詩「東岩手火山」をめぐる話題(2)
   

詩「東岩手火山」をめぐる話題(2)


詩「東岩手火山」における賢治の星空ガイドの手法と星空詳解(1/2)
 詩「東岩手火山」の中で、同行した生徒達に初冬の東天の星の案内をしています。 その説明手順を追って『星空案内人』としての賢治のテクニックやその風景を想像して見てみましょう。 〔1922年9月18日午前3時40分の東空(視野角120度)の風景画像(640×480)はこちら

詩『東岩手火山』より抜粋(1)
詩の抜粋とチャート解 説
さうさう 北はこつちです
北斗七星
いま山の下の方に落ちてゐますが
北斗星はあれです
それは小熊座といふ
七つの中なのです

「おおぐま座」と「こぐま座」
「さうさう」と急に思いついたかのように星空解説を始めます。星空を案内する場合に ます方角を正しく認識するということは非常に重要なことですが、賢治はまずこの点から 説明を開始しています。
最初は「北」という方角から説明していますが、星を見る場合には北という方角は特に 重要な意味を持ちます。というのは、北半球では、星の日周運動の中心が北(北極星)にあり、 時間の変化にかかわりなく常に同じ方角だからです。
この時間「北斗七星」は「いま山の下の方に落ちてゐますが」と説明しているとおり、とても 見にくい位置にあります。チャートではそのイメージを表現してみましたが、「北斗七星」は おおぐま座の尾尻の部分に相当することがわかります。
次に「北斗星」として、西隣のこぐま(小熊)座の骨格をなす主な星を「七つの中」と説明しています。 ただ、こくま座の「斗」の配列を「北斗星」と呼ぶことはあまり行われていません。 「北斗七星」との思い違いでしょうか。 あるいはおおぐま座との勘違いでしょうか。

詩『東岩手火山』より抜粋(2)
詩の抜粋とチャート解 説
それから向ふに
縦に三つならんだ星が見えませう
下には斜めに房が下がったやうになり
右と左とには
赤と青と大きな星がありませう
あれはオリオンです オライオンです
あの房の下のあたりに
星雲があるといふのです
いま見えません

昇る「オリオン座」
続いて、視点を北から東の空に移します。賢治たちは岩手山の火口付近の東側をよく見下ろせる 位置にいたと思われます。ちょうど北上山地の方角です。
「縦に三つならんだ星」とは、オリオン座の「三つ星」を指しています。オリオン座が南中すると「三つ星」は だいたい横に並ぶのですが、東から出てきた時はちょうど縦に一列に並んで見えます。賢治の観察が風景に忠実で あったことがわかります。
「下には斜めに房が下がった」ような部分は「小三つ星」と呼ばれるものです。この中に 「オリオン座大星雲(M42)」があります。「あの房の下のあたりに/星雲があるといふのです」 はまさしくこのオリオン大星雲を指すものでしょう。賢治の愛読したとされる吉田源治郎著 「肉眼に見える星の研究」にもオリオン座大星雲が写真入りで紹介されています。さいごに 「いま見えません」というのは、「(ここには望遠鏡がないので)いま見えません」という内容を省略して、見えないこと を説明しているようです。
「右と左とには/赤と青と大きな星がありませう」はオリオン座の1等星ペテルギウス(ペテルギュース)とリゲル のことを指しているのでしょう。ただ、星座に向かって、という位置関係からだと「左と右とには」 という順番の方が適していると思われます。
「あれはオリオンです、オライオンです」星座名を異なった読みで繰り返し言っていますが、 今では星座名はIAU(国際天文連合)がその数と共に名称や境界線などを細かく規定しています。 賢治がこの詩を書いた時代には、まだ共通のルールとして決められていませんでした。 ですから読んだ書物により星座名が複数あったり、日本語化されているものもあれば、ラテン読みをそのまま 星座名としているものまで、実にさまざまでした。 IAUの総会で星座が現在の数に落ち着いたのは1928年のことです。 なお、日本で使われる星座の名称は文部省の学術用語集などにより示されています。
賢治は説明の順番として、「三つ星」-->「小三つ星(星雲)」-->「2個の1等星」-->「星座名」 という順序をとっています。これは星座の姿を説明する場合の一般的な方法で、最初に目立つ配列や 明るい星から説明してゆくというものです。

詩『東岩手火山』より抜粋(3)
詩の抜粋とチャート解 説
その下のは大犬のアルフア
冬の晩いちばん光って目立つやつです
夏の蠍とうら表です

昇る「おおいぬ座」
さらに視点を下に移し、おおいぬ座の説明をしています。時間的にはちょうど東側の北上山地から 犬の姿全体が昇ったところです。
「大犬のアルフア」とは全天で一番あかるいシリウスという恒星で、中国で天の狼(おおかみ)として恐れられ、 「天狼星(てんろうせい)」などど呼ばれいました。賢治も明るい恒星であることを「冬の晩いちばん光って目立つやつです」 と真っ先に説明しています。
「夏の蠍とうら表です」と説明されている部分は、草下英明著「宮澤賢治と星」(1)の解説にあるとおり、 オリオン座とさそり座が天球上170度離れていることを指しているわけですが、賢治の説明では、 大犬のアルフア(シリウス)が蠍(さそり座)と離れているかのようにも感じられます。 「天球上離れているためオリオン座とさそり座を同時に見ることができない」という点は、ギリシャ神話でもうまく利用されて います。 狩人オリオンは毒サソリのために命を失ったことで、オリオン座として空にあげられた後もさそり座を恐れ、この二つの星座 が同時に空に現われることはない、というユニークなお話になっています。

1996,10,4

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(1)草下英明著「宮澤賢治研究業書1 宮澤賢治と星」学芸書林


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