2000年1月7日(金)

欲をコントールする難しさ

年に二回は、この作品の前に立ちます。

 人間は、本当に、欲深い生き物です。本当に大切なものを見失って、欲のために生きてしまいます。僕の知っている人に、本人も認める本当に強欲な老婆がいて、見るにみかねて、善意で助言するのですが、僕の言葉の意味は通じないようです。他山の石として、ああなってしまわないように気をつけなくては、と思うのですが、どんな人間も、欲から逃れることは難しいようです。

 このタピスリー(英語ではタペストリーtapestryと言います。)は、パリのクリュニー美術館にあって、六枚組の最後を飾る一枚で、テントの上に書いてある"A Mon Seul Desir."の名で呼ばれています。今回、全てQVで撮影したので、落ち着いたら、桐谷の解釈を加える開設サイトを作ろうかなあと思っていますが、この貴婦人とユニコーンのタピスリーは、欲望にとらわれていた貴婦人が、全ての欲望を克服するまでを描いています。

 正面左から順番に、味わうこと、聞くこと、見ること、臭いをかぐこと、触ることの、それぞれの人間の欲望を示しています。それが、背面の、この作品で、貴婦人は自分の首飾りを侍女の持つ箱の中に戻すことによって、そのような欲望を克服しているのだと、桐谷は考えています。その克服こそが、"A Mon Seul Desir."「私のたった一つの望み」というわけです。

パリにいるなら

 パリで三十分の時間が生まれたら、僕は、いつも、サンジェルマンで、この作品を見ながら、三十分瞑想します。祈りに似たその時間の中で、現在の自分が、いかに欲から自由になっていないかを考えて、これからの人生で大切にすべきものについて考えます。毎回、必ず何か発見があって、どうして今まで気がつかなかったのだろうかと不思議になります。

 音楽に生きる人生を考えてきた僕にとって、音楽を楽しむことが欲望になるとは、考えにくいのですが、音楽とは神さまそのものであると考えるとき、傲慢な自己満足の音楽に陥ってしまうときに、それは欲望の音楽になってしまうのだと思います。

 メシアンが生きていた頃は、トリニティ教会で、オルガンを聞きながら祈る瞑想の時間が、パリでの大切な時間でした。トリニティから歩いて三分でモロー美術館に着くので、大好きなモローの絵を味わう幸福も同時に味わえました。世界の美術館で十本指に入る美術館だと思うのですが、いかがでしょうか?

 特に、冬は、美術館の手前にある銀行に、冬桜が咲いているので、絵を味わう光線は弱いのですが、そのかわりに、桜を楽しめるのは、なかなかの気分です。あれ、見る楽しみ(欲)のとりこになってしまっているようです……。


前回1/6「"The World is not enough.」の内容を読む
1/5「Tony基金を始めます。」の内容を読む
1/4「生中継もおしまい」 の内容を読む
1/3「NewYork! NewYork!」 の内容を読む
1/2「Bonne Annee!」 の内容を読む
1/1「Happy New Millennium!」 の内容を読む
12/31「いよいよMillennium生中継開始」 の内容を読む
12/30「ロンドンはミレニアム直前」 の内容を読む
12/29「12/22からのミニ補足集」 の内容を読む
12/19 「一足早いクリスマスケーキ」 の内容を読む
12/18 「ちょっぴり酔拳」 の内容を読む
12/17 「死刑廃止を求めて」 の内容を読む
12/16 「木曜日はぐったり」 の内容を読む
12/15 「電気街は楽しい」 の内容を読む
12/14 「今日はハイビジョンの修理」 の内容を読む
12/13 「やっとツリーが立った!」 の内容を読む
12/12 「出口に光が見えるよ 」 の内容を読む
12/11 「勤労奉仕の土曜日」 の内容を読む
12/10 "I've done it!" の内容を読む
12/09「いいこともあるさ」の内容を読む
12/08「採点は続く」の内容を読む
12/07「あと二週間」の内容を読む
12/06「講演は成功」の内容を読む
次回1/8「Metropolitan Operaの新作"The Great Gatsby"」へ進む
これまでの日記一覧を見る
今日のWhat's Newへ戻る