2000年1月11日(火)

気管支喘息の疑い

帰国後の社会復帰は難しい

 いつも、長期休暇に世界を歩き回って、帰国すると、日常の日本の生活では押さえている、自分自身のコスモポリタンの部分が、あまりに表面に出てしまって、社会復帰出来なくなってしまいます。実際、日本で暮らすことは、難しく、自分が自分であり続けることを犠牲にしなくてはならない所が、数多くあります。

 それでも、今の職場は同僚には恵まれているし、生徒たちは、桐谷らしさも、そのまま受け入れてくれるし、自分自身が年を取って、強力な人間になったためもあって、日本に適応することに伴う苦しみは、少なくなってきました。

 ところが、今年は、別の意味で、社会復帰が難しかったようです。

 十二月下旬の滅私奉公がたたって、旅行中にインフルエンザにかかって、十分な時間がなかったため、病院にも行けず、初期の発熱と鼻水と咳、後期の咳の発作に苦しんで、今日、とても出勤出来る状態ではなかったから、学校をお休みして、十五年通い続けている病院に行って来ました。

 ドクターは、とても丁寧に、診察して下さって、聴診器で全身の音を聞いて、もしかするとということで、レントゲンもとって下さいました。その結果、カルテには、「気管支喘息の疑い」(横から見ると、そんな感じに見えました。)と書かれていました。まだ、苦しい状態が続いていて、時々、発作的な咳が続くのですが、明日は、三年生のあるクラスの、センター試験前最後の授業もあるし、明日は授業をしたいなあと思います。

起きていると苦しくて……。

 いつもなら、自転車で、往復二十二キロを走って、その病院の往復してしまうのですが、今日はさすがに、地下鉄を使いました。今も、起きていると苦しいのですが、大部分の更新を地下鉄の中でしてしまったので、あと少しだけ書こうと、ベッドで横になったまま、入力しています。

 思い出してみると、インドから帰って、どうしても下痢がとまらないとき、この病院で処方していただいた薬でぴたりととまりました。バリから帰って、どうしても頭痛がとまらないときも、処方していただいた薬が劇的にききました。ラオスで、ものすごい熱を出した時も、帰国後、直していただきました。僕自身の、十五年分のカルテも保存してあって、いろいろな時に、本当にお世話になっていて、転勤して遠くなってしまったのですが、何かで病院にいく必要がある時は、出来るだけ、この病院に通おうとします。

 今日の画像は、レントゲンの写真です。二階のレントゲン室で撮影して、現像したフィルムをそのまま自分で持って、診察室に戻るのですが、その途中に、階段で撮影してしまいました。解像度を落としてあるのですが、誰か気になる所があったら、教えて下さい。高解像度の画像を、そのまま掲載しますから、是非、診断して下さい。

 それでは、お休みなさい。明日締切の仕事も、最後のまとめが出来そうにありません……。とにかく、静養しよう。


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