世界をまわるのは、一生をかけて!

around the world in eighty years

第六回 喜捨 --giving joy--
1995年7月17日第7号掲載

 旅先では、大勢の物乞いに出会う。とても貧しい状態なのは明らかだから、自分に出来ることがあるなら、何とか助けてあげたい。でも、世界は物乞いがあふれていて、自分の経済力にも限界がある。すべての人に、お金をあげることはできない。
 さあ、どうしよう。君ならどうする?

 今まで出かけたどこの国でも、物乞いに会った。唯一の例外はシンガポール。シンガポール航空をよく使うので、もう十回以上も、乗り継ぎに訪れていて、様々な地域を歩き回ったけれど、まだ一度も出会ったことがない。もしも今度出会ったら、これまでの分うんとたくさんのお金をあげたい。

 初めて海外に出かけた頃は、苦しんでいる人には、必ず何かをしてあげようと思ったけれど、すぐに、貧乏旅行者の財布は、尽きてしまった。全員に何かをしてあげるのはあきらめて、なりゆきにまかせるようにしたら、こんな出来事があった。
 カルカッタの市電の中から、両手両足のない人が歩道に転がっているのを、また見て、ショックを受けて、何かしてあげようと思って、すぐに次の停留所で飛び降りて、戻ってみたけれど、もうそこにはいなかった。周りの人に聞いてみても、捜せなかった。

 その人のことが頭に残ったまま、次にロサンゼルスに行ったら、車椅子に乗ったお兄さんが、紙コップにお金を求めてきた。持ち合わせもなかったし、ごめんね、現金は今ないんだ、と言って通り過ぎたけど、角をまわると、急に後悔の念がこみ上げてきた。彼は、本当に苦しそうだったのだ。
 すぐ戻ったけど、彼はもういなかった。見晴らしのよい所で、三十秒で彼がどこかに行けるとは思えない。
 取り返しのつかない残酷なことをしてしまった不思議な気持ちになって、神さまの啓示なのかもしれないと思うようになった。これからは、困っている人には、何かをしてあげよう。

 かつて、アメリカのホームレスたちと、空き缶集めをしたことがあった。デポジット制度がしっかりしているから、空き缶を一つ集めると、5¢にもなるのだ。二十個で1$! 
 スーパーマーケットのカートを押しながら、アルミ缶を次々に集めた。ある人は、人間の死体がはいりそうなビニール袋に次々と集めていった。見る見るうちに十ドル札分が、たまっていった。アルミだから、たくさん集まっても軽いし、未来への希望が一つずつ実現に近づく気持ちになっていった。
 この方法は、一石二鳥の、すばらしいムーブメントだと思う。まず、ゴミとして捨てられてしまうものが再利用でき、街のゴミが減る(自分のしていることが、人類の未来のためになるという誇りの意識を持つことができる。)。その預り金を、拾った人がもらうから、生活の建て直しをする資金にできる。

 日本に帰ってから、アルミ缶を集めて現金化するルートを作って、そのお金をためて、援助資金にした。誰かに援助するなら、一つ一つの援助の資金を、目に見える形で集めたかったのだ。今日集めたアルミ缶が、夏休みにダウンタウンで出会う人一人にあげる分になるという実感は、人生の幸福になる。
 でも、日本は環境対策も人々の意識も遅れていて、一個が一円にしかならない。それも、自治体が赤字で続けているリサイクル制度にのせての場合で、企業が、自社製品の利用後の回収に責任を持つ姿勢は全くない。もちろん、消費者もそれが当然だという意識も全くない。僕はPepsiの味が好きだけど、もしも他社が先に日本で制度を始めたら、ブランドをかえる。企業を選ばなくちゃ。
 かつて、ソフトドリンク百円時代に、日本でデポジット制度を実施しない理由として、「百円の料金が定着しているから、自動販売機で半端な十円玉を使うことにはしたくない」という企業からの解答があった。
 ところが、百十円になっても、デポジット制度を導入しないのは、やはり、責任を感じていなかったからなのだ。ドリンクを百二十円にして、空き缶を返すと、十円もらえる制度にすれば、空き缶ゴミも減るし、資源や電気を節約できると思うのに、本当に残念。
 それでも一個一円にはなるアルミ缶を平気で路上や(燃えるものの)ごみ箱に捨てる人が多いのは、とても悲しいことだ。たぶん、多くの人々は意識さえしていないのだろう。僕の高校でも、ごみ箱に、多くのアルミ缶が捨てられているのは、本当に本当に悲しい……。

 忘れてはならないのは、リサイクルされたアルミも、缶に作られることはないこと。他の用途に使われるわけで、缶そのものを使わない努力も必要だろう。現代の「快適」な生活は永遠に続けられるものではない。
 最近日本でも、プラスティックのリサイクルコード(ペットボトルは1)がついたけど、プラスティックの分別回収が行われる気配はない。待つのではなく、こちらから、企業や自治体に訴えかけていかねばならない(ホームページ注:97年4月から、一応法制度が整ったけれど、まだ日本のあちこちでは、不十分なままだと思いませんか?)。

 話を世界との関係に戻そう。
 世界に援助するために自転車通勤を始めた。一日につき四百円のお金がうき、地下鉄の電力消費も僕の体重分少なくすむかもしれないし、ラッシュの混雑も一人分緩和されて、運動不足の解消にもなるし、時間も短縮される。
 おかげで、今では、全ての物乞いにお金をあげる用意ができた。いつかどこかで誰かに手を差し出されたら、このお金は少ないけど、元気を出してねと、あげることができる。
 「喜捨」とは、よく言ったもので、誰かに何かをしてあげることが出来るのは、人生の喜びだ。僕たち経済的に豊かな国に生きる者は、僕たちの繁栄のせいで苦しみを強いられている人々に、何かをする喜びを味わいたいものだ。
 前回少し紹介したように、街角で演奏して得たコインも、その土地のホームレスの立ち直り資金にしているので、誰かが入れてくれるお金は、二重にうれしい。僕の音楽を楽しんでもらえた喜びと、誰かのパンになる喜び。
 でも、いつの日か、この不合理な世界の仕組みをなくすことをしてみよう。政治の力ではなく、言葉か音楽なら、できるよね。


第七回 「食べる!」を読む

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