「『宮沢賢治記念館』入場券の星」
   

「『宮沢賢治記念館』入場券の星」


宮沢賢治記念館
 宮沢賢治記念館は、賢治のふるさと、岩手県花巻市にある賢治の文学館です。 賢治の生涯をはじめ、さまざまな観点から作品や遺品などを楽しむことができる総合的な施設になっています。

宮沢賢治記念館 大人入場券

 上の写真は、宮沢賢治記念館の大人入場券の半券です。 時おりメールで、「入場券の写真は何座の星ですか?」「どんな天体写真ですか?」と質問をいただくことがあります。 そこで今回は、賢治文学とは直接関係ありませんが、写真の天体についてちょっと解説してみることにしましょう。

星空のどの部分を写しているのか?
 入場券は、「宮沢賢治記念館」「入場券」「花巻市」の文字と、童話「銀河鉄道の夜」をイメージしたイラストから構成されています。 背景はカラーの天体写真で、星が画面いっぱいに写しこまれています。

「枠」の部分が入場券の写真の部分です

 上の図の枠の中が入場券の写真の範囲です。 夏の星を探す目印としておなじみ、「夏の大三角形」付近で、星座でいうと「はくちょう座」、通称「北十字」と呼ばれるあたりになります。 この辺りの星空は夏の天の川のにぎやかな部分にも相当し、双眼鏡などで楽しむと宝石がばらまかれたようなイメージです。 ちょうど童話「銀河鉄道の夜」の、


六、銀河ステーションより

 するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたかと思うと、いきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の螢烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたという工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと獲れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは思わず何べんも眼を擦ってしまいました。


といういかにも賢治らしいユニークな表現が用いられている部分や、


七、北十字とプリオシン海岸より

 俄かに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石や草の露やあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床の上を、水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射した一つの島が見えるのでした。 その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架がたって、それはもう、凍った北極の雲で鋳たといったらいゝか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。


のように、「北十字」の名前が出てくる部分の表現を思いだします。 南天の「みなみじゅうじ座」付近にある「石炭袋(コールサック)」という暗黒星雲の北天版とも呼べる部分がちょうどこの付近です。 また、春と修羅第二集「〔温く含んだ南の風が〕」などにも、この付近から「カシオペヤ座」一帯の天の川が描写されています。

入場券の星を詳しく解説
 下の図は、さらに入場券の範囲を拡大したものです。 写真の原版を見たわけではありませんので、どのような形で処理されたかは不明ですが、色がかなり青い色に処理されています。 35ミリのカメラで撮影の場合、50ミリ(標準)レンズかあるいは35から28ミリ程度のもので撮影されたものでしょう。

「枠」の部分が入場券の写真の部分です

 もしお手元に入場券がありましたらぜひ取り出してたどってみてください。 まず、「はくちょう座」の骨格とも呼べる「北十字」の並びはすぐに見つけることができるでしょう。 写真のなかで一番明るい星が「夏の大三角形」の一等星のひとつ、「はくちょう座」の「デネブ(αCyg)」(意味は尾)です。 光度は1.3等星で、「夏の大三角形」では一番暗い星になります。 「北十字」の中心にある星は、「サドル(γCyg)」(意味は腰)といいます。 そして入場券の下すれすれの部分にはくちょう座のδ星が写っています。 以上3つが「北十字」の星です。 残りの二つ「アルビレオ(βCyg)」と「ギェナー(εCyg)」は、写真からはみ出していることがわかります。 アルビレオの方は、「銀河鉄道の夜」にも出てきますね。


九、ジョバンニの切符より

「もうこゝらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」
 窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟ばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼もさめるような、青宝玉と黄玉の大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるまわっていました。 黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸レンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環とができました。それがまただんだん横へ外れて、前のレンズの形を逆に繰り返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡っているように、しずかによこたわったのです。


 この一帯の星空は、ちょうど散光星雲が多いところでもあります。 銀河系内のガス星雲ですが、写真に撮ると、やや赤みを帯びて写ります。 入場券の中では、デネブの上にあるやや赤い部分が「北アメリカ星雲」になります。 よく見ると、北アメリカ大陸の地図を90度右に傾けたような形(メキシコ湾付近)が写っているのに気付くはずです。 「北アメリカ星雲」のすぐ隣には「ペリカン星雲」というのもあるのですが、写真でははっきりしません。 星雲としては、「こぎつね座」の明るい惑星状星雲「あれい星雲」(M27)も写っているはずですが、これもあまりはっきりしません。 写真の範囲外としては、「網状星雲」や「環状星雲(リング星雲・ドーナツ星雲)」(M57)もこの付近の天体です。 「環状星雲」は、童話「土神と狐」の中に「魚口星雲(フィッシュマウスネビュラ)」として紹介されている星雲です。

1998,6,19

- 参考 -

(1)「宮沢賢治全集」ちくま文庫
(2)草下英明著「宮澤賢治研究業書1 宮澤賢治と星」学芸書林
(3)原恵著「星座の神話」恒星社恒星閣
(4)藤井旭著「星座ガイドブック春夏編」誠文堂新光社
(5)林完次著「宙ノ名前」光琳社出版
(6)山田卓著「ほしぞらの探訪」地人書館
(7)山田卓著「新訂ほしぞらの探訪」地人書館
(8)山田卓著「夏の星座博物館」地人書館
(9)平沢康男著「新訂初歩の天体観測」地人書館
(10)Erich Karkoschka著 監訳村山定男 訳白尾元理「フィールド版スカイアトラス」 丸善
(11)小林さえか著 アストロアーツ編「星座ガイド[夏編]」アスキー出版局
(12)藤井旭監修 アストロアーツ著「マルチメディア天体観察」アスキー出版局


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