緑いろの通信 2024年5月
   

KENJI MIYAZAWA NEWS PAGE

緑いろの通信
Office Kenji

Kenji & News 2024.5
(C)1996-2024


- 緑いろの通信 2024年5月 目次 -


緑いろの通信

 「緑いろの通信」へようこそ! 2024年5月号をアップしました。 今月の写真は、賢治の『春と修羅』発行から100年目の4月20日に丸善書店のカフェで撮影したコップです。 書店で過ごすお茶の時間を楽しみました。 5月になり、多忙を極めています。 今月もまたよろしくお願いします。




「賢治の事務所」の事務室から
お願い

(各コーナーの写真をクリックすると目次に戻ることができます)


- 「賢治の事務所」の事務室から -


緑いろの通信

 新着情報でも更新ページを知ることができますが、少し紹介を加えたりしてプラス・アルファの書き込みです。 日付を付けて書き加えますので、時々のぞいてみてください。


リンクご希望の際はメールにてお知らせください


  ●賢治の事務所のバナー



リンクご希望の際はメールにてお知らせください


  ●賢治の事務所バナー(小)


5月1日(水)
 曇りのち雨。 気温低め。

 いつものように、今月の写真の拡大版を載せておきます。


(今月の写真[拡大] 2024年4月20日撮影)

 先日始まったばかり、と思っていた2024年も、もう5月となり後半までもあと僅か。 年末のあれこれも少し気になる時期となりました。 無事原稿を送り安堵。

 抱影の『星三百六十五夜 春』の5月1日は「若葉」です。 「柿」と「柏」の若葉に触れつつ、「十四日の月」が登場。 (以下に部分引用)

 今夜は十四日の月がある。 その光で若葉を見ようと、庭へ下りてみた。 強風が吹いたあとで、まだ大きな雲のちぎれが南から南からと流れて、中空の月を呑んだり、その上や下を通ったりして行く。 月も吹き澄まされて大きな金盤のように懸っているが、さわやかな光はやはり5月の夜のものだった。


(今年の「十四日の月」(2024年5月21日19時30分))

 月明りの照らされる木々、月のまわりを行きすぎる雲、アルクトゥールス、スピーカ(スピカ)、そして土星。 春の夜の眺めを楽しんでいました。

 毎年この日の文章を読む度、引用した月の描写の部分にどことなく賢治を感じていました。 以下に賢治の詩「有明」(『春と修羅』より)を引用します。

   有明

 起伏の雪は
 あかるい桃の漿をそそがれ
 青ぞらにとけのこる月は
 やさしく天に咽喉を鳴らし
 もいちど散乱のひかりを呑む
   (波羅僧羯諦 菩提 薩婆訶)

 抱影と同じ「呑む」という表現ですが、賢治の「呑む」主体は月、抱影のは「雲」となります。 次は、詩「風の偏倚」の冒頭を引用します。

   風の偏倚

 風が偏倚して過ぎたあとでは
 クレオソートを塗つたばかりの電柱や
 逞しくも起伏する暗黒山稜や
   (虚空は古めかしい月汞にみち)
 研ぎ澄まされた天河石天盤の半月
 すべてこんなに錯綜した雲やそらの景観が
 すきとほつて巨大な過去になる
 五日の月はさらに小さく副生し
 意識のやうに移つて行くちぎれた蛋白彩の雲
 月の尖端をかすめて過ぎれば
 そのまん中の厚いところは黒いのです
 (風と嘆息との中にあらゆる世界の因子がある)
 きららかにきらびやかにみだれて飛ぶ断雲と
 星雲のやうにうごかない天盤附属の氷片の雲

 こちらでは「研ぎ澄まされた天河石天盤の半月」、抱影は「吹き澄まされて大きな金盤」。 賢治は空そのものを「盤」としてとらえ、抱影は月のみを「盤」としています。 行きすぎる雲が出てくる点では共通しています。

5月2日(木)
 晴れ。

 連休後半時間が取れたので、山に撮影とお話少々その準備。 今年のゴールデン・ウイークは、8日が新月で星を見るには好条件。

 原稿では、沢山の鉄道資料のお世話になりました。


(鉄道資料あれこれ 2024年5月2日撮影)

5月3日(金)
 快晴。

 早朝の特急あずさで長野県行き。 上諏訪駅で下車して、山小屋のご主人のお迎えで北八ヶ岳へ。


(白駒の池の眺望 2024年5月3日撮影)

 午後から7月の宮沢賢治イベントの打ち合わせ。 検討すべき事案はだいたい確定しました。

 この時期は、これまで悪天候が多かったため(昨年は降雪)、とても貴重な晴天です。 気温もほどほど、風は無風で最高のコンディションです。 天体観測的に言えば、遠方の風景を眺めた時の視程から、やや水蒸気が多めの印象がありましたが、それは贅沢というものでしょう。

 夕方になり日没も間近、だんだんとオレンジ色に色付いてきました。


(白駒の池の眺望(夕方) 2024年5月3日撮影)


(丸山 2024年5月3日撮影)

 消灯後に外に出てみました。 春の星座が山小屋の上に懸っていました。


(西空の春の星座 2024年5月3日撮影)

5月4日(土)
 みどりの日。 快晴。

 消灯時刻から日付が変わって、午前2時過ぎまで撮影。

 星座がだいぶ入れ替わりました。 お天気は安定しているようです。 薄明の始まるまでしたが、もう東空の地平線からは、夏の銀河がせり上がってきました。


(夜明け前の銀河 2024年5月4日撮影)

 実際にはとてもきれいに写っていますが、かなり縮小しているので、画像そのものがねぼけた印象になります。

 元画像のこと座付近のみ(これも縮小はしていますが)を見ると、次写真のような感じで、より多くの星々が分解しています。 ベガが大きく見えるのは、レンズの内側にシート・フィルター取り付け、明るい星のみを強調しているためです。


(こと座付近(トリミング) 2024年5月4日撮影)

 日の出前に仮眠。 昼間はのんびりと過ごしました。 (登山としての移動はなし)

 山小屋の書架にあった雑誌「山と渓谷」のバックナンバーを眺めていたら、宮沢賢治の記事がありました。 宮沢賢治の研究同人誌「ワルトラワラ」のメンバーでもある、花巻在住の滝田恒男さんを取り上げたもので、「宮沢賢治の歩いた山を描く イーハトーブの床屋さん」というレポート記事でした。


(「山と渓谷」1990年12月号より 2024年5月4日撮影)

 若き日の滝田さんの日々の活動と、宮沢賢治への想いが紹介されています。 確かこの雑誌は自宅にもあったはずでしたが、(宮沢賢治に大きくかかわる以前で)引っ越しの時に処分していました。

 夜は、山小屋の木村さんのガイドで星空観察会。

5月5日(日)
 憲法記念日。 快晴のち曇り。

 今日も好天が続きます。 夜明け前、2時過ぎに起床。

 暗闇の中の高見石を登り、途中の岩の上に三脚を設置し、南の中山方面にカメラを向けました。 ちょうど銀河が南中する頃です。 (蝎の赤眼は南中過ぎ) 画面左側の光は、薄明ではなく、麓の光害です。


(中山と銀河 2024年5月5日撮影)

 細くなった月が昇り、先駆けて昇っていた土星に加え、火星も出てきました。 次の写真は薄明の中、出てきた土星、月(月齢26.0)、火星です。 今日の昼には、月が火星を隠す火星食となります。


(土星、月、火星 2024年5月5日3時45分撮影)

 この写真では、月の右上の星が土星、すぐ左側の星が火星です。 また、画面右側のピラミッド状の山のシルエットはにゅう(標高2,352m)という小さな岩山です。


(日の出間近の東天 2024年5月5日4時26分撮影)

 昼間はちょっと仮眠。 昼間もよく晴れていました。


(空を望む碧眼 2024年5月5日撮影)


(日没の頃 2024年5月5日撮影)

 それでも気温は10度ほど。 (標高2300mの山上にしては)暖かな夕暮れ時です。 山小屋の室内には、ストーブの火も入り、ランプも灯されました。


(薪ストーブの室内 2024年5月5日撮影)

 日没後少し雲が出てきたため、夜の山小屋では、宿泊者を対象として少々星のお話をさせていただきました。

5月6日(月)
 休日。 曇りで冷たい強風。

 朝、雲は多めでしたが、暗くはありませんでした。 3泊滞在した山小屋、今朝で後片付けをしてチェックアウトです。


(山小屋2階の宿泊室 2024年5月6日撮影)

 まだ少し雪の残る登山道を駐車場まで歩いて、お迎えの車で駅まで。 中央線側からの定期バスの運行が遅いため、地元の方のお世話になり、茅野駅に到着。

 帰宅後、地元の天文同好会のメンバーが亡くなったという残念な連絡が入りました。

5月7日(火)
 小雨のち雨風。

 連休明けで勤務開始。 新刊の天文誌を今日になって読む。


(天文2誌 2024年5月7日撮影)

 『星ナビ』6月号は、特集が「魚眼レンズで天体写真 星空の全てを手に入れる」です。 あとは4月にあった北米皆既日食の写真…。 平塚の塚田健さんの「星はすばる 月は有明」では、『枕草子』の星空など、平安文学の星・月のお話。 綴じ込み特別付録は「天体画像処理6」(活用編)。

 『天文ガイド』6月号の特集は「4月8日の皆既日食」です。 前月からポン・ブルックス彗星の観測記事(写真)が続いています。 接近時の彗星頭部の拡大写真が見事ですね。

5月8日(水)
 晴れのち雨。

 今夜の音楽はジョアン・ジルベルト


(『ジョアン・ジルベルト読本』 2024年5月8日撮影)

 先日、都内の書店でみかけて購入した『レコードコレクターズ読本 ジョアン・ジルベルト読本』(ミュージックマガジン)を読んでいます。

 ジョアン・ジルベルトというと、「謎の人物」的なイメージがあって、2019年に公開された映画「ジョアン・ジルベルトを探して」もまさにそんな作品となっていました。 本誌の宮田茂樹氏による「ジョアン・ジルベルト来日公演」の記事を読めば、いかに風変わりな?人物であったのかが良くわかります。 同時に「奇跡的」な才能の塊にも驚きました。


(「三月の水」(ジョアン・ジルベルトのホワイトアルバム))

5月9日(木)
 曇りのち晴れ。

 橘省吾著『「はやぶさ2」は何を持ち帰ったのか リュウグウの石の声を聴く』(岩波書店)読了。 岩波科学ライブラリーの一冊です。 著者は、小惑星へのサンプルリターン探査で持ち帰った鉱物の分析をする担当者でした。 (本文中、唐突に宮沢賢治の「楢ノ木大学士の野宿」が、あとがきでは『注文の多い料理店』の序文が出てきて驚きました) 第4、5章が本書の面白みを集約したところでしょうか。 小惑星からの気体のサンプルリターンのお話が特に興味深く感じられました。


(『「はやぶさ2」は何を持ち帰ったのか』2024年5月9日撮影)

 科学者には、賢治好きが多いようです。

5月10日(金)
 晴れ。

 太陽活動が活発。

 先日の山での撮影で、5日の月と火星が並んで昇ってきた早朝、薄明の空がとてもきれいでした。


(月と火星 2024年5月9日撮影)

 月齢は26.4、旧暦では3月28日の月となります。 地球照もはっきりと見えていました。

 確認はできませんが、月のすぐ上方には7.9等星の海王星も出ていました。

5月11日(土)
 晴れ。

 自宅で所用。 今晩あたり、低緯度でもオーロラ観測の可能性。 「宇宙天気予報」関係のサイトはいろいろありますが、とりあえずSpace Weather Prediction Centerのオーロラ情報などを注視しておきたいと思います。 (「Space Weather Prediction Center」はこちら

 オーロラや太陽のコロナのお話について問い合わせをいただいた時、小中学生向けの本ですが、基本的な事項がやさしく書かれている次の本を紹介しています。 今日の再読。宮原ひろ子『太陽ってどんな星?』(新日本出版社)


(『太陽ってどんな星?』 2024年5月11日撮影)

 ついでに、以前にここで紹介した片岡龍峰『日本に現れたオーロラの謎 時空を超えて読み解く「赤気」の記録』 (化学同人) 、岩橋清美・片岡龍峰『オーロラの日本史』(平凡社)も再読。

 データ上では、異常な状況なので、かなり低緯度でもオーロラが見られそうです。 (ついでに何人かにメールで「オーロラのお知らせ」を送信。 もし、太陽好きの天沢退二郎さんがお元気なら、きっと知らせていたと思います)

5月12日(日)
 曇り。

 昨晩は、オーロラのニュース多め。

 都内編集社で打ち合わせ。 もう何十年も付き合いのある編集者(当時学生アルバイト)も、編集長を経て今や重役。 その時々のかかわりを懐かしむのも楽しいものです。


(打合せ中に 2024年5月12日撮影)

5月13日(月)
 雨。

 加賀谷さんから開催中のKAGAYA展の案内をいただきました。 いつもありがとうございます。 会場は関東で、横浜(そごう横浜店)となります。 (「KAGAYA 星空の世界 天空の贈り物 |そごう横浜店」はこちら(そごう横浜店))


(KAGAYA展「天空の贈り物」の案内 2024年5月13日撮影)

 詳しい情報はリンク先にありますが、開催期間は2024年5月1日(水)〜7月1日(月)まで。

5月14日(火)
 晴れ。

 地元の天文同好会「つくば星の会」の会報など読む。 「星空つくば」第404号(2024年5月12日)。


(「星空つくば」404号 2024年5月14日撮影)

 メンバーから数名が、4月の北アメリカ皆既日食に向かったようで、そのレポート記事がいくつかありました。 天文雑誌の報告にもありましたが、今回の日食は地理的条件に恵まれ(辺境ではないという意味で)、安全な旅となったようです。 初めての方は皆感動!

5月15日(水)
 晴れ。

 串田孫一『北海道の旅』(平凡社)の再読。 この本は、1962(昭和37)年5月15日(ちょうど62年前)から始まる著者の北海道旅行(山行)の記録です。


(『北海道の旅』 2024年5月15日撮影)

     一九六二年五月一五日

 北海道へ雨の中出発だった。  昨夜荷造りをすっかりすませてから、山靴に油を塗った。 尾をぴんぴん立てた鷦鷯(みそさざい)の印のついているイギリス製の油をたっぷり塗ったその靴をはいて、荷を担ぎあげると、気分はここで笑いたくなるほど明るくなった。

 雨とは言え、なんと気持ちの良さそうな旅立ちでしょうか。 これから半月ほど、この旅を追いかけながら過ごしてみます。

 著者は、上野駅に出て東北本線で青森駅、さらに青函連絡船で北海道函館に渡ります。

5月16日(木)
 雨のち晴れ。

 自宅の所用など。

 サハリンの本で、以前お世話になった藤原浩さんの著書などを出してきて再読です。 藤原浩『ユーラシアブックレット137 宮沢賢治とサハリン「銀河鉄道」の彼方へ』(東洋書店)、藤原浩『ユーラシアブックレット118 シベリア鉄道』(東洋書店)と、徳田耕一『ワールドガイド サハリンカムチャツカ』(東洋書店)です。


(サハリンの本 2024年5月16日撮影)

 『ワールドガイド サハリンカムチャツカ』には杉山基「宮澤賢治の見た樺太〜“銀河鉄道”を訪ねて〜」の記事があり、賢治の樺太行が紹介されています。

 併せて雑誌「新潮」2008年6月号の天沢退二郎「サハリンへ −宮沢賢治の足跡を追いながら」も。

 ロシアへの入国は当面難しそうですね。 栄浜のあたりも変わってしまったし、白鳥湖あたりも開発が進んでしまったことでしょう。

 夜はイベントの準備。

5月17日(金)
 晴れ。

 彗星会議の準備。

 古い絵ハガキをカラー化してみました。 岩根橋を走る岩手軽便鉄道の雄姿。


((岩手名所)輕鐵岩根橋ノ眞景(根子久繪はがき發行部))


((岩手名所)輕鐵岩根橋ノ眞景(根子久繪はがき發行部))

 白黒バージョンとカラーバージョン。 AIで着色してみましたが、白黒の方がカラーにはない味が出てきます。

5月18日(土)
 晴れ。

 午前中、東京駅近くの丸善で開催中の「デゾ・ホフマン写真展」を見学。 ビートルズのデビュー当時の写真の数々が飾られていました。


(デゾ・ホフマン写真展 2024年5月18日撮影)

 午後からは彗星会議1日目。 今年は東日本での開催で、東京三鷹の国立天文台三鷹キャンパス(すばる棟大セミナー室)が会場です。


(国立天文台正門 2024年5月18日撮影)


(天文台内を移動 2024年5月18日撮影)

 今日は渡部潤一さんの記念講演に続き、招待講演は吉本克己さんと津村光則さん。 夕方まで研究発表が続き、夜は懇親会。


(彗星会議会場にて 2024年5月18日撮影)

 彗星のプロ、アマの年に1回の集会。 参加者の最年少は小学生でした。

5月19日(日)
 曇り時々小雨。

 彗星会議2日目。 プログラムは9時スタート。


(天文台の本部前にて 2024年5月19日撮影)

 この秋、期待される紫金山(しきんざん)アトラス彗星(C/2023 A3)の接近時の情報交換が行われました。 彗星は「生もの」で、光度(明るくなるかどうか)は来てみなければわからないという経験則に基づきながらも、つい期待してしまう参加者の多いこと!その中で、どのような観測を行うべきか、ハイ・アマチュアと専門家から多くのアドバイスがありました。


(彗星会議会場にて 2024年5月19日撮影)

 その後、彗星の分科会でテーマ毎にさらに情報交換など。 捜索分科会では、アイラス荒貴オルコック彗星の第二発見者の荒貴さんが佐渡から参加されていました。 あっという間の2日間。 スタッフの皆様お世話になりました。


(彗星会議資料 2024年5月19日撮影)

 そして、今日は宮沢賢治の詩「凾館港春夜光景」(1924年5月19日)作品日付から100年目。

   凾館港春夜光景

 地球照ある七日の月が、
 海峡の西にかかって、
 岬の黒い山々が
 雲をかぶってたゞずめば、
 そのうら寒い螺鈿の雲も、
 またおぞましく呼吸する
 そこに喜歌劇オルフィウス風の、
 赤い酒精を照明し、
 妖蠱奇怪な虹の汁をそゝいで、
 春と夏とを交雑し
 水と陸との市場をつくる
   ……………………きたわいな
   つじうらはっけがきたわいな
   オダルハコダテガスタルダイト、
   ハコダテネムロインデコライト
   マオカヨコハマ船燈みどり、
   フナカハロモエ汽笛は八時
   うんとそんきのはやわかり、
   かいりくいっしょにわかります
 海ぞこのマクロフィスティス群にもまがふ、
 巨桜の花の梢には、
 いちいちに氷質の電燈を盛り、
 朱と蒼白のうっこんかうに、
 海百合の椀を示せば
 釧路地引の親方連は、
 まなじり遠く酒を汲み、
 魚の歯したワッサーマンは、
 狂ほしく灯影を過ぎる
   ……五がつははこだてこうえんち、
     えんだんまちびとねがひごと、
     うみはうちそと日本うみ、
     りゃうばのあたりもわかります……
 夜ぞらにふるふビオロンと銅鑼、
 サミセンにもつれる笛や、
 繰りかへす螺のスケルツォ
 あはれマドロス田谷力三は、
 ひとりセビラの床屋を唱ひ、
 高田正夫はその一党と、
 紙の服着てタンゴを踊る
 このとき海霧はふたたび襲ひ
 はじめは翔ける火蛋白石や
 やがては丘と広場をつゝみ
 月長石の映えする雨に
 孤光わびしい陶磁とかはり、
 白のテントもつめたくぬれて、
 紅蟹まどふバナナの森を、
 辛くつぶやくクラリオネット

 風はバビロン柳をはらひ、
 またときめかす花梅のかほり、
 青いえりしたフランス兵は
 桜の枝をさゝげてわらひ
 船渠会社の観桜団が
 瓶をかざして広場を穫れば
 汽笛はふるひ犬吠えて
 地照かぐろい七日の月は
 日本海の雲にかくれる

 花巻農学校教師として訪れた北海道・函館。 凾館公園で行われた夜桜の宴会の模様が描かれています。 すでに何度か書いているとおり「地照かぐろい七日の月」フィクションで、実際とは異なります。

5月20日(月)
 雨のち晴れ。

 夜までにお天気は回復しました。 保阪嘉内「ハーリー慧星之圖」の日付(1910年5月20日)より、今日で114年目。 (本物のハレー彗星の方は、1986年の接近以降、折り返し点を過ぎ、2061年に向け接近しつつあります)


(保阪嘉内「ハーリー慧星之圖」)

5月21日(火)
 晴れ時々曇り。

 保阪嘉内「ハーリー慧星之圖」の日付(1910年5月20日)の翌日(5月21日)となりますが、スケッチに基づくハレー彗星の位置、眼視観測が可能な太陽からの離角を考慮すると、日付の1日後の5月21日とすることで、実際の状況とよく一致することが判明しています。 2013年6月の福島で行われた「彗星会議」では、その具体的事情の研究発表を行いました。

 今年は、1910(明治44)年5月21日から6メトン周期目で、月の条件が当時とほぼ一致しています。 昨日もそうですが、月が明るく、西空のハレー彗星を見るのは、なかなか困難であったと実感しました。


(1910年5月21日20時の全天)


(1910年5月21日20時の月拡大 月齢12.2)


(2024年5月21日20時の全天)


(2024年5月21日20時の月拡大 月齢13.3)

 今年は、夜空における月の位置と、月齢(だいたいの月の満ち欠けの具合)が当時の夜とほぼ同じとなります。 昨日もそうでしたが、保阪嘉内が甲府中学時代に見たであろうハレー彗星の条件が、いかに厳しいものであったかを、改めて実感しました。 (スケッチのシミュレーションによる検証では、描かれた時刻は20時10分頃ですが、天文薄明終了以前ということもあり、条件としては厳しいことに違いありません)

 今日は、宮沢賢治の詩「小岩井農場」の作品日付(1922年5月21日)でもあります。

5月22日(水)
 晴れのち薄曇り。

 宮沢賢治が苫小牧の前浜海岸を訪れて昨日(5月21日)で100年。 何度も5月の前浜を訪れました。


(苫小牧前浜 2018年5月20日撮影)

 今では浜辺が広々と整備されていますが、賢治が訪れた頃には、この写真のガードレール(柵?)の向こう側は、すぐ海となっていました。 次の写真は、2017年に整備された詩「牛」の碑と、牛をデザインしたプランターです。


(詩「牛」の碑 2018年5月20日撮影)


(「牛」のプランター 2018年5月20日撮影)

 天文教育普及研究会のオンライン・セミナーの案内をいただいていたけれど、帰宅時間が遅くなって参加できず。

5月23日(木)
 曇り。

 100年前の賢治、今日は北海道の修学旅行より帰花。 62年前の串田孫一『北海道の旅』(五月二十二日)では、稚内から船で礼文へ。 利尻を眺めながらの船旅。


(『星夜の巡礼』 2024年5月23日撮影)

 寝る前の僅かな時間を利用して賢治の時代の天文書のひとつ、古川龍城『星夜の巡礼』の再読。

5月24日(金)
 晴れ。

 週末、各種作業。


(夏の銀河より 2024年5月5日撮影)

 抱影『星三百六十五夜 春』(中公文庫)の今日のテーマは、「星章」です。

 ミロの画展で私が特に楽しかったのは『星座』の連作であった。 その他の画にも無造作にクロッスで描いた星がいくつも見られた。 これで改めて思うことは、昔から西洋で描かれる星がいわゆる星形で、東洋特に中国の星が丸い玉に描かれていたことである。

 抱影のこれが出てくると、もう夏も近い…。 と思うのですが、初めに書かれているミロの「星座」(有名ですね)を改めて見てみました。


(ミロ「星座」シリーズより (Wikipedia))

 文章では、余韻を残しながらも、星型は西洋のもの。 というのが抱影の結論でした。

5月25日(土)
 晴れ。

 終日自宅で所用。

 出かけることはできませんでしたが、苫小牧では賢治来訪100年を記念してさまざまなイベントが開催されたようです。 (「宮沢賢治の歩いた道たどる 苫小牧来訪100年でイベント」はこちら(北海道新聞2024年5月18日 有料記事))

 事前の告知では、今年をもって最後とするような案内でしたが、お世話するスタッフも大変ですので、やむを得ないことかもしれません。 できれば、末永く続けてほしい気持ちはありますが…。


(苫小牧前浜の夜 2017年5月20日撮影)


(苫小牧前浜の夜(さそり座拡大) 2017年5月20日撮影)

 何度も通って、凍えながら撮影した前浜の夜が懐かしいです。 さそり座を見ると、北海道の緯度が高いことがよくわかります。

5月26日(日)
 晴れ。

 当面、作業に追われる。

5月27日(月)
 晴れ。

 自宅の所用の日。 何かと自分の時間が持ちにくい日が続きます。


(石田五郎『野尻抱影伝』 2024年5月27日撮影)

 石田五郎『星の文人 野尻抱影伝』(中公文庫)の第十話『星恋』と『星三百六十五夜』に、草下英明『宮沢賢治と星』(甲文社)に関して、抱影からのハガキが紹介されています。

 昭和二十八年、草下(英明)は、処女作『宮沢賢治と星』を自家出版した。 これを閲見した抱影のハガキがある。

 処女著といふものは後に顧みて冷汗をかくやうなものであつてはならない。 この点で神経がどこまでとどいているか、どこまでアンビシャスか、一読したのでは雑誌的で、読者を承服さすだけの構成力が弱いやうに感じた。 特に星の話は天文豆字引の感がある。 それに賢治氏の句を引合ひに出したに留まるという印象で、君の文学者が殺されている。 余計な科学を捨てて原文を初めに引用して、どこまでも鑑賞を主とし、知識は二、三行に留めるといいやうだ。 吉田源治郎氏との連想はいい発見で十分価値がある。 吉田氏はバリット・サーヴィス全写しのところもある。 アルビレオもそれで、同時に僕も借りてゐる。 「鋼青」は“stell blue”の訳だ。 僕は「刃金黒(ステールブラック)」を時々つかつてゐる。 刃金青といひなさい。 賢治氏も星座趣味を吉田氏から伝へられたが、「琴の足」は星座早見のαから出ているβγで、それ以上は知らなかつたのだらう。 「三日星」も知識が低かつた為の誤り、「プレシオス」は同じく「プレアデス」と近くの「ペルセウス」の混沌「君もペルシオス」と言つてゐる)「庚申さん」はきつと方言の星名と思ふ。        (昭和二十八年六月二十九日)

 (草下氏の勤める)平凡社編集部宛のこの師匠の評言はきびしく、また適切である。

 草下先生が『宮沢賢治と星』(甲文社1953)を自家出版する際、抱影に「序」を依頼しています。 時期的にも、その際に目を通した原稿からの感想と思われます。 一読して、石田五郎氏も述べているように「この師匠の評言はきびしく、また適切である」とつい思ってしまいますが、抱影の評には、事実誤認や(当時としての)解釈においても誤りがあり、草下先生も気づかれていたことと思います。 (後日、學藝書林から刊行の『宮澤賢治研究叢書1 宮澤賢治と星』では、「先生(抱影)のご意向により」この「序」は割愛されています)

 この件についてもいろいろとあるので、また何かの機会に書いてみたいと思います。

5月28日(火)
 曇りのち夜大雨。

 108年前の盛岡高等農林学校植物園(現岩手大学自然観察園)の写真です。 ここから旅立った多くの皆さんが、今の時代にも多くの影響を与えています。


(1916(大正5)年5月27日から108年)

 その晩、そこで星を見たらどうなるのか?(意味不明な妄想に過ぎませんが…)


(1916年5月27日20時30分の星空)

 日没後の一番星は宵の明星(金星)です。 -4.5等星です。 そしてそのお隣には0.2等の控えめな土星も見えています。 少し離れたしし座には、1等星のレグルスのすぐ近くに0.9等の赤い火星も見えていました。

5月29日(水)
 晴れ。

 ポール・マッカートニー『THE LYRICS』の続き、今夜はSomedays(Flaming Pie)〜Temprary Secret(McCartney II)まで。

 Somedaysは、言葉遊びのようなアイデアで作られたそう。 プロデュースのジョージ・マーティンは、それを「だまし絵のようなシンプルさ」とたとえたそう。 良き理解者ということでしょう。 だから長いつきあいとなったとも書いています。 ジョージ・マーティンのアレンジが素晴らしい。 Spirirs of Ancient Egyptは、「古代エジプトの精霊」ながら、平凡なラブソングになってしまったといいます。 Teddy Bpyとは、いとこの「デッド」の息子のこと。 いとこは、「My Funny Valentine」「Till There Was You」などを教えてくれた。 映画「Let It Be」のころジョージのギターも入れてテイクを重ねたけれど、彼との間にちょっとした緊張感があって、結局アルバムMcCartneyに収録された。 1850年代〜1960年代に書かれたというTell Me Who He Isは殆どお決まりのネタで書かれた。 ジョージに「どうやって歌詞を書いているの?」と聞かれたことを覚えているけれど、僕の場合はストーリーを作り上げるこがすべて。 ジョージは、個人的な経験からしか書けないと言っていた。 ヒア・カムズ・ザ・サンやサムシングはど事実をもとに書いた。

Temprary Secretaryでは、シンセサイザー(メロトロン、ミニムーグ)のお話。 そしてシーケンサーでできた曲のこと。


(『THE LYRICS』より 2024年5月29日撮影)

 『THE LYRICS』も「T」に入り、次回は、Things〜です。

5月30日(木)
 晴れ。

 戦時中の天文書から山本一清『星座の話』(偕成社1942)を読んでみました。


(『星座の話』 2024年5月30日撮影)

 本書より「冠の星座」(かんむり座)を引用します。

   冠の星座

 初夏の夕べ、「牧夫(まきお)座」と「ヘルクレス座」との中間に當つて、うつくしく圓弧の形に寶石を並べたやうな小さい星座が頭上に見えます。
 これが有名な「冠」の星座です。 首星(ルシーダ)は二等級の星で、他はみな四等星ですが、支那でも昔これを「貫索(くわんさく)」と呼び、いかにもこれらの星々が一つの紐につながれてゐる印象を、見る人にあたへます。
 ギリシヤでは、神話にあるクレタ島のアリヤドネ姫が、夫テシウスから棄てられて、悲嘆(ひたん)に暮れてゐるとき、ディオニソス神が訪れて、慰問のために贈られた寶冠(ほうかん)が天に上げられたものが、この星座であると言ひ傳へられてゐます。

 神話の方は、現在良く知られているものとは違うようですね。 この神話の説明の次に、冠の弧の中にある変光星「R星」を「不規則の變星」として紹介しています。 今年は、この変光星ではありませんが、「かんむり座T星」と呼ばれる別の恒星が明るくなることが予想されています。

 通常は10等級と暗い星ですが、約80年に一度2〜3等級(肉眼でも見える明るさ)に増光することが予想されています。 前回は1946(昭和21)年でした。 草下英明『私の昭和天文史[1924〜84]星日記』(草思社1984)の「一九四六年(昭和二十一年)」の項に次の記事があります。

二月十日 冠座T星と呼ばれる恒星が、明るく増光しているのが認められた。 この星は、一八六六年五月十二日、イギリスのバーミンガムが冠座ε(エプシロン)星の近くに二等星の新星として発見したものだったが、減光したあとも一〇等星級の星として完全に消滅するに至らなかった。 ところがちょうど八十年たったこの年の二月十日の午前二時十分頃、当時浜松高等高専の学生だった斉藤馨児(現東京天文台)が、三・五等級に増工しているのを発見した。 他にも多くの独立発見者があったが、日本国内では斉藤氏がもっとも早かったようである。 海外での発見者も多かったが、光度がもっと明るく、二等星であると見ている。 その後T星は再び一〇等星に戻ってしまっている。 一種の新星類似の変光星、あるいは、反復新星といった天体であるらしいが、今後もまた八十年後に増光するのかどうか、あとまだ四十年以上たたないとわからないのが口惜しい。

 本来80年目であれば、2026年になるはずですが、従前の観測記録に基づく、その予兆に相当する状況が起きつつあると判断され、9月頃までに増光が予想されています。 (T星の位置は、下図中のε星下の★印の場所です)


(かんむり座)

 今後、「空の泉」の変化に注意が必要です。

5月31日(金)
 雨。

 朝からずっと雨の一日。



- お願い from Office Kenji -


緑いろの通信

このページは、「賢治の事務所」ページにいらしていただいた方への、不定期刊行誌です。
ご感想、ご意見などありましたらお気軽にどうぞ。

 電子メールはこちらへ
ご感想などありましたらどうぞ



メインページへ

宮沢賢治のページへ

☆星のページへ

△山のページへ

Copyright (C)1996-2024 Atsuo Kakurai. All rights reserved.