2000年6月22日(木)

印刷版"Kirium"月刊化


今年の課題

 四月に、今年度は、こんなことを頑張ろうと、数多くの目標を立てたのですが、実現出来きていることの中に、印刷版 "Kirium" の月刊化があります。このサイトの更新は、簡単であって、毎日の出来事に関する随想、その日の画像の解説、社会に対する批判など、様々なことを、書きつづって、その、毎日の生の姿の中から、何か、普遍的なものを見つけだすための、一時的な素材なので、バックナンバーとして過去のものが蓄積していっても、そんなに気になりません。

 印刷版は、表現の一つ一つにも気を使わなくてはなりません。いつか、このサイトに「他山の石」という名前の、桐谷の人間評論のコーナーを作った時に、取り扱おうと思いますが、以前に勤務した高校で"Kirium"に関して、様々なことがありました。今の高校では、そのような気の使い方は必要ないと思いますが、教師が発行するものである以上、内容に配慮しなくてはなりません。

 実際には、合計数時間の時間で作り上げてしまうものなので、十分な時間推敲することは出来ませんが、まずまずの内容のものが、毎月作られてきました。あと一回終業式前に発行すれば、月刊になったことになります。次の目標は、月二回刊行で、それが出来れば、隔週刊。次に、旬刊、最後には週間を目指してしまいそうです。

 とりあえず、今年の三月には、四月から合計12号分の、印刷版 "Kirium" が完成しているといいなあと考えています。

 とうわけで、"Kirium" The Next Generation版のPDF11号を、Kirium Wired!に、掲載しました。



今日TVで森の弁明を聞いて、絶望的な気分

 今日、NHKのニュースで、昨日の、「そのまま関心がない、といって寝てしまってくれればいいんですけれども」発言について、森が弁明している場面を見ました。日本は、こんなことしか言えない、志の低い人間を、一国の総理大臣に選ぶような国民の集まりなのかと、絶望的になりました……。

 彼の論理は、相変わらず、言いたいこと全体ではなく、「ちょっとした言葉」だけを扱われた、という発想でした。つまり、「言葉じり」をとらえる方が悪いとでもいいたいのでしょう。

 僕たちの言葉に対する責任は、そんなものではありません。僕たちは発言するときに、どのように聞かれても、そのようにしか解釈できないように、言葉を選んで発言します。たとえひどい誤解を受けることがあっても、少し説明すれば、誰もが納得出来るような発言です。

 森の場合は、文脈の中から解釈しようとしても、本音をぽろりと言ってしまったものなので、その文脈も、本音と同じなのです。

 今まで、極悪人の総理大臣ばかりみてきましたが(少しだけの例外は、いつもと違う政党が政権をとった時かな?)、人間としての品性が、これほど低い、総理大臣は、そうめったにいません。国民の批判がどの程度集まるのか、わかりませんが、きっと、それくらい大したことではないと考える人が多いのでしょう。言うまでもなく、このような政党を選んでいるのが、国民自身だからです。やはり、この国は、僕が暮らすための国ではないのですね。



明日から、美濃加茂へ

 クラスの生徒が、空手でインターハイに出場します。週末は東海大会なので、その付き添いで、泊まりがけで出かけます。様々な仕事も多く、次の更新は、たぶん、帰宅後、6/25の夜になると思います。



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6/17 「雨のささやき」の内容を読む
6/16 「祝:体重80kgの壁突破」の内容を読む
6/15 「燈台もと暗し」の内容を読む
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