緑いろの通信 2018年1月
   

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緑いろの通信
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- 緑いろの通信 2018年1月 目次 -


緑いろの通信

 「緑いろの通信」へようこそ! 2018年1月号をアップしました。 新年あけましておめでとうございます。 賢治生誕122年目もがんばりたいと思います。 今月の写真は、年始に訪れた札幌市赤レンガ庁舎の池に住むフレンドリー鴨さん。 今年1年、またよろしくお願いいたします。




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 新着情報でも更新ページを知ることができますが、少し紹介を加えたりしてプラス・アルファの書き込みです。 日付を付けて書き加えますので、時々のぞいてみてください。


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1月1日(月)
 元旦。 雪のち晴れ。 遅くなって雪。

 新年あけましておめでとうございます。

 昨晩は遅くまで作業をしてから就寝となりました。 起きて、窓の外を見ると雪。 天気予報ではこのあと回復する予報です。


(雪の旭川駅 2018年1月1日撮影)

 朝食を済ませて、移動の準備です。 雪は止んで、だんだんと明るくなってきました。 外に出ると今回一番の寒さ(冷たさ)です。

 今日は札幌駅を経由して、小樽駅まで移動します。 先ずは札幌まで。 ホームに停車中の特急ライラックの横には、札幌時計台がプリントされていました。


(特急ライラック 2018年1月1日撮影)

 車内では、(作業もほぼ終了したので)風景を楽しみながらコーヒーの時間です。 岩見沢駅を過ぎるところでは、苫小牧方面への分岐を見送ったり、氷(ザエ)の流れる川を眺めたり、なんだか楽しい気分にもなります。


(岩見沢駅を過ぎて… 2018年1月1日撮影)

 札幌駅では、乗り換えの時間を利用して昼食と買い物。 さらに列車(快速エアポート)に乗り、で小樽駅まで約30分です。 銭函駅を過ぎると見えてくる海の眺めも楽しみました。

 小樽駅を下車して外に出ると、駅前通りの先には、真っ青な海が見渡せました。 そのまま運河プラザまで歩いて、消防犬ぶん公にご挨拶。 今年は戌年なので、帽子も作ってもらったようです。 (「消防犬ぶん公」はこちら(小樽市))


(消防犬ぶん公 2018年1月1日撮影)


(小樽運河 2018年1月1日撮影)

 ほぼ外国人観光客ばかりの中を通りぬけて、小樽駅まで一巡り。 雪が少なめで、とても歩きやすい散歩となりました。 ただ、予定の場所の撮影を終えて駅に戻る頃には、強風で目も開けていられないほどになりました。 天候が変わりそうな予感です。

 ホテルに移動するため、列車で2駅移動。 ちょうど暗くなり始めるころで、ホテルにチェックインする前に月を撮影。


(月(小樽マリーナにて) 2018年1月1日撮影)


(月(小樽マリーナにて) 2018年1月1日撮影)

 ホテルの窓からも楽々撮影。 海辺の夜景を楽しみながらお月見という優雅(?)な元旦となりました。 (まさしく「ブルー・ムーン」です。)

 撮影を終えて落ち着いた頃、メールで友人、知人に年賀メールを送信。 「今年も1年よろしくお願いいたします」

1月2日(火)
 雪のち晴れ。

 起きて部屋から外を見ると、今日も朝から雪。 昨晩の強風は止んだようですが…。


(小樽マリーナ 2018年1月2日撮影)

 今日は帰宅日なので、新千歳空港から飛行機で東京に帰ります。


(小樽築港駅にて 2018年1月2日撮影)

 夕方の飛行機に乗り、羽田空港に到着。 新千歳空港も大混雑でした。

 帰宅して、年賀状など眺めながらゆっくりする。

 賢治の新刊から。 双子のライオン堂さんから『しししし』第1号特集「宮沢賢治」が到着していました。


賢治の新刊
しししし
『しししし』第1号
特集「宮沢賢治」
双子のライオン堂

 双子のライオン堂書店が刊行する新しい文芸雑誌『しししし』第1号です。 特集は「宮沢賢治」で、冒頭にいくつかの賢治関係記事が掲載されています。 以下、目次より。特集「宮沢賢治」/ 花巻奇夜(暁方ミセイ)/カムパネルラの誘惑(長野まゆみ)/ほんたうにおれが見えるのか(室井光広)/宮沢賢治の〈読み〉をめぐって(山下聖美)/宮沢賢治(『日本近代文学の名作』(新潮文庫)より)(吉本隆明)/さるのこしかけ/黄色いトマト/ 読書会『銀河鉄道の夜』ほか。



 「賢治の図書館」  『しししし』第1号 特集「宮沢賢治」/を追加しました。

 早々に就寝。

1月3日(水)
 晴れ。

 正月も今日でおしまい。 この後のスケジュールを考えると、行く機会がなさそうなので早起きして上野へ。

 国立科学博物館では、「かはく冬のまつり」で、干支の戌(犬、いぬ)を特集した展示がありました。 写真撮影スポットにはこんな犬さんやおおかみさんも。 (「国立科学博物館」はこちら


(犬のはく製 2018年1月3日撮影)

 また、有名なレコードのレーベルになった犬さんも。 The Gramophone Companyのトレード・マークとして、His Master's Voiveという絵が採用されました。 飼い主の声が聞こえるレコードに耳を傾けている犬の姿です。 (写真:「レコード盤拡大」の中央の絵)


(His Master's Voive 2018年1月3日撮影)


(レコード盤拡大 2018年1月3日撮影)

 このレコード(SP)盤は、アルトゥール・ニキシュ指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団演奏のベートーベン第5交響曲で、『宮澤賢治の聴いたクラシック』(小学館)の解説によれば、「賢治が聴いていた可能性は非常に高い」とされているものです。

 さらに、「南方熊楠 100年早かった智の人」展も見学。 賢治との共通点を考えながら見学。 有名な『南方二書』の現物を見ることができました。
 東京国立博物館では、常設展を見学。 (「東京国立博物館」はこちら

 「博物館に初もうで」の特別展示室では、干支の戌の出てくるあれこれを展示。


(「朝顔狗子図杉戸」より 2018年1月3日撮影)

 戻ってから自宅で新年の作業。

 そして、賢治の新刊から。


賢治の新刊
鉱物 人と文化をめぐる物語
『鉱物 人と文化をめぐる物語』
堀秀道
筑摩書房

 ちくま学芸文庫の新刊です。 2006年12月刊行、『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』(どうぶつ社)の訂正・改題版として、ちくま学芸文庫から発売されました。 パート1石と芸術家の物語に「宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか」「この砂は、みんな水晶」が収録されています。



 「賢治の図書館」  堀秀道『鉱物 人と文化をめぐる物語』/(筑摩書房)を追加しました。 賢治以外のエッセイも多数含まれますが、全体的に面白い内容です。

 今夜も月がきれいです。

1月4日(木)
 晴れ。

 月を眺めながらの帰宅でした。

 今日は、賢治関係(?)の映画を2本。 「星めぐりの町」「DESTINY 鎌倉ものがたり」です。 (私自身、どちらも見ていませんが…)

 「星めぐりの町」は、タイトルが賢治の「星めぐりの歌」と似ていますが、予告編にも「雨ニモマケズ」のフレーズが出てきたりと、少なからず影響を受けていると思われます。また、「DESTINY 鎌倉ものがたり」は、異界への交通機関が鉄道(鎌倉ということで江ノ電)で、ちょっと「銀河鉄道の夜」的感じがします。 こちらはむしろ、「千と千尋の神隠し」実写版のようなイメージです。 (「星めぐりの町」はこちら、 「DESTINY 鎌倉ものがたり」はこちら

 その流れで賢治の新刊を一冊。


賢治の新刊
手塚治虫エッセイ集成 ルーツと音楽
手塚治虫エッセイ集成 ルーツと音楽
手塚治虫
立東舎

 立東舎文庫の新刊です。 漫画家手塚治虫のエッセイ集成として、自らのルーツと音楽を取り上げた本です。 賢治関係では、「なんでもベスト10おとなのための童話」、「「銀河鉄道の夜」を読む」の二編があります。



 「賢治の図書館」  手塚治虫『手塚治虫エッセイ集成 ルーツと音楽』/(立東舎)を追加しました。 手塚治虫さんが、賢治作品をどのように思っていたのか。 なかなか興味深いものです。

 本エッセイ集の「なんでもベスト10おとなのための童話」では、賢治の「銀河鉄道の夜」が第5位、「「銀河鉄道の夜」を読む」では、この作品を「賢治の日記の総集編」と捉えていたり、「カムパネルラが賢治自身と思われる」という分析があります。

 また、本書最初のエッセイでは、草下英明先生の名前が出てきたり、天文系・文学系エッセイが多く、実に面白い本でした。 立東舎文庫から他に『ぼくは漫画家』『手塚治虫映画エッセイ集成』もあるので、近いうちにどちらも読んでみようと思います。

1月5日(金)
 晴れ。

 自宅で所用。 (いくつかのトラブルに対応)

 渡辺えりさんからご自身のオリジナル脚本による「深夜特急 〜めざめれば別の国〜」の再演の案内をいただく。 再演としては、昨年の「川を渡る風」(「銀河鉄道の夜」のモチーフが出てきてびっくりした)に続く第二弾で、初演が1996年(宮沢賢治生誕100年の年)の作品。 (「深夜特急 〜めざめれば別の国〜」はこちら(オフィス3○○))


(「深夜特急 〜めざめれば別の国〜」チラシ)

 再演に際して、スタッフを変えて、新たなチームでの上演が楽しみであります。 脚本は、今年春からののNHK連続テレビ小説「夏空」の脚本を手掛ける大森寿美男さん(もと劇団3○○の劇団員)。 (「大森寿美男」はこちら(wikipedia))

 新年は新作脚本を執筆中とのこと。 タイトルを聞いただけでワクワクしました。 こちらも期待したいと思います。

 春には宇梶剛士さんの劇団PATHOS PACKの新作もあるので、こちらも応援に行きたいと思います。 宇梶さんの方は、前作の公演が行けなかったので「KOBAKO2016」の打ち上げで下北沢でお会いして以来。 もう2年ぶり!

 夜は、明日からの準備。

1月6日(土)
 晴れ。

 数年に分割して行ってきた宮沢賢治1925(大正14)年1月の北三陸行の実踏調査編、今年も実施です。 早朝の東北新幹線に乗り、八戸駅を目指します。 仙台駅を過ぎたあたりで雪景色が本格化します。 盛岡駅を辺りからは雪の岩手山が立派に見えますが、トンネルも増えて車窓の楽しみは半減。

 新幹線は遅れもなく順調。 八戸駅に到着後、駅に隣接するユートリーのレストランで昼食。


(八戸駅改札にて 2018年1月6日撮影)

 この改札を見ると、加賀谷氏たちと訪問した2003年5月の旅(なんと15年前)の岩手県北部地震の影響で初の新幹線車内泊体験が思い出されます。 八戸駅からは、八戸線に乗り、終点の久慈駅まで一気に移動します。 リゾートうみねこ号の座席指定を予約したら観光列車で、展望が良好。 海側の座席は、窓側に傾きます。


(リゾートうみねこ号 2018年1月6日撮影)

 同じ車両に乗っているのはほぼ鉄道マニア(と思われる行動)の皆さんでした。 あちこちで写真をいっぱい撮っていますが、みんなコンパクトカメラで、撮影の本気度が感じられません。 私は賢治愛好家ということで、賢治ゆかりの地のみ撮影。

 次の写真は、鮫駅を過ぎたところで、進行方向左手に見える蕪島です。 島の上にあるのは、蕪島神社です。 空から「ウン」が降ってくるとか、「かぶが上がる」等々、人気の神社です。 2015(平成27)年11月の火災で社殿が全焼しましたが、順調に再建が進んでいるようです。

 火災直後に現地を訪問した際、地元の方が、再建の困難さをお話してくれました。 島全体がウミネコ繁殖地として国の天然記念物に指定されているので、重機を島の上に上げることができないそうなのです。 この写真を見ると、島の下に置いた大型クレーンで資材を持ち上げているようでした。 きっと寄付金が沢山集まったのでしょう。 (「蕪島神社再建実行委員会」はこちら


(蕪島 2018年1月6日撮影)

 列車は順調に進みます。 種市駅に到着。


(種市駅にて 2018年1月6日撮影)

 賢治が訪れた時期(1925(大正14)年1月時点では、八戸線はこの種市駅までしか開通していませんでした。 賢治も恐らくここまでは鉄道を利用したのではないか、と推定されている駅です。 (この先に陸中八木駅までが1925年11月、久慈駅まで開通したのは1930年3月のことでした) 賢治はさらに南下して釜石方面へと向います。

 ここ種市駅もそうですが、種差海岸も賢治ゆかりの場所ということで、途中下車したい衝動にかられましたが、先を急ぎます。

 車窓を楽しんでいるうちに久慈駅に到着。 ここはテレビドラマの「あまちゃん」のメイン舞台となる場所(設定)でした。 テレビ放映前に、ロケ中の取材をした「地元応援紙」が駅に置かれていて、なんだか不思議な気がしていましたが、みなさんもご存知のとおり大人気となり、この三陸を訪れる方も増えてめでたし!といったところです。

 久慈駅で、三陸鉄道に乗り換えて、さらに南へと進みます。 野田玉川駅を過ぎ、下安家の集落のある橋の上では車両を停止して、観光案内があります。 賢治の宿泊したとされる小野旅館は、橋の下に見えました。 川上を見ると、津波で全壊した鮭のふ化場もきれいになり、川沿いの民家も高台に立て直しされていました。 しかし、それより驚いたのが、三陸沿岸道路の工事で、新安家大橋の橋脚がもう出来ていたことです。


(安家川上流方面を望む 2018年1月6日撮影)

 さらにいくつかの駅を過ぎて田野畑駅に到着です。 ここから宿の車で、今夜宿泊する羅賀荘に向います。 (「羅賀荘」はこちら

 この宿の前にある羅賀港(漁港)は、賢治の詩「発動機船 三」により、賢治の立ち寄り地として知られています。

   発動機船 三

  石油の青いけむりとながれる火花のしたで
  つめたくなめらかな月あかりの水をのぞみ
  ちかづく港の灯の明滅を見まもりながら
  みんなわくわくふるえてゐる
     ……水面にあがる冬のかげらふ……
  もゝ引ばきの船長も
  いまは鉛のラッパを吹かず
  青じろい章魚をいっぱい盛った
  樽の間につっ立って
  やっぱりがたがたふるえてゐる
  うしろになった魹の崎の燈台と
  左にめぐる山山を
  やゝ口まげてすがめにながめ
  やっぱりがたがたふるえてゐる
     ……ぼんやりけぶる十字航燈……
  あゝ冴えわたる星座や水や
  また寒冷な陸風や
  もう測候所の信号燈や
  町のうしろの低い丘丘も見えてきた
     羅賀で乗ったその外套を遁がすなよ

 この詩の舞台としては、さらに南の宮古となりますが、最後の「羅賀で乗ったその外套を遁がすなよ」から、羅賀を経由したことがわかります。

 羅賀港の防波堤の先端から羅賀荘を撮影してみました。 画面中央の白い建物です。


(防波堤から羅賀荘を望む 2018年1月6日撮影)

 付近は、三陸ジオパークに指定されています。 海辺には、大きく傾いた地層を観察できる場所があちこちにあります。 特に港の入口にあるひらなめ海岸が有名。 (「三陸ジオパーク」はこちら、「白亜紀宮古層群(化石・海底地層)」はこちら(たのはたジオワールド))

 日が落ちた頃は、空の色が一番美しい時間です。 普通、旅行では、お風呂に入ったり、夕食の時間ですね。


(夕空 2018年1月6日撮影)

 日は落ちても、空高い場所にある雲には、まだ太陽の光が当たっています。 何度見てもきれいですね。 賢治もその風景に気づいていたようで、風景そのままのタイトルの詩「〔水平線と夕陽を浴びた雲〕〔断片〕」が残されています。


(〔水平線と夕陽を浴びた雲〕 2018年1月6日撮影)

 以下に、詩「〔水平線と夕陽を浴びた雲〕〔断片〕」のテクストを掲げておきます。 (消しゴムで消されたあとを判読して活字化されたもので、判読できない部分があり「〔断片〕」とされているものです。

   〔水平線と夕陽を浴びた雲〕〔断片〕

  水平線と夕陽を浴びた雲
  波が       なり
  そ      ひろくふなべりをとってある
  さっきの
  もう  ながらほって
        がけ
  いきなりはげしく
  さっきのいちばんきれいなむすめが投げたのだ
     ……   に のさっき
       まっしろな珪 の   いふ
  その斑岩の海岸は
  あすこにも           のは
  今日のそ
  いちこ
     ……春  もとるそのむすめたち……

 夕食を済ませましたが、外に出るとだいぶ雲(恐らく西からの雪雲の切れ切れが流れてきたもの)が拡がっていました。 空は暗いので、無理をして雲間から冬の大三角を撮影してみました。


(冬の大三角 2018年1月6日撮影)

 水平線の明かりは、漁船によるものです。 特に明るいのは島越方面のようです。

 雲が出てきたり、強風で(防波堤の上は)ちょっと危険なので、撤収。 部屋の窓から撮影。 今日は旧暦では、11月20日となります。 「二十日の月」は、賢治の作品中で使用頻度が高いことで知られます。


(「二十日の月」 2018年1月6日撮影)

 本日はこれにて終了です。

1月7日(日)
 晴れ。

 なんとか早朝の起床。 薄明が始まっていて慌てて浴衣のまま外に出たら、火星と木星が並んで輝いていました。 (今日は、この二つの惑星が一番接近して見える日なのでした)

 感動もつかの間、気温は−2度でも、風が冷たくて約10分ほどで部屋に戻りました。 ホテルの部屋から撮影。 (こんなに温かくていいのか!) 正面には、ベガやデネブ。 天界はもう夏の星。


(部屋からの眺め 2018年1月6日撮影)

 このホテルの部屋は4階。 東日本大震災のときは、この階まで津波が押し寄せたといいますから、相当なものです。 写真の右側の防波堤の先端が昨晩の撮影場所です。

 お風呂に入って朝食。 チェックアウトを済ませて、三陸鉄道の田野畑駅へ。 駅前では、賢治の詩碑「発動機船 三」を撮影。 (昨日、引用した作品です)


(詩碑「発動機船 三」 2018年1月7日撮影)

 以下は、詩碑の解説文です。

この詩は
大正十四年(一九二五年)一月七日
三陸地方を訪れた宮沢賢治が
貨客船羅賀丸で この地から
宮古に向かった時の三つの作品の
内の一篇です
(発動機船 一)はこの駅の東側に
(発動機船 第二)は島越駅に
詩碑があります

 解説にもありますが、今日は「一月七日」。 ちょうど93年前、賢治は三陸を旅行していたのです。 私も賢治を追いかけてこれから宮古に向います。


(田野畑駅 2018年1月7日撮影)

 三陸鉄道の各駅にはちょっとした愛称がついていますが、田野畑駅のは「カンパネルラ」です。 (賢治ファン的には「カムパネルラ」として欲しかった)

 駅舎の中では、ザッパ船(漁に使う小型船)ツアーをアピールする船頭さんたちが、今日もお勤め中でした。


(船頭さん 2018年1月7日撮影)

 やってきた列車に乗り、宮古駅まで。 田野畑駅で買った切符は、今は懐かしい硬券でした。 (ちゃんと「1.7」の日付も)


(宮古行きの切符 2018年1月7日撮影)

 三陸鉄道の宮古駅に到着。 ここが三陸鉄道の本社です。 (「三陸鉄道」はこちら


(三陸鉄道宮古駅 2018年1月7日撮影)

 まだ午前中。 時間もあるので、ここから賢治ゆかりの景勝地、浄土ヶ浜まで歩いて行くことにしました。

 JR線宮古駅前から歩いて、宮古街道を東に歩いてゆくと、閉伊川に出ます。 (閉伊川は鮭の遡上で有名です) 歩道橋から見下ろすと、川や周囲の山々が眺められます。 遥か彼方に、雪の早池峰山も見つけることができました。


(宮古市役所付近にて 2018年1月7日撮影)

 ここから閉伊川沿いに少し歩くと、宮古漁業協同組合のビルを見つけることができます。


(宮古漁業協同組合 2018年1月7日撮影)

 写真のとおり、小さな高台(鏡岩と呼ばれる)にあるのですが、昔はここに賢治ゆかりの建物がありました。 実は、「発動機船 三」にも登場していた場所なのです。 (「発動機船 三」再掲)

   発動機船 三

  石油の青いけむりとながれる火花のしたで
  つめたくなめらかな月あかりの水をのぞみ
  ちかづく港の灯の明滅を見まもりながら
  みんなわくわくふるえてゐる
     ……水面にあがる冬のかげらふ……
  もゝ引ばきの船長も
  いまは鉛のラッパを吹かず
  青じろい章魚をいっぱい盛った
  樽の間につっ立って
  やっぱりがたがたふるえてゐる
  うしろになった魹の崎の燈台と
  左にめぐる山山を
  やゝ口まげてすがめにながめ
  やっぱりがたがたふるえてゐる
     ……ぼんやりけぶる十字航燈……
  あゝ冴えわたる星座や水や
  また寒冷な陸風や
  もう測候所の信号燈や
  町のうしろの低い丘丘も見えてきた
     羅賀で乗ったその外套を遁がすなよ

 この測候所なのですが、正式には宮古測候所となります。 以下は、「みやこ百科事典」より「宮古測候所」に係る記載より一部引用したものです。

 現漁協ビルの高台にあった八角形の宮古測候所

 昔の宮古の測候所と言えばモダンな洋風な建物が懐古される。その面影はまだ多くの市民の脳裏に残るところだが、その記憶も失われつつある。
 宮古測候所は、明治15年に全国8ヵ所(鹿児島、宮崎、下関、松江、沼津、浜松、秋田)のひとつとして定められた。 同年9月に内務省地理局東京気象台員岡本保佐が岩手県と協議。その後岩手県属西山高久と来宮して東、中、北閉伊郡長上田重温と打合せを行い、さらに宮古村と鍬ヶ崎村が測候所を建設して内務省に献納することを願い出た。これが翌16年に受理され、1月から鍬ヶ崎村戸長の監督のもとに工事が始められ、2月下旬には早くも落成し、3月1日に内務省地理局宮古測候所として現漁協ビル(旧鏡岩砲台場、陸軍省用地)の位置に開所した。測候所では早速その日の6時には第1回気象電報を東京気象台宛に発信している。


(宮古測候所(浄土ヶ浜クロニカル))

 宮古測候所は、岩手で最も早い時期に設置された測候所です。 このことは、盛岡測候所の沿革からもわかります。 開所から賢治の時代の部分だけを抜き出すと以下のとおりです。

1883(明治16)年3月1日
内務省地理局宮古測候所 観測業務を開始

1887(明治20)年4月1日
宮古測候所 岩手県に移管

1923(大正12)年9月1日
岩手県盛岡測候所 業務を開始

1935(昭和10)年6月15日
(文部省)中央気象台附属宮古測候所
(国営測候所新設・県営測候所併設)

 「発動機船 三」の下書稿(一)では、はっきりと「船は宮古の港にはいる」とありますが、手入れの結果消えてしまいました。 それでも「測候所」の記載があることで、賢治を乗せた船が宮古港に近づく場面であると判断することができます。

 この「測候所」については、以前の「緑いろの通信」でも話題にしました。 念願叶ってやっと現地を訪問できました。


(旧宮古測候所跡から眺めた海 2018年1月7日撮影)

 旧宮古測候所跡となる宮古漁協前から海を眺め、「賢治はここから見渡せる海のどこかにて、こちらを見ていたのだ」と実感することができました。

 そして、偶然見つけたのですが、ここには「啄木寄港の地」(釧路の新聞社を辞め、北海道に妻子を残して上京途中の寄港)の大きな石碑もありました。

 さて、ついでに、賢治がここで見た星空をを示しておきましょう。 場所はもちろん宮古湾です。 宮古の街明かりが見えることから臼木半島を過ぎた閉伊川河口寄りの場所とし、日付は全集年譜の推定に基づき1925(大正14)年1月7日、時刻は「発動機船 一」が日没間近(16時頃か)、 「発動機船 第二」では昇ったシリウスが出ていることから(18時過ぎ)ということを考慮しても、「発動機船 三」にはそれ以上のヒントはありませんので、「便宜上」20時としてみました。 それでも、そう大きく外れることはないと思います。

 はじめは進行方向の星空です。 前年夏の大接近していた火星が0.4等の明るさで見えていました。


(発動機船から見た星空 進行方向)

 進行方向左手には、賢治も「山山」と書いていたとおり、重茂半島の山が連なっていました。 中でも一番高いのは月山(456m)です。 その上には、旧暦14日、満月の2日前の月が出ていました。 賢治も海面を見て「つめたくなめらかな月あかりの水」と書いています。 さらに、空を見上げれば冬の星座の一番にぎやかな辺りが見えるのです。 思わず「あゝ冴えわたる星座」と書いてしまうのも無理ありません。


(発動機船から見た星空 進行方向左手)

 進行方向右手には、宮古の街明かりが見えたはずです。 港の高台には、宮古の測候所があります。 こちらは、左手に比べて山も平坦的で、賢治は「町のうしろの低い丘丘も見えてきた」と書いています。


(発動機船から見た星空 進行方向右手)

 夜空のお話はこのくらいにしておきましょう。 宮古漁協を後にして、浄土ヶ浜を目指します。

 しばらくは海沿いの道を移動します。 津波で被災した製氷工場や、新築されたばかりの真新しい家も多数見つけられます。

 この近くでは、海を遮るように、衝立のような防波堤(津波対策)が建設中でした。 本当に「こんなもので役に立つのだろうか?」という疑問と、海を人工物で遮ってしまうことの違和感、現地に住む方々の希望なのであればそれも仕方ないことかも知れませんが…。


(防波堤工事 2018年1月7日撮影)

 宮古湾にちょっと飛び出した臼木半島に入ると、短時間で浄土ヶ浜ビジターセンターに到着しました。 浄土ヶ浜の自然を多方面から紹介した施設です。 (浄土ヶ浜ビジターセンターはこちら


(浄土ヶ浜ビジターセンター 2018年1月7日撮影)

 この裏側の海岸(小石浜)には遊歩道が整備されているのですが、海(浜)もきれいて穴場でした。 (誰も来ない) ここのベンチで小休止。


(小石浜 2018年1月7日撮影)

 さらに小さなトンネルを抜けて、御台場展望台(海に突き出た小さな岬の上)まで松林を歩きます。 展望台からは、浄土ヶ浜も見つけることができました。


(御台場展望台からの浄土ヶ浜 2018年1月7日撮影)

 少し戻って、海沿いの遊歩道を辿れば、すぐに浄土ヶ浜です。 もう日差しも隠れる頃になってしまいましたが、海面が金色に輝く前を一羽の鳥が・・・。


(浄土ヶ浜 2018年1月7日撮影)


(鳥 2018年1月7日撮影)

 浄土ヶ浜の対岸にある岩の並んだところは、田代崎半島と呼ばれてますが、個々には、鷲岩エボシ岩浄土ヶ島と名付けられています。 真横から見ると面白い眺めです。 これを「三陸橋杭岩」と勝手に名付けました。 (「橋杭岩」は、和歌山県の景勝地)


(三陸橋杭岩夕景 2018年1月7日撮影)

 そして、忘れてはいけないのが、浜の中ほどにある宮沢賢治歌碑です。 年が変わってしまいましたが、およそ100年前、賢治が盛岡高等農林学校3年生の夏、花巻町有志による東海岸視察団に参加してこの浄土ヶ浜にやってきました。

 そのときに詠まれた短歌が刻まれています。


(宮沢賢治歌碑 2018年1月7日撮影)

 碑文は次のとおり。

 うるはしの
 海のビロード 昆布らは
 寂光のはまに 敷かれひかりぬ
        宮 沢 賢 治

 浄土ヶ浜レストハウスで休憩して、今晩の宿泊場所(近くの高台にあるホテル)へ林の道を歩きます。

 チェックインすると、案内された部屋は、最上階の窓の大きな部屋でした。 なかなかの眺めです。 さっき行ってきた御台場展望台や、宮古湾を行き来する船…。 夕食までちょっとお風呂です。


(ホテルにて 2018年1月7日撮影)

 夕食後、ホテルの部屋から(少しだけ)天体撮影。 撮影機材を背負って駅から歩いてきたので、ちょっと疲れてしまいました。 今日の行動はこれにて終了。

1月8日(月)
 成人の日。晴れ。

 早朝の起床。 カーテンを開いて、外の光を楽しみます。 間もなく三陸の海に朝がやってきます。

 じわじわと赤や紫の雲が現れます。 海がある場所の夜明けは独特なもの。 空の光に反応して、それに海が応えるかのようです。

 部屋の窓から撮影を始めます。

 以前、初めて賢治の詩「暁穹への嫉妬」(「春と修羅 第二集」)を読んだとき、「暁穹への嫉妬」って何だ?と悩んだものです。 「暁穹」とは夜明け前の薄明どきの空のことで、それに嫉妬するとは…。

   暁穹への嫉妬

 薔薇輝石や雪のエッセンスを集めて、
 ひかりけだかくかゞやきながら
 その清麗なサファイア風の惑星を
 溶かさうとするあけがたのそら
 さっきはみちは渚をつたひ
 波もねむたくゆれてゐたとき
 星はあやしく澄みわたり
 過冷な天の水そこで
 青い合図をいくたびいくつも投げてゐた
 それなのにいま
 (ところがあいつはまん円なもんで
 リングもあれば月も七っつももってゐる
 第一あんなもの生きてもゐないし
 まあ行ってみろごそごそだぞ)と
 草刈が云ったとしても
 ぼくがあいつを恋するために
 このうつくしいあけぞらを
 変な顔して 見てゐることは変らない
 変らないどこかそんなことなど云はれると
 いよいよぼくはどうしていゝかわからなくなる
 ……雪をかぶったはひびゃくしんと
   百の岬がいま明ける
   万葉風の青海原よ……
 滅びる鳥の種族のやうに
 星はもいちどひるがへる

 詩「暁穹への嫉妬」も、三陸が舞台(もう少し北の方となります)です。 「リングもあれば月も七っつももってゐる」は、リングがあるので、(当時の月(=衛星)の数は異なりますが)土星を指しています。 夜明けの空を眺めた、賢治はいったい何を想っていたのでしょうか。

 星が消えて、暁の空が薔薇輝石の色に染まります。


(三陸の朝(1) 2018年1月8日撮影)

 そしてやっと日の出です。 「百の岬がいま明ける」


(三陸の朝(2) 2018年1月8日撮影)

 ミネラルウォーターでコーヒーを淹れて部屋はコーヒーの匂いでいっぱいになります。 (部屋のフリードリンクとして置かれていた「いろはす」の採水地をみると、「岩手県花巻市大田」とありました。 高村光太郎も飲んだ水ということでしょうか)


(「いろはす」のラベル 2018年1月8日撮影)

 しばらく双眼鏡で景色を眺めたり、一眼レフカメラのレンズを交換しながら撮影にすっかり夢中になっている間に、時間はどんどん過ぎて、朝食を食べるのを忘れてしまいました。

 チェックアウトして、呼んでおいたタクシーでJR線宮古駅へ。 宮古駅から山田線で盛岡駅に出ようとすると、9時30分発の快速リアスを逃せば、次の盛岡行は15時55分。 もう夕方になってしまいます。 これでは三陸が寂れてしまうのも無理はない。

 立派なホテルだったので朝食も良さそうでしたが、宮古駅の立ち食い蕎麦が今朝の朝食です。 寒さに息を白くしながらの熱い蕎麦もいいものです。


(山田線の車窓 2018年1月8日撮影)

 座席が半数ほど埋まった快速リアス号は、時刻どおりに宮古の街を出発。 盛岡駅に向けて山々を走ります。 かつては、岩泉駅に通じていた茂市駅や、兜明神岳近くの区界駅、懐かしい風景に再会しながら、盛岡駅に到着。


(盛岡駅 2018年1月8日撮影)

 盛岡駅から循環バスで市街地に入って、もりおか歴史文化館へ。 ここで、企画展「もりおか冬事情〜寒さと戦う・冬を楽しむ〜」とテーマ展「近代岩手・盛岡 鉄道沿線の名勝」を見学。 (もりおか歴史文化館はこちら


(もりおか歴史文化館 2018年1月8日撮影)

 企画展「もりおか冬事情〜寒さと戦う・冬を楽しむ〜」では、盛岡城の亀ヶ池で行われていた「水上カーニバル」の様子がパネルで紹介されていました。

 夕方に用事があるので、大急ぎで盛岡駅に戻り、新幹線で帰宅となりました。 (毎日の記事を書きながら、ほとんど個人的なメモなのに、PCの向こう側で読んでいる人が大勢いるというのは実に不思議)

1月9日(火)
 晴れ。

 トラブル中のPCを修理依頼。

 年末にいただいた賢治関係記事の出ている雑誌です。 どうもありがとうございます。


(『FRONT』 2018年1月9日撮影)

 「賢治の図書館」  『水の文化情報誌 FRONT』1992年12月号/巻頭特集 宮沢賢治 自然と交感する声/((財)リバーフロント整備センター)を追加しました。 自然と交感する声(写真・大西成明)/はじまりを呼吸する賢治の科学と文学(中沢新一)/賢治の森(佐々木幹郎)/気圏に生きるイーハトーブ(斎藤文一)ほか。

1月10日(水)
 晴れ。

 好天続きで、毎晩シリウスを見ながらの帰宅。 その位置もだんだん南寄りになって、冬が深まっていることを実感。

1月11日(木)
 晴れ。

 お茶の時間には賢治のお茶をどうぞ。


(賢治の米の玄米茶 2018年1月11日撮影)

 賢治にちなんだお茶をいただきました。 (いつもありがとうございます) 繁田園から発売されている玄米茶です。 確か、盛岡の肴町商店街のアーケードでこのパッケージの絵を見かけました。 (繁田園オンラインストアはこちら

1月12日(金)
 晴れ。

 この週末は休日出勤。 帰宅も遅い。


(『しししし』&賢治詩集 2018年1月12日撮影)

 本棚から適当に取ったらこの2冊。 読了したばかりの『しししし』と『読んでおきたい日本の名作 宮沢賢治詩集』(教育出版)です。 この賢治詩集は、新潮や筑摩の文庫版に比べるとあまり知られていないようですが、確か賢治ファンを自称する宇多田ヒカルさんの所有する賢治詩集でしたね。 底本は新校本全集。 読み仮名も付されており読みやすいものです。

1月13日(土)
 晴れ。

 疲れて何もないので、三陸旅の写真から、宮古湾の風景を1枚。 宮古湾の港から、湾の出口方面(太平洋側)を望む。


(宮古湾 2018年1月7日撮影)

1月14日(日)
 晴れ。

 休日出勤。

 今日も三陸旅の写真から。 浄土ヶ浜の野鳥です。


(「カメラ目線だそ!」 2018年1月7日撮影)

1月15日(月)
 晴れ。

 昨日で大学入試センター試験が終了しました。 今年は、地理Bの設問(第5問の問4)でトーベ・ヤンソンのムーミンが登場。 その出題に関して、話題となっています。

 第5問は「東京在住の高校生のヨシエさんが、北欧のノルウェー、スウェーデン、フィンランドを旅行して、夏休みの宿題として作成された3か国を比較したレポート」に関する問いという設定です。 以下に、第5問の問4を引用します。


(大学入試センター試験「地理B」第5問 問4)

 アニメーション作品の舞台を、国と対応させる出題ですが、そもそも「ムーミン」がフィクション、あるいはファンタジーと呼ばれる類の作品なので、問題として成立しないのではないか?という疑問です。

 日本で言えば、「東京在住の高校生のトシさんが、北東北の青森、岩手を旅行して、冬休みの宿題として作成された2県を比較したレポート」に関する問いで、 青森県と岩手県を舞台にした文学作品として、「走れメロス」と「やまなし」をあげ、強引に結びつけさせるようなもの。

 ちょっと変な事例でしたが、問題点は、作品の舞台が、作家の出身地(活動場所)と短絡的に結び付けられていて、出題者には「作品」という観点がなかったということでしょうか。 (賢治研究的にも、同様の問題を多方面に抱えている状況があります)

 寝る前のひととき、気まぐれに野尻抱影『星三百六十五夜 冬』(中公文庫)のページをめくってみると、「1月15日」(昨日ですね)は、「エリダヌスの流れ」でした。 次のような書き出しで始まります。

   エリダヌスの流れ

 オリオン座から東はけんらんを極めている。 これに対して西は暗い。 特に鯨座までの間はほとんど真っ暗で、ひどく星が乏しい。 オリオン座を引き立てるための配意であるとさえ思われる。
(以下略)


(エリダヌス座)

 題名の「エリダヌス」は星座名で、川の流れを星座にしたものです。 (マイナー星座ですが、プトレマイオスの48星座の一つです) オリオン座のリゲルの横から、大きくうねりながら、南へと流れ、最後にはアケルナル(「河の果て」の意)という一等星が輝いています。 このアケルナル以外は暗い星で、抱影が「はほとんど真っ暗で、ひどく星が乏しい」と書いたとおりの状況です。

 好天に恵まれた月のない晩であれば、エリダヌス座の星の流れを南へと辿ることが可能で、日本国内でも南方であればアケルナルまで見届けることが可能です。 抱影は、東京で南空低く見えたカノープスの例を挙げながらも、九州の宮崎や阿蘇山からアケルナルを見つけた時の喜びを書き綴っています。

 では、自分はどこで見たのだろうか?といろいろ思い出してみると、オーストラリアでカノープスと共に「空高く」眺めた記憶があって、楽に見え過ぎて「なんのありがたみもない!」というのが感想。 地平線近くに見えることに感謝しなければ!

1月16日(火)
 晴れ。

 今年の芥川賞と直木賞、どちらも賢治関係(「少しだけ」含む)でびっくり。 芥川賞が『おらおらでひとりいぐも』の若竹千佐子さん、直木賞が『銀河鉄道の父』の門井慶喜さんという異例の組み合わせ。 (芥川賞はこちら、直木賞ははこちら

 受賞前に両賞ともに読んでいたのは初めて。 (単に賢治関係だったから)


(芥川賞&直木賞 2018年1月16日撮影)

 ニュース記事もいろいろ出てます。 この二つの賞の本はよく売れるので、賢治についてもまた注目される機会が増えることでしょう。 (「芥川賞に石井さんと若竹さん  直木賞は門井さん」はこちら(岩手日報2017年1月16日))

 昨日の大学入試センター試験に「ムーミン」が出題されたという話題で、センター側の回答「知識・思考力を問う設問として支障はなかった」が出ていて呆れました。

 問題文の「ノルウェーとフィンランドを舞台としたアニメーション」が誤りだし、センター側の回答(朝日新聞への取材)では「ムーミンの画像から「低平で森林と湖沼が広がるフィンランド」が類推されるとありますが、 引用された画像だけで本当に可能か…。 一番納得がいかないのは、作者や作品への敬意がないというか、問題として成立すればどうでも良いという態度です。

1月17日(水)
 晴れのち夜小雨。

 今日は阪神大震災があった日。 大災害は、そう珍しいことではないのです。


(『星座の親しみ』 2018年1月17日撮影)

 写真は賢治の時代の天文書『星座の親しみ』(恒星社)が、『新撰 星座の親しみ』として昭和14年から発売されたものです。 写真や図版を増やし、箱入り、紙質も上質紙となりました。 箱には、ちょっとかわいらしい文字に加え、さそり座と海豚の絵が描かれています。

 本書は、戦後も刊行されますが、戦後版は物資が不足する中での更紙による簡易版です。 古書を見れば、時代背景もわかります。

 昨日の芥川賞、直木賞のニュース、やはり岩手県では盛り上がっているようです。 (「岩手県民歓喜!県内出身者が「芥川賞」、賢治題材の作品が「直木賞」」はこちら(ニコニコニュース2018年1月17日))

1月18日(木)
 晴れ。

 三陸気分のデスクトップ。


(今日のデスクトップ 2018年1月18日)

 花巻農学校の羅須地人協会建物周辺樹木の伐採について、いろいろと意見が挙がっていますが、農学校において復元工事をした際の島二郎さんの文章(昭和44年)に、周囲の造園に触れた文章をやっと見つけることができました。 建物だけではなく、周囲の樹木についても気遣いがあったのですね。

 造園については、特に自然を愛した賢治先生の意思を尊重するとともに、桜(→現在の賢治詩碑のある場所)の面影を幾分でも多く表現いたしたいと念願し、限られた予算と時間のわく内で、赤松を主体として構成し、賢治先生が最も愛したギンドロ、シラカバ、カシワなどを植え、花壇や芝生は来春融雪後の予定になっております。

 時間を経てしまうと、先人の想いが共有されなくなるという事例です。

 気分的ではありますが、虹をどうぞ。


(花巻の虹 2011年9月23日撮影)

 芥川賞、直木賞ニュースはまだ続きます。 宮沢賢治記念館の鎌田館長のコメントも出ています。 (「直木賞「生活者の賢治に価値」書店と記念館長、喜びの声 岩手」はこちら(産経ニュース2018年1月18日))

1月19日(金)
 晴れ。


(怒ってるように見える? 2018年1月7日撮影)

1月20日(土)
 晴れ。

 用事を済ませて都内(こちらでも用事)。 丸の内銀座、そして神田

 夕方になって江ノ島にやってきました。 以前の撮り残しの撮影をしたかったのですが、今日は雲もあるし、伊豆の山々や富士山もまったく見えません。

 それでも晴れているので、薄明どきの雰囲気だけでも撮影します。 現地の日没時刻は17時近く。 薄明はその後約1時間ほど続きます。


(江ノ島弁天橋にて 2018年1月20日撮影)

 この時期江ノ島タワー(江ノ島シーキャンドル(江ノ島展望灯台))では、夜間ライトアップが行われています。 (「江ノ島シーキャンドル」はこちら


(江ノ島と旧暦四日の月 2018年1月20日撮影)


(江ノ島タワーと月 2018年1月20日撮影)

 月を手持ちで撮影してみました。 (ここでは加工していませんが、きちんと三脚を使ってHDR処理をすれば、地球照の(暗い)部分と、太陽に直接照らされている(明るい)部分の両方の階調を1枚の写真に表現することもできます。)


(地球照ない月とある月 2018年1月20日撮影)

 「地球照」は宮沢賢治の作品にも度々引用があります。 詩「東岩手火山」が有名ですが、今日は詩「自由画検定委員」から。

   自由画検定委員

どうだここはカムチャッカだな
家の柱ものきもみんなピンクで染めてある
渡り鳥はごみのやうにそらに舞ひあがるし
電線はごく大たんにとほってゐる
ひわいろの山をかけあるく子どもらよ
緑青の松も丘にはせる

こいつはもうほんもののグランド電柱で
碍子もごろごろ鳴ってるし
赤いぼやけた駒鳥もとまってゐる
月には地球照があり
くゎくこうが飛び過ぎると
家のえんとつは黒いけむりをあげる

おいおいおいおい
とてもすてきなトンネルだぜ
けむって平和な群青の山から
いきなりガアッと線路がでてきて
まるで眼のまへまで一ぺんにひろがってくる
鳥もたくさん飛んでゐるし
野はらにはたんぽぽやれんげさうや
じゅうだんをしいたやうです

お月さまからアニリン色素がながれて
そらはへんにあかるくなってゐる
黒い三つの岩頸は
もう日も暮れたのでさびしくめいめいの銹をはく
田圃の中には小松がいっぱいに生えて
黄いろな丁字の大街道を
黒いひとは髪をぱちゃぱちゃして大手をふってあるく

鳥ががあがあとんでゐるとき
またまっしろに雪がふってゐるとき
みんなはおもての氷の上にでて
遊戯をするのはだいすきです
鳥ががあがあとんでゐるとき
またまっしろに雪がふってゐるとき

青ざめたそらの夕がたは
みんなはいちれつ青ざめたうさぎうまにのり
きらきら金のばらのひかるのはらを
犬といっしょによこぎって行く
青ざめたそらの夕がたは
みんなはいちれつ青ざめたうさぎうまにのり

 この作品は、子供たちに「自由画」を描かせるという当時の新しい教育潮流が背景となっています。 山本鼎(1882〜1946)による自由画教育運動が全国に拡がるなかで、賢治の住む岩手にもその影響が及んでいたようです。

 本文テクストの「地球照」には、「アースシヤイン」とルビも付されています。

 撮影の方は(海上に靄が発生しながらも)結局21時近くまで続き、大船駅の近くに宿泊となりました。

 夕食後、読書。 この週末は、池澤夏樹『星界からの報告』(書肆山田)です。 タイトルでは、ガリレオ・ガリレイの著書名(『星界の報告』)が思い出されるところですが、池澤夏樹さんによる天文系エッセイ集です。 刊行は1995年。 目次は次のとおり。

  星界からの報告

 リジイアの目の中に
 ティコの星が輝く時
 星めぐりの歌
 火星生活
 祝福としての星空
 竹取物語の二つの軸
 上方からの来訪者
 仰ぎ見る天空
 運命を導く星
 六七〇億G
 われ発見せり

  しなやかな工学

 衛星行きのエレベーター
 超重力世界へ
 殻の中の精神
 コンピューターの中の要塞
 廃虚の美しさ
 宇宙ステーションのカナリア

 あとがき


(『星界からの報告』 2018年1月20日撮影)

 目次からお気づきのことと思いますが、賢治の「星めぐりの歌」があります。 内容は、歌曲「星めぐりの歌」ではなく、童話「銀河鉄道の夜」に関するものです。 ちょっとした作品論になっていますが、共感できる内容でした。

 書肆山田といえば、入沢康夫さんの『ナーサルパナマの謎』なども出しています。 活版印刷へのこだわりがいいですね。

1月21日(日)
 晴れ。

 まぶしい朝日で目覚め、そして朝食。

 帰宅してからの用事はあるのですが、鎌倉にある文学&天文系関連の地を少しまわってみることにしました。

 はじめは、鎌倉駅から小町通りを歩いて、鶴岡八幡宮の参道に出てすぐの場所にある清川病院です。 詩人の中原中也が、1937(昭和12)年、鎌倉町扇ヶ谷に転居後に病で倒れ亡くなった病院です。 当時の病院名は鎌倉養生院でした。


(清川病院 2018年1月21日撮影)

 そこから、中也の鎌倉での住まいがあった寿福寺にも行ってみました。


(寿福寺 2018年1月21日撮影)

 「壽福金剛禪寺」と書かれた立派な標柱がありました。 裏側にまわると「大正九年十一月」と書かれていました。 中也もこの標柱を眺めこの前を歩いていたのですね。

 境内の長い参道のつき当たりにある山門横から中也邸へと入るのですが、そこは立ち入り禁止となっていました。 (当時の住まいはもうないそうです)


(この先に中也邸 2018年1月21日撮影)

 ここ寿福寺は、「詩人中原中也の最後の住まいがあった場所」ということよりも、源実朝北条政子の墓所があることで有名です。 また、近代では俳人高浜虚子や、作家大佛次郎(野尻抱影の弟、本名野尻清彦)の墓所もあります。

 次写真の左側が大佛次郎、右側野尻政助(野尻抱影の父)の墓です。


(大佛次郎墓所 2018年1月21日撮影)

 お参りを済ませ、近所の鎌倉市川喜多映画記念館経由で、鶴岡八幡宮の裏手にある西御門八雲神社へ。 ここは、須佐男命(スサノウノミコト)が祭られている神社です。


(西御門八雲神社 2018年1月21日撮影)

 鳥居の前には、市の有形民俗文化財に指定されている庚申塔があります。


(庚申塔 2018年1月21日撮影)

 この神社で見たいと思っていたのは、神社の裏手にある妙見大菩薩の石碑です。 北極星や北斗七星を妙見菩薩として信仰する妙見信仰に由来するもので、ここの石碑ははっきりと北斗七星が刻まれていることが特徴です。


(妙見大菩薩(全体) 2018年1月21日撮影)

 次の写真は、北斗七星の部分を拡大したものです。 かなり形は適当ですね。 それでも柄杓形であることはよくわかります。


(妙見大菩薩(拡大) 2018年1月21日撮影)

 柄杓の向きが、下方通過の時期になっているのが興味深いです。 発想のルーツは、高緯度地方なのでしょうか?

 そろそろ時間もなくなって、鎌倉駅に戻り列車で東京駅へ。 東京駅の八重洲口側で、「銀河鉄道の夜」風のイラストを発見。 (ケフェウス座つき)


(銀河鉄道? 2018年1月21日撮影)

 そばに置いてあったリーフレットを見ると、「東京駅一番街」の「星空ステーション」という地下街イルミネーション関係のペイントでした。 星座と鉄道をモチーフにしたデザインです。 (賢治の銀河ステーション的イメージ企画)


(WINTER ILLUMINATION 2018年1月21日撮影)

 大急ぎで帰宅。

1月22日(月)
 曇りのち雪。

 地元で見るこの冬初めての雪。 夜になって強風も出てきました。

 賢治の新刊から。


賢治の新刊
和樂
和樂
2017年2・3月号
小学館

 小学館刊行の「日本文化の入口マガジン[わらく]に「雪と賢治とコーヒーを巡る旅」が掲載されています。 写真中心の記事で20ページの特集。



 「賢治の図書館」  和樂2017年2・3月号/雪と賢治とコーヒーを巡る旅(小学館)を追加しました。 2017年11月1日発行の最新号です。 冬の岩手など(小岩井、盛岡、日本近代文学館、神保町)を巡る旅が紹介されています。 (『和樂』はこちら


(ワクワク 2018年1月22日撮影)

 この記事を読んで嬉しかったのは、童話「まなづるとダァリヤ」から気に入っている部分がそのまま引用されていたこと。

 星はめぐり、金星の終わりの歌で、
 そらはすっかり銀色になり、夜が明けました。
 日光は今朝はかがやく琥珀の波です。

 この作品には、日が暮れる場面などとても素敵な表現をいくつも見つけることができます。 ついでながら引用。 (完全に個人的趣味ですが)

 ・その黄金(きん)いろのまひるについで、藍晶石(らんしょうせき)のさはやかな夜が参りました。

 ・やがて太陽は落ち、黄水晶(シトリン)の薄明穹(はくめいきゅう)も沈み、星が光りそめ、空は青黝い淵になりました。


- お願い from Office Kenji -


緑いろの通信

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