世界をまわるのは、一生をかけて!

around the world in eighty years

第五回 友だちになる
1995年5月15日第6号掲載

 旅先では、いろんな人に助けられる。いろんな人と仲良くなって、日本に帰ってからも、長く仲良しでいることもある。
 旅先の出会いはテクニックではなく、恩寵としか言い様のない恵みなのだけど、若者にとっては、旅の大切な何かなのだろう。僕も、旅先では、何よりも、人間の生きている生活に一番触れたかったのだ。


テルミニでの演奏風景

 旅というのは、出会いと同義語かな、と思う時がある。ものすごい風景との出会いもそうだろうし、感動の舞台や、すばらしい美術作品や、歴史遺産もそうだろう。でも、いつも軸になるのは人間。人との出会いは、かけがえのない大切なものだ。
 僕自身の人生のあり方を変えてしまうような出会いは、インドに多かった。死にゆく人との出会いも、いまだに忘れられないし、人生を生きる方向や世界を見る目に決定的な影響を与えたのは常にインドだった。
 そのなかで一番重要なのは、カルカッタの「死を待つ人の家」での出会いだけれど、今回はローマの地下鉄での出来事を思い出してみよう。

 僕のキャッチフレーズは、「両替不要の旅人」と言うものだ。
 旅の両替は、重要な儀式で、新しい国家に侵入したことを確認して、その異文化を象徴する貨幣を身に付けるわけだ。鉄道駅や空港には両替所があるけれど、夜行バスなど陸路で早朝に新しい国に着いた時など、銀行もあいてないし普通は苦労する。

 僕の場合は、新しい国では、早速一稼ぎ。たいてい何か楽器を持って移動するので、広場で風呂敷をひろげて演奏を始める。
 珍しい東洋人のパフォーマンスに、立ち止まる人も多く、あっという間にお金がたまる。中には、今でもどこのコインかわからないものもあった。
 そうして集まったお金は、その国のホームレスの立ち直りへのプレゼントに使ったけれど、いったん自分が使って、両替したお金を返したりもしたことも告白しておこう。

 その旅では、ポータブルキーボードを持っていた。地下鉄で演奏していたら、ギターとアンプを持った若者がやってきた。この国では警察がうるさいから今の内に演奏しようぜ、といいながら、リズムマシンと、ギターと、キーボードのセッションが始まった。みるみる人垣が出来て、しばらくすると、警官たちが来たけれど、人々は好意的だったので、あちこち逃げ回りながら、演奏した。
 夜行で南仏へ行く夜だったので、彼の部屋へは行かず、そのまま別れたけれど、何年かたったら、又やろうぜと言った。僕は、ニューヨークのセントラル・パークの大芝生園で十年後にね、と答えた。その日まで、あと六年(ホームページ版の注:その日は2001年なんだ)。ニューヨークのフリーコンサートで、十万人の観客が集まるアーティストに、きっとなるからね。



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