映画『眠る男』

 "Kirium"では、『眠る男』を96年の最高傑作として推薦しています。この作品の概要は、最も古いホームページの、「群馬ワークステーション」の企画・運営の「群馬県人口200万人記念映画 眠る男」(江原久さん製作)と、今回96年9月の名古屋上映のためのホームページ「眠る男」(川島隆さん製作)で、見ることが出来ます。二つとも、写真やデータが豊富な素晴らしいホームページです。
 これまでの"Kirium"の記事の中から、『眠る男』を紹介する記事を掲載します。中部圏にお住まいの方は、是非、このチャンスに、ご覧下さい。


封切りKirium座 第三回 96年4月30日第12号より

 いつの頃からか、日本映画をあまり見なくなってしまっていた。
 実際、昔は、あんなに素晴らしかった日本映画が、最近は、本当につまらなくなってしまっていた。
 でも、小栗康平監督の新作が、ついに封切りになった! 今回は、『眠る男』を特集してみたい。

第三回:眠る男

 映画館に行った最初の記憶は五歳の時で、その時以来、ずっと映画が大好きだった。

 今でも年に二百本は見るけれど、若い頃は倍ぐらいは見てた。素晴らしい作品ばかり上映するので、いつの間にかその映画館で上映する映画なら何でも見てしまう映画館も出来た。

 一つは、閉鎖前の、名古屋伏見のミリオン座だけど、何と言っても、二十年来のつきあいと言えば、映画館ではないけれど、文句なしに岩波ホールだと思う。

 「大地のうた」三部作で有名なインドのサタジット・レイ監督の作品は、いつも岩波ホールだった。ねむの木の宮城まり子さんが、映画監督でもあることを知ったのも、岩波ホールだった。

 僕の人生の感動の名画ベスト50のうちの四割は、岩波ホールで上映されている。

 思いつくままに挙げてみよう。「愛の記録」や「コルチャック先生」をはじめ多くのワイダ監督の作品。感動のあまり、二ヶ月後にストリート・チルドレンのためのパフォーマンスをしに、ボンベイに出かけてしまった「サラーム・ボンベイ!」。「月山」。「芙蓉鎮」。「八月の鯨」。小栗康平の「伽耶子のために」も、ここ岩波ホールだった。

 ホールの支配人高野悦子さんは、何と素晴らしい映画人なのだろう。彼女は映画監督をかつて目指した人だけど、このように素敵な形で、数多くの映画を育ててきた。東京に行く時は、必ず岩波ホールの映画を見る。

 第三世界の映画を数多く上映してきたおかげで、海外で時間があればとりあえず映画館に入る習慣が出来た。言葉が全くわからなくても、深い感動を味わうことができる。

 二月のMACWORLD Expo/ Tokyoの時に、『眠る男』を見ることを楽しみにしていた。朝一番の上映を目指して、開場直後に行ったのに、一階のチケット売場では、第一回上映は売り切れだった。第二回のチケットを買って、神田におそばを行列して食べに行って時間を調節したけれど、待つ楽しみは、こんなに素晴らしいものなのかと思った。

 期待した通りの素晴らしい作品。涙ぐむ人が多く、上映終了後には、超満員の会場から拍手がおこった。もちろん、あまりに深い感動に席を立てなかったことは、言うまでもない。

 この映画は、群馬県の人口が二百万人を突破した記念に、群馬県が郷土出身の小栗康平に監督を依頼して出来た作品。普通こんな場合には、ホールとかを作って形に残すのに、映画という姿にお金を使う発想は、もっと絶賛されてよいと思う(愛知県にせっかくできたオペラ座のように、多くの自治体のホールは閑古鳥が鳴いている。)。日本の政治家も棄てたものではないのかな?

 まず誰もが口を揃えるのは、描かれる自然の美しさ。冬から春、春から夏への流れの中で、人と自然のいのちの豊かさが、いとおしく描かれる。一つ一つのシーンを思い出すだけで、涙があふれる。

 眠る男を演ずる安聖基が眠っている後ろに、丸い窓が月のように見える写真は、作品を絶賛する新聞記事で一度は見たのではないかな?

 拓次という男が山で落ちて、知的障害のある豊かな心の持ち主ワタルに発見され、眠ったままになる。その眠る男を軸として、「メナム」というスナックで働くティア(インドネシアの大スターのクリスティン・ハキム)という南の女、拓次の幼なじみの上村(役所広司)などが生活している。駅前の自転車預かりを営む韓国人のオモニ、水車小屋の老人らと少年リュウとの無垢で奥深い会話も忘れられない。

 たぶん、物語全体の重要な命の泉である、温泉の「月の湯」と入浴する人々の意味は深い。

 ストーリーといったストーリーは感じられないかもしれないけれど、寓話的で豊かな物語は、様々な感動をもたらす。たぶん僕が見た物語と君が見る物語は、いのちを軸にする共通点はあっても、かなり異なることだろう。

 多様な読みを提供しながら、あたたかく微笑み続ける小栗康平監督は、なんと素晴らしい方だろう。

 僕が高校生に、絶対見なければならない!と断言できる数少ない作品だ。夏過ぎには(たぶん)名古屋に来るけれど、東京まで見に行く価値があるよ!


第16号のMUST BUY 96年9月4日第16号より

 封切りKirum座の第三回(12号)で扱った、『眠る男』を覚えているだろうか? 今の所、桐谷の96年映画ベスト1を維持し続けている。
 現代の、消費の対象としての映画が横行する時代の中で、こんな素晴らしい映画を、同じく命を使い捨てにする、この国から生み出すなんて、すごいことだ。豊かな生に気が付いた人なら必見の映画だ。
 桐谷のまわりでは、この春から、挨拶の言葉は、「『眠る男』また見ちゃったよ」になった。シナリオもなめるように読んで、ほとんど覚えてしまったのに、また、もう一度見たくなる不思議な作品だ。

 もちろん、見る度に気がつくことも増えて、今まで、なぜ気がつかなかったのか不思議な気持ちになる。前からそこにあって、網膜にうつり、鼓膜も振動していたはずなのに、見ても聞いてもいなかった。世界そのものがいつもそうなのだから、『眠る男』の世界も、まさに世界なのだ。

 セリフといい、『眠る男』の時間は、とてもゆっくり流れるのに、決して間延びすることなく、何度見ても、深みを増すばかりだ。人生を生きる間、何度も付き合う映画が、また一つ生まれた。

 岩波ホールでの上映(ホール始まって以来の観客を動員したそうだ。毎回補助席付きだったし。)も終わって、いよいよ名古屋で上映会が始まる! (岩波ホールの次の上映は、"The Secret of Roan Inish"『フィオナの海』で、これも素晴らしい作品だ。名古屋でもシネプラザ4で上映されるので、今度紹介しなくては。)

 さて、今回の印刷版"Kirium"には、希望者には特別付録として、『眠る男』の映画のチラシがついているし、内容については第12号でも扱ったので、様々な情報を紹介して、高校生に絶対に見て欲しい映画として推薦したい。

 まず、何と言っても、新聞その他で報道されたように、第20回モントリオール世界映画祭」で審査員特別大賞を受賞したのは、大きな喜びだ。

 日本の一地方を舞台にした映画でありながら、中心のキャストが、韓国やインドネシアの大スターであることに象徴されるように、普遍的な、世界中の人々に共感される映画なのだ。これからも、世界中の映画祭で絶賛され続けるのだろう。

 この映画は、いわゆるアジア的なものに満ちている。西洋的に作品を構築する手法ではなく、いくつかの短い部分の積み重ねの中で、観客が、自分で、部分の間の断層を埋めると、とても自然な流れが生まれる。テーマを提示すべく、観客を誘導する映画ではない。後で述べるように、作者の側でも、わからないまま示している部分さえあるようで、そこが、「いのち」についての深い多様な読みを生んでいる。

 さて、インターネットでも、『眠る男』情報は多い。「群馬ワークステーション」の企画・運営の「群馬県人口200万人記念映画 眠る男」http://www.st.rim.or.jp/~ebara/sleepm.htmlが、最初に作られたものだと思う。「記念映画作成の趣旨」、それぞれのキャストの紹介、「物語」等があるが、一番興味深いのは「製作ノート」だ。それぞれの印象的なショットのロケ地が示されている。実は、廃校を利用して、体育館のセットや、校庭のオープンセットで撮影したこともわかる。

 今回の名古屋上映のためのホームページが、「眠る男」http://www.world-egg.com/nemuruotoko/だ。やはり、キャスト特別大賞受賞のページがあるが、英語版のページもあり、世界に発信していることがわかる。受賞のページには、監督の言葉も引用されている。

 「『眠る男』について」のページは、名古屋版のチラシの解説文に加えて、上毛新聞社提供の撮影風景の写真が興味深い。

 もっとすごいページがあって、「『眠る男』ご鑑賞特別割引券」は、印刷して必要事項を記入すると、前売り料金で入場できるインターネット特別割引だ。前売り券を買い忘れた人は、活用できるね。

 さて、友だちが、製作ものがたりの写真集『眠る男 大いなる記憶』(上毛新聞社)に監督のサインを頂いてプレゼントしてくれた。

 小栗監督は、終わりの方の上村が問いかける「人間って、大きいんかい、小さいんかい…」というセリフを書いていた。このシーンは、志賀直哉の、というか日本文学の傑作、『暗夜行路』の例のクライマックスに通じる所のある、大きな場面だが、この言葉にこそ、映画に対する制作者の姿勢が象徴されていると思う。

 映画には曖昧な部分(そのまま追求しないのがアジア的なのだが)が多くあり、とても多い登場人物についても描かれない部分が多い。例えば、上村の妻の「パート」のエピソードや、山家のおじいさんが山をおりなかった理由や、様々な想像を生む部分が多い。製作スタッフ自身にもわからないことが、この映画には満ちているけれど、「大きいんか」「小さいんか」ということを、作る側は断定せずに、鑑賞する側に委ねているのだ。作る側が、わからないままにしておいたことも、この映画の素晴らしさ、多様な出逢いを生んだ大切な要因の一つだと思う。

 最後に、『眠る男』を見ても、おもしろくない人もいるかもしれない。以前ヴェンダース監督(第10号38ページ「封切りKirium座」参照。小栗監督と並んで、僕が音楽を担当させていただきたいと思う、唯二人の監督だ。もちろん、自分で監督と音楽というのもありだよ。)の『ベルリン天使の詩』がつまらなかったと言う映画ファンの話を聞いたことがある。両方に共通するのは、明快なストーリーらしいストーリーがあるわけではないことかな、と思う。娯楽映画のようなストーリーを期待すると期待はずれかもしれないけれど、映画が好きな人なら、見に行ってごらん。

 もしも、年に一回しか映画館に行かない人なら、この映画こそ、その映画だ。

 登場人物も赤ちゃんから老人まで、あらゆる年齢層に及び、深い慈しみをもって描かれる。もちろん高校生もたくさん出てくるよ。誰もが自分の視点で楽しめるKirium推薦五つ星の映画を楽しんで欲しい。

9月9日(月)〜15日(日) テレピア・ホール
16(月)〜29(日)名演小劇場
(1)10:30 (2)13:30  (3)16:00  (4)18:30
前売 1400円  当日 1700円(学生1500円)
連絡先 TEL052(961)1701
  「眠る男」を見る会事務局

大募集 『眠る男』の感想

 次号(十一月上旬)では、『眠る男』の感想特集をしてみたい。短くても長くてもよいので、名前またはペンネームその他、職業とか住む町とか年齢とか差し障りないものを書いて、E-Mail、郵便、FAX、手渡しで、どうぞ。
 締切は10月30日。届き次第Kiriumのページでもインターネット上に公開している。

What's New Home Travel Tips & Tricks Books Music about us



ご意見やご感想はkirium@pisces.bekkoame.or.jpへどうぞ
 * * * * * * 
Presented by Ikuo Kiriya

(c)1994-7 桐谷育雄 All Rights Reserved.