーだけで、それ以外は、すべて、自分のためではない時間でした。トイレでも、実は、他のことをしながら、食事も、同時進行で他のことをしていたので、実質シャワーだけ。自分でも不思議に思ったのですが、シャワーが唯一のくつろぎの時となりました。

 いつも感じることは、忙しい日に、頼まれた、なすべきことを、全てこなそうと考えると、削る時間がなくて、つらい気持になってしまうのですが、今日発見したことは、そんな日は、生きていくために必要な時間が、楽しみとくつろぎの時間になるということです。人生では、どんな状態の中でも、ささやかな幸せを見つけることが出来るものですね。



今日考えたこと

 「気がつく」ということは、とても奥深いものです。同じ世界を見ていても、気がつく人と気がつかない人がいます。見えるものだけではなく、匂い、音、気配、様々なものに、気がつく人がいます。

 この世には、発見する人がいます。他の誰も、まだ見つけていない彗星を発見する人は、気がつく人です。世の中には、様々な点で、他の人たちと違う人たちがいます。発見する人は、他の人たちのかわりに、誰も気がつかないものに気がついて、人々に、実は、そんなものがあることを示す人です。この世に、詩人がとても必要なように、気がつく人は、とても大切な存在です。



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