「〔鈍い月あかりの雪の上に〕」の創作 1927(昭和2)年3月15日
「〔鈍い月あかりの雪の上に〕」の創作
1927(昭和2)年3月15日
『春と修羅』第三集の中に「〔鈍い月あかりの雪の上に〕」と題された詩があります。
この詩の下書稿(一)は、『詩ノート』の中に「〔暗い月あかりの雪のなかに〕」
として収められています。また同日付けの作品としては『詩ノート』に「〔こんやは暖かなので〕」があります。
『春と修羅』第三集 一〇〇五 『〔鈍い月あかりの雪の上に〕』
鈍い月あかりの雪の上に
松並の影がひろがってゐる
ひるなら碧く
いまも螺鈿のモザイク風した影である
こんな巨きな松の枝さへ落ちてゐる
このごろのあの雨雪で折れたのだ
そこはたしかに畑の雪が溶けてゐる
玉葱と ペントステモン
なにかふしぎなからくさ模様が
苗床いちめんついてゐる
川が鼠いろのそらと同じで
音なく南へ滑ってゆけば
あゝ その東は縮れた風や五輪峠や
泣きだしたいやうな甘ったるい雲だ
松は昆布とアルコール
まだらな草地はねむさを噴く
早池峰はもやの向ふにねむり
ずうっとみなかみの
すきとほって暗い風のなかを
川千鳥が啼いて溯ってゐる
町の偏光の方では犬の声
風がいまつめたいアイアンピックにかはる
この詩に具体的な天体そのものは登場しませんが、「鈍い月あかりの雪の上に」
とあることから月夜の晩であったことがわかります。時間についての記述もありませんが、月明りが辺りを照らす
時間であることから、薄明が終了していること、また「早池峰はもやの向ふにねむり」とあることから、人々が
寝静まった時間であろうと推測されます。この晩の天文暦を調べると、
月の出 14時33分
日の入 17時43分
薄明終了 19時10分
月南中 21時50分
となります。シミュレートした画面は月が南中する21時50分の空です。この時間の月齢は11.7ですから、満月を3日
後に控えた明るい月が出ています。雪の降り積もった場所なら、大変明るい月夜の風景だったことでしょう。
月のすぐそばにはしし座のレグルスが、また西の空には冬の星座の星ぼしが
がまたたいていたことでしょう。
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