世界をまわるのは、一生をかけて!

around the world in eighty years

第四回 宿さがし
1995年3月20日第4号掲載

 初めての街で泊まるところを捜すのは、やっぱり相当苦労する。少しでも安い所がいいけれど、出来れば安全で快適なところがいい。ドミトリー(相部屋)で平気だけれど、時には、個室で、のびのびしたい。何回かにわけて、宿さがしの出来事を思い出してみよう。

 いろんなことがあった。本当に、いろんな出来事があった。でも、原点は、飛行機に乗った初めての海外の、シンガポールの安宿街に始まる。
 香港で乗り継ぎが、二時間のはずだったのに、大幅に遅れることになって、五時間も待つことになった。こんなことなら、香港の街を歩きに入国するんだった。ちょうど三時のおやつの時間だったから、航空会社は軽食チケットを出してくれて、空港内のお店で、一定金額まで無料でドリンクと何かを食べることが出来た。そんな時、少しでも得をする組み合わせを考えるタイプだから、料金を計算して、少しでも無駄になる金額を少なくしたのは、言うまでもない。
 さらにもう少し遅れる放送があって、今夜の宿が心配になってきた。持ち物は、膝の上の小さなサブザックだけで、寝袋もないし、タオルと衛生セット(お風呂セットのこと。)と、餞別にもらった大好物のアーモンドせんべいと、カメラと、着替えのTシャツと、パンツと靴下が一枚ずつだけだった。
 シンガポールのチャンギ空港につく時間は十時を過ぎることになる。市内バスは走っているだろうか? 宿は満員になっていないだろうか? 何より、ロングヘアーの僕は、入国できるのだろうか? (当時、シンガポールは、まだヒッピー締めだし策として、長髪の若者は入国させないことがあるという噂だった。)
 今のように、便利なガイドブックはまだなくて(ただし、インドとアメリカとヨーロッパだけは、『地球の歩き方』が出ていたような気がする)、旅先で出会った人からの情報と、現地のtourist informationの情報が全てだった。
 香港の空港で出会った北欧の若者の情報で、空港の地下にあるバスターミナルのバスで、「べんくーれん」という通りに行けば、安い宿があることはわかっていて、ホテルのカードも貰っていたけれど、やっぱり不安だった。
 無事シンガポール入国もできて、ホテル案内のカウンターには、やさしそうなお姉さんが座っていた。この時間だから安いホテルを紹介しようかと声をかけてくれたけれど、僕の期待する料金とは程遠くて、「べんくーれん」のことを話したら、バスの番号と、下りる目印を話してくれた。
 その系統は十二時まで走っていて、時速80km以上の高速でとばして三十分もすると、運転手さんは、お前の下りる通りだぞと教えてくれた。オレンジ色の街灯がついていて、他に下りる人はいなかったけれど、バス停には、インドの青年が立っている。安宿に連れていってやろうと言うと、僕の返事も聞かずに、先に歩き始める。
 ちょっと裏道に入って、鉄格子のようなシャッターの下りたビルの扉を鍵であけて、中に入れと言う。見るからに、組織の事務所でもありそうだし、生きては帰れない雰囲気の、暗いビル。もちろん、北欧お姉さんのお薦めホテルではなさそうだ。どうせ、取られるものなんてないし、お金は、トラベラーズ・チェックだけだし、勇気を出して、飛び込んでみる。
 三階の一室が、安宿になっている。全部で四部屋。入ってすぐの所に、シャワーと冷蔵庫があって、一つ一つの部屋に二段ベッドが四つずつ置いてある。天井には、東南アジア風の、大きな扇風機がゆっくりと廻っている。インドの青年は、お前で最後だ、幸運なやつだと繰り返している(今なら、仕事がこれで終わった青年の方が幸運であることがわかるけれど、その時は、そうかそうかと感謝したものだ。)。名前やパスポートナンバーを宿帳に書いて、お金を払うと、黄ばんだシーツを支給されて、最後の一つのベッドに横になった。
 ユースホステルを汚くしたような感じの所だけれど、違うところは、男女が同室のところ。すぐ横のベッドには、アメリカから来たというお姉さんが、シャワーを浴びて、上半身裸で横になっていて、目のやり場に困った。盗難が恐くて、シャワーを浴びるときに、全ての荷物を持って入った。もちろん、サブザックは、その晩の枕になった。
 今では、全く平気なのだけど、最初はやっぱり恐かったのだと思う。どこの街でも、客引きのお兄さんがいて、連れてきた客の数で、収入を得ているのだ。もちろん、シーツを替えたり掃除をしたりする仕事をしている時もあるし、経営者自ら移動電話を持って客引きをする時もある。
 今では、泊まってはいけない宿は、すぐわかる。火事になったとき逃げ場がない宿、宿泊者に麻薬常習者がいる宿、実は売春宿になっている宿、悪い警察官と組んで宿泊者の荷物に麻薬を入れて死刑になりたくなかったら金をだせと賄賂を求める宿、宿泊者たちが無気力になって何もせずに寝ている吹き溜まりの宿……。
 若かった頃親切をうけた、薄汚れた安宿を、ふとした拍子に、近頃よく思い出す。あの宿のおばさんは、今もあそこに座っているのだろうか。
第五回「友だちになる」を読む

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