2000年5月11日(木)

「昭和の日」に反対!


「昭和」

 もともと、僕は、元号を使わないことをポリシーにしています。どうしても、使わなくてはならない時は、2000(H12)年等と、イニシャルを使います。もちろん、公文書で、使うことを要求される場合は仕方がないのですが、可能な限り、西暦を併記します。理由は、わざわざ書くまでないと思いますが、民主主義を大切にする意識のあらわれです。

 だから、昭和天皇が死んだ日、僕は、仕事を休まないことにして、冬休みの一日でしたが、その日までには帰国して、その日は、出勤しました。亡くなった方に、このようなことを言うのは不謹慎ですが、「喪に服す」ことは、良心が許さなかったのです。

 一つだけ、昭和天皇が死んだことによって、それを利用したことがあって、それは、京都の円山公園の東にある長楽寺の、天皇の代が変わるときだけに公開される秘仏を見に行ったことなので、大きなことは言えませんが、天皇制には、天皇の人権を尊重する立場からも、徹底的に反対しています。

 昭和がどのような時代であったかと考えると、やはり戦争、人権無視(昭和末期でさえ過労死に代表されるように、人間は大切にされませんでした)の時代でした。そこの議論なしに、「昭和という時代をしのぶ」わけには、いきません。明治節を文化の日に変えた、日本人の知恵はどこにいってしまったのでしょう。



最近の間違った方向

 小渕が入院中なので、表だった批判がしにくい雰囲気が生まれていますが、小渕の時代の一番の問題点は、議論抜きに、賛否がわかれる問題を、連立で数を確保したことをいいことに、次々と法に制定してしまったことです。ガイドライン、君が代日の丸、次々と悪法が思い出されます。

 彼の、間違ったパフォーマンスも困ったもので、今印刷が始まった二千円札が、その最たるものでした。経済効果といいながら、二千円札が生まれることそのものは、人々の幸せには結びつかないので、確かに自動販売機の改造など、様々な経済効果は生まれますが、無にお金を使う経済効果なのです。もしも、これが全ての階段にスロープをつけることなら、経済効果は同様に生まれて、車椅子やベビーカーの人々の移動が楽になるという、人々の幸せが生まれたのに……。

 森の問題点は、「教育勅語」の中に、素晴らしい所があると公言してはばからないことです。大切なことが忘れられているのですが、その「教育勅語」が生み出したのが、第二次世界大戦の海外への侵略であって、南京大虐殺も従軍慰安婦もすべて、「教育勅語」の精神をひきついだ軍人勅語から生まれていることです。人間の道徳的な心の問題は、「教育勅語」のように、「上」から規範を押しつけられるものであってはなりません。一人一人の人間が、個人の責任において、自分で考え、他者とどのように生きていくかを考えるものでなくてはならないのです。

 「教育勅語」を復活させようとする森内閣とは、徹底的に闘っていかないと、また歴史が示すように、とりかえしのつかないことになってしまいます。

 今日の画像は、校門前ロータリーの噴水のかきつばた。いよいよ満開を迎えそうです。



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