緑いろの通信 2018年2月
   

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緑いろの通信
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Kenji & News 2018.2
(C)1996-2018


- 緑いろの通信 2018年2月 目次 -


緑いろの通信

 「緑いろの通信」へようこそ! 2018年2月号をアップしました。 今月の写真は、東京スカイツリーから撮影した東京タワーです。 夜になると突然目立つ存在になります。 今年一番の天文イベント、皆既月食も終わり、早くも2月になりました。 今月もよろしくお願いいたします。




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2月1日(木)
 曇りのち雨。

 昨晩は満月。 そして皆既月食でした。

 写真でみると、はじめの頃は、少し薄雲が出ていたことがわかります。 皆既中は真っ赤ですが、月の兎も暖かかそう


(皆既月食 2018年1月31日撮影)

 月の近くには「かに座」(М44→月の真上に見える星が集まったところ)も。 (大きな画像データをこれだけ縮小してしまうと、何だかわかりませんね)


(皆既中の月とかに座 2018年1月31日撮影)

 宮沢賢治も月食を見ていました。 賢治自身が月への想いを語った作品です。 賢治にとっては、「月天子」なのです。

   月天子

  私はこどものときから
  いろいろな雑誌や新聞で
  幾つもの月の写真を見た
  その表面はでこぼこの火口で覆はれ
  またそこに日が射してゐるのもはっきり見た
  後そこが大へんつめたいこと
  空気のないことなども習った
  また私は三度かそれの蝕を見た
  地球の影がそこに映って
  滑り去るのをはっきり見た

  次にはそれがたぶんは地球をはなれたもので
  最後に稲作の気候のことで知り合ひになった
  盛岡測候所の私の友だちは
  − ミリ径の小さな望遠鏡で
  その天体を見せてくれた
  亦その軌道や運転が
  簡単な公式に従ふことを教へてくれた
  しかもおゝ
  わたくしがその天体を月天子と称しうやまふことに
  遂に何等の障りもない
  もしそれ人とは人のからだのことであると
  さういふならば誤りであるやうに
  さりとて人は
  からだと心であるといふならば
  これも誤りであるやうに
  さりとて人は心であるといふならば
  また誤りであるやうに

  しかればわたくしが月を月天子と称するとも
  これは単なる擬人でない

 そして週末の準備など。

2月2日(金)
 曇り。

 東北が舞台の小説です。


(『桜の下で待っている』 2018年2月2日撮影)

 彩瀬まる『桜の下で待っている』(実業之日本社)ですが、東北新幹線を繋がりとした短編集です。 花巻が出てくるのは「ハクモクレンが砕けるとき」で、童話村(「白鳥の停車場」さんも登場)や、宮沢賢治記念館、賢治の作品もいくつか引用があります。


(表紙のいぬ 2018年2月2日撮影)

2月3日(土)
 晴れのち曇り。

 疲れが取れないまま、羽田空港へ。 昼近くの飛行機で北海道女満別空港まで。 流氷の時期に合わせて、地元の知り合いと約10数年ぶりの再会です。 (昨年も企画したのですが、都合が合わず断念)

 出発ゲートに向かう途中、カフェねんりん家でホットバームクーヘンが朝食。 北海道便で時々利用。 (「羽田空港 第2ターミナルビル店(CAFEねんりん家)」はこちら(銀座ねんりん家))


(ホットバームクーヘン 2018年2月3日撮影)

 土産など準備しながら、ゲートに到着するとすぐに搭乗開始となりました。 羽田空港から女満別空港までは順調。 空港から網走にある砕氷船乗り場までの連絡バスが遅れ、1時間半も待つことになりました。 (知人とは砕氷船下船後に待ち合わせのため慌ただしく連絡)

 昨日(2月2日)、網走における「流氷接岸初日」が発表されたばかりで、流氷を見るタイミングとしてはラッキーでした。 (ちなみに今年の「流氷初日」(=見えた日)は1月28日でした)

 15時30分に無事乗船。 観光客が多いので、二隻で出航。


(網走のシンボル帽子岩 2018年2月3日撮影)

 港を出るとすぐに流氷を見ることができました。 はるばるロシア方面から流れてきたのですね。 (昨年は何もない海を沖合まで出ていました)


(流氷風景(1) 2018年2月3日撮影)


(流氷風景(2) 2018年2月3日撮影)


(流氷風景(3) 2018年2月3日撮影)


(流氷風景(4) 2018年2月3日撮影)

 港への帰路では、夕陽が海を照らしてとてもきれいでした。 (このサイズではまったくわかりませんが、遠くには無数の海鳥が海面上を飛び交っています)


(帰路にて 2018年2月3日撮影)

 灯台には「クリオネ」マークが描かれていました。 クリオネファンは多いので、なかなか細かい演出です。


(灯台にはクリオネ 2018年2月3日撮影)

 約1時間の遊覧を終えて港に戻りました。 待ち合わせをして、市内で食事。 お互いの近況などを話ながらあっという間の時間でした。 今度は東京出張の時でしょうか。 お世話になりました!

 駅前のホテルにチェックインして、仕事の状況など確認。 事情があって、至急戻る方策を検討するものの、羽田に戻る振替便がなく、明日なるべく早く空港に向かうこととしました。

2月4日(日)
 雪。

 昨夜から天気が悪化したようで、網走駅前はすでに吹雪になっていました。 駅の待合室に行くと、ホームに停車中の観光列車「流氷物語」が停まっていて、鉄道ファンが写真撮影していました。


(吹雪の網走駅 2018年2月4日撮影)

 今日の市内でのスケジュールを全部キャンセルして、連絡バスで空港に向かいます。 途中、信号機が壊れて消えている交差点がいくつもあって、少々不安になりました。

 空港に着いて羽田空港への運航状況を確認すると「天候調査中」でした。 東京からやってくる飛行機次第では、欠航になるとのこと。 結局、13時35分の飛行機が、2時間待って15時30分の出発でした。 空港では遅延をお詫びとして1,000円分の食事券をもらって、ゆっくり昼食。

 兎に角、帰宅できて良かった。

2月5日(月)
 曇り。

 地元にしては寒いのですが、昨日の網走は−8度なので余裕です。 空気が温い。

 以前にも話題にしたことがありますが、古書を見ているといろいろなものに出会います。 次の本は山本一清による天文啓蒙書『星座の親しみ』(警醒社書店)です。 初版は1921(大正10)年6月30日発行、写真の本は、1922(大正11)年7月20日八刷とあるものです。


(とびら 2018年2月5日撮影)

 後付を見ると、順調に売れていたことがわかります。 万人向けの分かりやすい天文書ということで受け入れられたのでしょう。


(後付 2018年2月5日撮影)

 今回の出会いは一言のメッセージ。 この本の見返し部分には、ある言葉が添えられていました。


(メッセージ 2018年2月5日撮影)

 「大正十一年九月十七日を紀念して 幸子様に」とあります。 西暦で言えば1922年です。 幸子さんへのお祝いだったのでしょうか。 例えば、誕生日のプレゼントだったのかも知れません。 あるいは著者の山本一清さんからの贈り物・・・? (想像はつきません)

 この日付ですぐ気づきましたが、これは賢治が教師時代に岩手山登山をした日ですね。 (詩「銅線」「滝沢野」の作品日付に同じ) この翌日の日付は、詩「東岩手火山」の作品日付にもなっています。 賢治が岩手山に登った日、日本のどこかでこの『星座の親しみ』が贈られていたのですね。

 ところで、この本を贈られた幸子さん、なかなかの星好きだったようで、本の間には2枚の紙が挟み込まれていました。


(天文資料 2018年2月5日撮影)

 1枚は、『天界』大正十年三月號(別刷)です。 『天界』は「天文同好会」(現在の東亜天文学会の前身)の会報です。 これはその抜刷で「星座と星名について」(山本一清)という8ページの小冊子です。 (これはこれで貴重なものです) そしてもう1枚は、二十八宿(中国における星座で、黄道十二星座のようなもの→白道に沿った二十八の星宿)を示した星図と一覧(中国「宿」、インド「ナクシャトラ」、アラビア「マンジル」)がついていました。 赤鉛筆で星宿に○印が付けられていました。

 更新を終えて、ふと前を見たら、窓から月が見えていました。 みなさまおやすみなさい。

2月6日(火)
 晴れ。

 空気が澄んで、日光の雪を被った山々がきれいに見えました。

 昨年12月、アインシュタイン1922年来日時のゆかりの場所として仙台〜松島を訪ねました。 実は、同時代の物理学者、量子論のニールス・ボーア(1885〜1962)も来日してこの地を訪ねたのをご存知でしょうか。

 物理学におけるアインシュタインは別格として比べようもありません。 しかし、ボーアも今日の物理学の基礎を築いた科学者として忘れてはならない人物の一人です。 ボーアの来日も戦前で、アインシュタインの来日から遅れること15年、1937(昭和12)年の春のことでした。

 この日本滞在時の記録は、長島要一『ニールス・ボーアは日本で何を見たか 量子力学の巨人、一九三七年の講演旅行』(平凡社)に詳しく掲載されているところです。


(アインシュタイン&ボーア 2018年2月6日撮影)

 アインシュタインの仙台滞在では、景勝地松島での観月の記録もありましたが、ボーアの場合にはどうだったのでしょうか。

 はじめにアインシュタインの旅程を掲げておきます。

 1922(大正11)年12月
 2日(土)(東京発)仙台駅着 仙台ホテル泊
 3日(日)仙台市公会堂(公演2回)〜東北帝大金属材料研究所〜松島〜仙台ホテル(夕食)〜東北帝大〜仙台ホテル泊
 4日(月)仙台駅発(日光へ)

 続いてボーアです。

 1937(昭和12)年5月
 2日(日)(日光発)仙台駅着 精養軒 仙台ホテル泊
 3日(月)東北帝大金属材料研究所 瑞鳳殿 斎藤報恩会講堂 金源書画骨董輔 松島パークホテル泊
 4日(火)瑞巌寺 福浦島 観瀾亭 仙台駅(東京へ)

 両者ともに、講演活動と観光を目的に来仙しています。 宿泊はともに仙台ホテルでした。 東北帝国大学(現東北大学)を訪れ、大学の研究者との交流や歓迎会に出席しています。 特に金属材料研究所の訪問と、本多光太郎との面会、さらに松島訪問も共通していました。

 ボーアが訪問した松島をもう少し詳しく補足しておきます。

 夕方松島に車で入り、松島パークホテルに宿泊しました。 松島パークホテルは、1913年の建築されたリゾートホテルです。 (今はもうありません) 翌日朝食後、瑞巌寺で美術品を見学、人力車に乗り福浦島を訪れ、パークホテルに一旦戻り、隣の観瀾亭でも版画を鑑賞。 さらに舟に乗って、海からの松島も眺めています。 アインシュタインが松島まで往復鉄道を利用したのに対し、ボーアは往復自動車を利用していました。

 東北大学に記録や映像資料が残されているので、リンクを掲載しておきます。 (「ニールス・ボーア博士の見た東北大学」はこちら、「ニールス・ボーア博士の見た東北大学」(動画)はこちら(東北大学))

 ボーアが仙台訪問中の3日(「日差しがとても強く、朝の五時に目が覚めてしまった」)、4日(「前日同様太陽が照り輝き、外の美しい自然はすばらしかった」)は、好天に恵まれたようです。 ボーアが松島に滞在した3日の夜の星空の図を載せておきます。


(1937年5月3日21時の夜空)

 21時、夏の星座が見え始める時期となります。 火星がさそり座頭部にあって、明るさは-0.7等でした。 8月の半ばにはアンタレスに最接近して、アンタレスが「火星に対抗するもの」になります。 実際のところは、火星の明るさに負けてしまいます。 (参考:当時間近な大接近は1939年7月となります)

 ところで、このボーアが来日した1937年は、賢治の盛岡高等農林時代の友人、保阪嘉内の亡くなった年でもあります。 命日は2月8日。 あさってですね。

2月7日(水)
 晴れ。

 帰宅どき夜空を見るとしし座北斗がすっかり高くなって、オリオンも西空へ。 明日8日は下弦。 月食のあった日から、月はもう地球のまわりを1/4周してしまいました。

 流氷の写真を1枚。


(流氷原 2018年2月3日撮影)

 ところどころに青い(緑?)氷が漂っていました。 近くには小さなクリオネがクリクリ泳いでいます。

 賢治の作品で、文語詩に「流氷」があります。 「流氷」と書いて「ザエ」とルビがふられていますが、賢治の地元での川を流れる「氷」の呼び名です。 冬のオホーツク海で見られるものとは違いますね。

   流氷

 はんのきの高き梢より、    きらゝかに氷華をおとし、
 汽車はいまやゝにたゆたひ、  北上のあしたをわたる。

 見はるかす段丘の雪、     なめらかに川はうねりて、
 天青石まぎらふ水は、     百千の流氷を載せたり。

 あゝきみがまなざしの涯、   うら青く天盤は澄み、
 もろともにあらんと云ひし、  そのまちのけぶりは遠き。

 南はも大野のはてに、     ひとひらの吹雪わたりつ、
 日は白くみなそこに燃え、   うららかに氷はすべる。

2月8日(木)
 晴れ。

 連日遅くなって帰宅。 保阪嘉内没後81年目の夜。

 もうセーヌ川の洪水は収まったのでしょうか。 オルセーの辺り、なんだか危なそうでしたが、やはり水没していたようです。 洪水騒ぎのあとは大雪とか。

 写真は、パリ訪問時のもの。 イエナ橋の袂からエッフェル塔を撮影。 高さは324mでほぼ東京タワー(333m)ぐらい。 (「エッフェル塔」はこちら(エッフェル塔公式サイト・日本語))


(パリにて 2015年9月17日撮影)

 今夜の音楽は、岩井俊二監督の「花とアリス殺人事件」のサントラ「fish in the pool」です。 作業するのにちょうどいい音楽。


(「fish in the pool」 2018年2月8日撮影)

2月9日(金)
 晴れ。

 月の出が遅くなって、リゲルだのシリウスが少し誇らしく・・・。

 いつも無造作に本が積まれた書架から野尻抱影著『星三百六十五夜 冬』(中公文庫)を取り出して、今日「2月9日」を読んでみました。 書き出しはこんな感じです。

   オリオン星群

 夜と共に早く南中するオリオンを見上げながら、私はほとんど習慣的に、眼で三つ星を結び、酒桝ぼしを結び、それを囲む四つの星の長方形を結んでみて、それを見届けたということに何か安心を感じる。 また月のない夜なら、オリオンの剣の小三つ星や、両肩の星の少し上に天の猟夫の首にしては小さすぎる星や、振り上げた棍棒、ライオンの生皮の楯の輪郭を示す細かい星々にも眼をくばるのを忘れない。

 「これってよくわかりますよねえ!」と(かなり個人的に)思わず納得してしまいました。 オリオン座の星座絵はこんな感じです。 「酒桝ぼし」は星の和名でなじみがないかも知れませんが、次の図を見ていただければ、抱影の「星のたどり方」がきっと理解できるはず。 抱影は、生前、オリオン座のみぎはじを自分の墓所「オリオン霊園」と決めていました。 相当のオリオン好きということですね。


(オリオン座)

2月10日(土)
 晴れ。

 通常であれば3連休。 仕事の関係で予定をすべて変更して対応。 予想以上のかなりの損害額。

 自宅の用事を済ませて、東北へ。 新幹線で北上すると、郡山駅を過ぎたあたりで、雪が目立つようになります。 福島市内からの吾妻山は、白い雲の中でした。 浄土平あたりは吹雪かも知れません。

 仙台駅到着。 今日は松島に移動しますが、大急ぎでブックカフェ火星の庭へ。 ここで昼食と休憩。 カレーとガーデンブレンドを注文。 (盛岡のクラムボン的であり、違うようであり…。 コーヒーおいしい。) (「火星の庭」はこちら


(「火星の庭」前にて 2018年2月10日撮影)

 賢治記事のある古い雑誌と、『歌人・原阿佐緒』の2冊を購入。 原阿佐緒(1888〜1969)といえば、石原純(アインシュタイン来日時講演の通訳をした人物)との関係でも知られる女流歌人です。 購入した『歌人・原阿佐緒』は、東日本放送「人物発掘シリーズ〈第2弾〉」の脚本(1996.12)です。 脚本は、昨年『宮沢賢治の真実』を書いた今野勉氏。 キャストを見ると、主演は斉藤由貴さん、共演に渡辺えり(子)さんも。

 急いで駅に戻って、仙石線で松島海岸駅に移動します。 明るいうちに、瑞巌寺円通院をめぐりました。 瑞巌寺は相変わらず工事中です。


(円通院三慧殿 2018年2月10日撮影)

 円通院は紅葉で有名と聞きましたが、この季節の広葉樹はすべて落葉していて、そのイメージはよくわかりませんでした。 庭園そのものは落ち着いた感じです。 この季節らしい「雪」や「氷」・・・、冬風景多数。

 凍った池に開いた丸い穴は鏡のよう。


(円通院にて 2018年2月10日撮影)

 円通院を出て、今晩の宿にチェックイン。 松島湾に面した大きなホテルです。

 撮影機材だけ持って再び外出。 今度は、昨年12月にアンシュタインの見た月を楽しむためにやってきた際に訪問できなかった場所、カフェ・アルバートへ。 お店の名前は、もちろん「Albert Einstein」から。 松島がアンシュタインゆかりの場所ということで名付けたそうです。 (「カフェ・アルバート」はこちら(facebook)、 「Cafe Albert」はこちら(WiX))


(カフェ・アルバート 2018年2月10日撮影)

 落ち着く場所です。 カフェオレ(ホット)を注文。 入口横の棚はアインシュタインコーナーになっていて、雑誌『改造』や、アインシュタインの来日記録のある洋書などが置かれていました。 もちろん金子務『アインシュタイン・ショック』(河出書房新社)も。


(カフェ・アルバートにて 2018年2月10日撮影)

 お店の方とお話しましたが、天文好きのようで、StellaNavigaterも愛用されているとのこと(感謝)。 アインシュタインや賢治の話(なんと大学は賢治の後輩でした)もいろいろできて、訪ねてきて良かったと思いました。 カウンターには瀬川あさみ『銀河鉄道の夜』(リトル・モア)も置かれていました。

 このお店には賢治ファンや、東北大の研究者、はやぶさ関係の方々もやってきているそうで、なんだか楽しくなりました。 機会があったら、また訪れたいと思います。

 その後、海辺に出て少し撮影。 12月の時と比較して、日没の位置がさらに西寄りになったため、海面への薄明光の影響は小さくなっていました。 松島湾の夕景は、12月がいいですね。

 アインシュタインの言葉『イャどんな名工の繪でもどんな精巧な寫眞でも、かういふ自然の美は見られない、日本に來てから初めての景色だ』は、少なからず「12月に訪問」したという非常にラッキーなタイミングも関係していたのかも。


(松島にて 2018年2月10日撮影)

 薄明終了時刻まで撮影して、ホテルに帰って夕食。 原稿の準備など。

2月11日(日)
 建国記念の日。晴れ。

 早朝起床して散歩。 「緑いろの通信」(2018年2月6日号)に書いたニールス・ボーアの訪問場所として観瀾亭に行ってみました。 早朝から開いてますが有料です。


(観瀾亭 2018年2月11日撮影)

 ボーアの記録(『ニールス・ボーアは日本で何を見たか』(平凡社))では、

 (略)そのあとでホテルから松島全体の景色を眺望し、今度は別のホテル[観瀾亭]で、非常におもしろく、また非常に美しくて興味深い版画を何枚も見た。

と記されています。 はじめの「ホテル」は、ボーアの宿泊した松島パークホテルで、観瀾亭に隣接していました。


(ボーア訪問場所 (Google Earthから))

 松島パークホテルは現在は取り壊され跡地が公園になっています。 建物があった場所では、ちょうど工事が行われていました。 (「松島パークホテル物語」はこちら


(松島パークホテル跡 2018年2月11日撮影)

 浜での散歩を終えて、ホテルで朝食。 松島海岸駅から仙台駅に戻り、一時帰京。


(新幹線にて 2018年2月11日撮影)


(吾妻山方面を望む 2018年2月11日撮影)

 秋葉原駅近くで昼食。 問題がクリアされたのでその後、再び仙台に移動。 なんだか慌ただしい! 駅に着いてすぐジャズミーブルース・ノラへ。

 オーナーのささきさんにお会いして、ここで「ジャズ 夏のはなしです」のCDを購入。 ジャズに続いてクラシック版も3月に発売予定だそうで、案内のチラシをいただいてきました。

 続いて、ボーアが講演会(1937年5月3日)を行った斎藤報恩会館跡に行ってみました。 斎藤報恩会自然史博物館(2015年閉館)は、西公園の近くでしたが、斎藤報恩会館は昔、仙台プラザホテル(こちらも廃業)に隣接した場所にありました。 (仙台プラザホテル懐かしい) 今の錦町公園前のNHK仙台放送局裏側付近です。 (斎藤報恩会館の写真あります→斎藤報恩会創立者「齋藤善右衛門」はこちら(東北大学萩友会))

 次の写真右側の建物がNHK仙台放送局です。 この裏側に斎藤報恩会館がありました。


(錦町公園にて 2018年2月11日撮影)

 仙台からも近い、小牛田にある小牛田農林学校(現在の小牛田農林高等学校)を宮沢賢治が訪ねていますが、それも齋藤報恩農業館でしたね。 ここは昨年秋に再訪済。

 錦町公園で撮影を終えた頃、さっきまで晴れていた空が急に暗くなって強風と吹雪。 慌てて地下鉄の駅へ。

 知り合いの学生と待ち合わせしてそのまま夕食へ。 3年ぶりの再会。 牛タン屋さんほか。 (就職おめでとう!)

2月12日(月)
 振替休日。雪のち晴れ。

 今日は朝から瑞鳳殿晩翠草堂(土井晩翠住居)をまわる予定でしたが、ホテル前もすごい吹雪状態で市内めぐりは断念。 えきねっとで新幹線の予約を変更して、予定より早く戻ることにしました。

 チェックアウトする頃には、雪もしだいに止んできました。


(市内のホテル前にて 2018年2月12日撮影)

 駅近くのいつものカフェで時間を調整。 予定の新幹線で帰京しました。

 東京は晴れて穏やかな天気。


(新幹線車窓 2018年2月12日撮影)

 都内で用事を済ませ、帰宅。 今年は「雪まつり」なしの冬、でしたが3月にがんばります。 昨年行けなかった人気雪まつりへ。

 帰宅して「SPレコード盤の復刻録音で聴く ジャズ 夏のはなしです〜宮沢賢治が出会った洋楽はやり歌・ジャズ〜」を聴きました。


(チラシとCD 2018年2月12日撮影)

 以下は、CD「ジャズ 夏のはなしです」の収録曲です。(JAZZ ME BLUESサイトより)

@ Gavott ガボット/鈴木鎮一(ヴァイオリン)・・・・・詩「岩手軽便鉄道 7月ジャズ」
A Hacienda-The Scoiety Tango アシェンダ /Felix Arndt(ピアノ) ・・・・・戯曲「ポランの広場」
B The Cats Whiskers キャッツ・ウィスカー /The Benson Orchestra of Chicago ・・・・・戯曲「ポランの広場」
C Flow Gently ,Sweet Afton フロー・ジェントリー、スィート・アフトン /Olive Kline(ソプラノ) ・・・・・戯曲「ポランの広場」
D Flow Gently ,Sweet Afton フロー・ジェントリー、スィート・アフトン /Victor Military Band
E In The Good Old SummerTime イン・ザ・グッド・オールド・サマータイム /Haydn Quartet ・・・・・童話「ポラーノの広場」
F Livery Stable Blues 馬小屋のブルース /Original Dixieland “Jass” Band・・・・・童話「セロ弾きのゴーシュ」
G Hunting Tigers out in “Indiah”(Yah) インドの虎狩り /Leslie Sarony・・・・・童話「セロ弾きのゴーシュ」
H Soldier's Chorus兵士の合唱 ・グノー 歌劇「ファアスト」より/Victor Male Chorus ・・・・・歌曲「角礫行進歌」
I It's A Long Way to Tipperary ティッペラリー /American Quartet ・・・・・童話「プランドン農学校の豚」
J It's A Long Way to Tipperaryティッペラリー /Polydor Military Band
K Over There  オーバー・ゼア / Enrico Caruso(テノール)・・・・・実弟・清六さんの記憶から
L Hab ich nur deine Liebe 恋はやさし野辺の花よ/Carl Joken (テノール) ・・・・・詩「岩手軽便鉄道 7月ジャズ」
M 恋はやさし野辺の花よ / 関屋敏子(ソプラノ) 、ミラノ ・スカラ座管弦團
ボーナストラック
N Boccaccio ‐ 抜粋より Hab ich nur deine Liebe / Mareck Weber and his Orchestra

 写真のチラシは村松健のライブ(仙台)の案内です。 ライブ行きたいけれど、自宅の用事でスケジュールが重なってます。 残念。 (「村松健」はこちら(KEEN MOON))

 しばらくぶりで加賀谷氏のtwitterを見たら、私が行ったほぼ一週間後に同じ「ねんりん家」で同じ「ホットバームクーヘン(トッピングはアイス)」を注文していて笑ってしまいました。 (「緑いろの通信」2018年2月3日号」参照)そういえば、以前一緒に北海道に行く時に、立ち寄って食べたこと思い出しました。 北海道、寒くて今が一番いい時! (「今日のお昼ごはん。」はこちら(kagaya))

2月13日(火)
 晴れ。

 インフルエンザ流行中。

 「SPレコード盤の復刻録音で聴く 心象スケッチ『春と修羅』〜宮沢賢治が聴いたクラシック〜」(3月10日発売予定)の紹介です。


(チラシ)

 同様のものとして、萩谷由喜子著『宮澤賢治の聴いたクラシック』(小学館)があります。

 ここで私的メモ。


(2018年2月再読メモ 2018年2月13日撮影)

2月14日(水)
 晴れ。

 賢治の詩に明日、2月15日の日付を持つ「未来圏からの影」(1925年2月15日)があります。

   未来圏からの影

 雪はひどいし
 けふもすさまじい落磐
   ……どうしてあんなにひっきりなし
     凍った汽笛を鳴らすのか……
 影や恐ろしいけむりのなかから
 蒼ざめてひとがよろよろあらはれる
 それは氷の未来圏からなげられた
 戦慄すべきおれの影だ

 激しい吹雪の中に、未来の自分である「おれの影」を目撃するというもの。 どこか暗く、そして不気味です。

 一方、同じ「未来圏」という語が出てくる「生徒諸君に寄せる」ではこんな感じです。(部分引用)

   生徒諸君に寄せる

 〔断章七〕

 新たな詩人よ
 嵐から雲から光から
 新たな透明なエネルギーを得て
 人と地球にとるべき形を暗示せよ

 新たな時代のマルクスよ
 これらの盲目な衝動から動く世界を
 素晴らしく美しい構成に変へよ

 諸君この颯爽たる
 諸君の未来圏から吹いて来る
 透明な清潔な風を感じないのか

 「未来圏からの影」とは違い、明るく軽快な雰囲気です。

 いずれも「未来圏」という時空を位置付けて、そこから今の自分に届けられるもの(影や風)にメッセージが込められています。 未知の世界からの伝言は如何に・・・。

 あさって2月16日は、新月。 つまり旧暦の睦月1日(元旦)です。

 アストロアーツのニュースに「初代国立天文台長で天文学者の古在由秀(こざいよしひで)さんが2月5日に死去されました。享年89。」が出ていました。 国立天文台(三鷹)の一般公開時に、駅からのバスで偶然一緒になりお話したのが最後でした。 ぐんま天文台長時代には、賢治学会の地方セミナーでもお話をしていただきました。 ご冥福をお祈りしたいと思います。

2月15日(木)
 曇り。

 昨年見事だった松島の夕景をトリミングして1枚。 「緑いろの通信」(2018年2月10日号)に書いたとおり、松島で日没時に海面が染まりやすくなるのは12月です。


(松島夕景 2017年12月3日撮影)

2月16日(金)
 晴れ。

 2月も半ばが過ぎてしまいました。

 先日神保町の古書店で見つけた一冊です。 戦前の東北を紹介した本です。


(『増補 東北の民俗』2018年2月16日撮影)

 東北への旅行者増加を目的とした仙臺鐵道局編纂の『増補 東北の民俗』で、発行者は「社團法人ジャパン・ツーリスト・ビユロー日本旅行協會」です。 (ジャパン・ツーリスト・ビユローは現在のJTBの前身) 1937年10月1日初版で、本書は1941年4月15日再版のものです。

 書名のとおり、東北各地の民俗行事を幅広く紹介した本です。 表紙は、勝平得之による素朴な味わいの「かまくら」のイラスト。 折込にも「梵天奉納図」の版画があります。


(梵天奉納図 2018年2月16日撮影)

 岩手県花巻のものを一つ引用しておきます。

   東方朔の占

 岩手懸稗貫郡花巻地方 舊 正月十五日
 東北本線 花巻驛

 いつの頃からか不明である。 この地方の舊家では「東方朔秘傳置文」といふ古寫本をたいていは所持してゐる。
舊正月十五日の夜、百姓達はそこへ行つて、置文をみてもらう。 これは男衆の事であるが、女達は「御歳神様」を遊ばせると稱し、巫女の所に行き、豊凶について聞くのを例とする。
本年の置文は次の如く出る。

 丁丑の年は二月大風あり。 三月雨あり牛馬わづらひ多く死す。 四月五月疫病流行る。 六月七月雨降り雷なる。 八月水あり麻絲又胡麻類よし、冬の氣に至りて寒ずる水大いに凍る。

 花巻にこんな占いがあったのですね。 知りませんでした。

2月17日(土)
 晴れ。

 早起きして用事を済ませて渋谷へ。


(アイ・ミー・マイン展 2018年2月17日撮影)

 今日から始まる「生誕75周年ジョージ・ハリスン アイ・ミー・マイン展」に出かけてみました。 会場は、渋谷ヒカリエのアートギャラリーです。 (「アイ・ミー・マイン展」はこちら(ザ・ビートルズ・クラブ))


(チケット 2018年2月17日撮影)

 会場はアート系レンタルスペースの中の2部屋。 開場の30分ぐらい前に到着したら、10人程度が並んでいました。

 はじめの部屋では、写真撮影も自由にできますが、自筆の歌詞の並ぶ次の部屋は撮影禁止です。 歌詞原稿の方は、はじめのタックスマンから始まり、有名曲を網羅的に並べた感じです。 サインペン(しかもカラー)で書かれた歌詞がいくつもありました。 好きな曲の歌詞をじっくり眺めてきました。

 部屋の中央には、レット・イット・ビーの屋上セッションで着用の黒いコートも置かれていました。 なんか感動。

 展示を見終えて、同じフロアの展示もいくつかのぞいてみました。 写真は、「d design travel CHIBA EXHIBITION」より。 ユニークなものもあります。 (「d design travel CHIBA EXHIBITION」はこちら


(郷土玩具 2018年2月17日撮影)

 ロビーに出ると渋谷駅東口方面を見下ろすことができました。 渋谷駅街区東棟の工事が進んでいます。 左側のビルですが、高さ230メートルになる予定。


(渋谷駅東口方面 2018年2月17日撮影)

 この渋谷ヒカリエは、かつて東急文化会館があった場所。 屋上には、五島プラネタリウムがありました。

 渋谷まで来たので、世田谷方面へ。 半蔵門線で桜新町に出てみました。 あまりにも子供の頃過ぎて、記憶はそう多くはありませんが、桜新町には懐かしい響きがあります。

 地下鉄駅を出るとすぐ商店街。 「サザエさん」の作者、長谷川町子さんの暮らした町です。 桜新町商店街には「サザエさん通り」もあります。


(桜新町 2018年2月17日撮影)

 ここから少し歩くと、野尻抱影の旧居(1918(大正7)年〜)のあった場所となります。 草下英明先生や、あの稲垣足穂もやってきたのです。

 首都高建設に伴う道路拡張工事で立ち退きとなるまでここに邸宅がありましたが、現在はコンビニエンスストアの駐車場です。


(野尻抱影の旧居跡 2018年2月17日撮影)

 続いて、神保町に出て、いつものルートで古書店調査。 そして取り置きの本を受け取り。


(神保町 2018年2月17日撮影)

 その流れで、ベルサール汐留で開催中の「築地本マルシェ」会場へ。 (浜離宮の近くです) ブックフェア小型版の新しいタイプのイベントでした。 (「築地本マルシェ」はこちら

 教材用の地図帳で有名な帝国書院は2017年で創立100周年となります。 創業当時の地図を復刻版として発売していました。 ここでは出版社の方ともお話ができます。 (すごい地図マニアの皆さん) この会場で購入すると割引があるので、1918(大正7)年発刊『復刻版教科書 帝国地理』と、1920(大正9)年発刊『復刻版教科書 帝国地図』を購入してきました。 賢治の時代の地図を見ると、台湾や朝鮮半島も日本という状況でした。


(帝国書院の地図 2018年2月17日撮影)

 『復刻版教科書 帝国地理』の附録「重要都市村落人口一覧表」を見ると・・・。

   「重要都市村落人口一覧表」より

 東京市 205.0万人

 盛岡市   4.4万人
 釜石町   1.2万人
 水澤町   1.2万人

 函館區  10.1万人
 札幌區   9.7万人
 小樽區   9.3万人

 それぞれ、興味深い数字です。

 TX線で柏の葉キャンパス駅に出て、友人と(遅い)新年会&転居のお祝い。 趣味的内容の情報交換と夕食。

 この駅から歩いて30分ぐらいのところ(バスも有)にはあのカミオカンデ(神岡宇宙素粒子研究施設)の本部となる東大宇宙線研究所があります。 その関係かも知れませんが、昨年秋から初心者向け天文講座「アストロトーク」が行われています。


(アストロトーク 2018年2月17日撮影)

2月18日(日)
 晴れ。

 銀座に所用。

 続いて、有楽町駅から東京駅へ。 有楽町駅の高架下には、古い鉄骨の橋脚がありました。 (神田駅に続いて撮影)


(有楽町駅高架橋下 2018年2月18日撮影)

 夕方になって、渡辺えりさんから案内をいただいた「深夜特急〜めざめれば別の国〜」の観劇。 場所は下北沢にある小劇場、ザ・スズナリです。 (渡辺えりさんご本人は、大阪で別の公演中)

 宮沢賢治生誕100年(1996)の年に発表された作品で、今回は脚本家渡辺えりとしてのアーカイブ第2弾で再演されているものです。 小劇場なので、役者さんと観る側の距離がかなり近い!ので独特の雰囲気です。

 見終わったあと、何が残るのか、残ってゆくのか、つい考えてしまう…。 一人の少年の死をめぐるお話。


(ザ・スズナリ 2018年2月18日撮影)

 終演後、誘っていただいて出演の土屋良太さんたちと近くのお店で宴会へ。 脚本家の大森寿美男さんや、俳優の大沢健さん(「天使猫」打ち上げ以来の再会!)たちも一緒。 楽しく過ごすことができました。 芝居をやる方々とお話するのは楽しいですね。

2月19日(月)
 晴れのち曇り。

 このところ疲れている感じです。

 今夜は昨年末に発売されたノラ・ジョーンズのデビュー前のセッションを収録した6曲入アルバム。 デビュー・アルバムのゆったりとした音作りが蘇ります。


(ノラ・ジョーンズ 2018年2月19日撮影)

 明日は旧暦1月5日です。 「五日の月」が夕空に見えます。 賢治の詩「風の偏倚」を読みながら眺めるのもいいでしょう。


(「五日の月」)


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