「鉱染とネクタイ」の創作 1925(大正14)年7月19日
   

「鉱染とネクタイ」の創作
1925(大正14)年7月19日




『春と修羅』の中に「鉱染とネクタイ」と題された詩があり、 この作品の中にも星空が詠み込まれています。作品の日付は1925(大正14)年7月19日となっています。

『春と修羅』第二集 三六六 『鉱染とネクタイ』
蠍の赤眼が南中し           
くわがたむしがうなって行って     
房や星雲の附属した          
青じろい浄瓶星座がでてくると     
そらは立派な古代意慾の曼陀羅になる  
  ……峡いっぱいに蛙がすだく……  
    (こヽらのまっくろな蛇紋岩には
     イリドスミンがはいってゐる)
ところがどうして           
空いちめんがイリドスミンの鉱染だ   
世界ぜんたいもうど[う]しても     
あいつが要ると考へだすと       
  ……虹のいろした野風呂の火……  
南はきれいな夜の飾窓         
蠍はひとつのまっ逆さまに吊るされた、 
夏ネクタイの広告で          
落ちるかとれるか           
とにかくそいつがかはってくる     
赤眼はくらいネクタイピンだ      

夏の星座「さそり座」が詠まれています。賢治は「南中し」と言っていますから、 この時の時間を特定することが可能です。この日(1925年7月19日)花巻では、

日の入  19時01分     
薄明終了 20時53分     
月の出  03時36分(20日)

です。しかしながら、「さそり座」が花巻において南中するのは、20時30分ごろですから、まだ薄明がうっすらと 残っている時間です。なお、シミュレーションした画面はさらに時間をすすめた22時40分のものです。
(こうして、詩の創作の時間を検討すると宵の空であることが推定できるわけですが、この7月19日の日付を持つ 作品群(「鉱染とネクタイ」「種山ヶ原」「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」)の順番と、その詩の創作された時間帯 をあわせて考えると不自然なことがわかります。

1925年7月19日付けの作品の詩に描かれた時間帯
番号 詩に描かれた時間帯
366 「鉱染とネクタイ」 宵から夜半前頃
368 「種山ヶ原」
369 「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」 宵から夜半前頃

賢治はたいてい作品順に番号を付番していましたから、368番から369番への流れはわかりますが、 366番だけは浮いてしまった存在になってしまいます。 これを解決するためには、「鉱染とネクタイ」を7月18日の深夜(時間は23時30分頃まで。なぜならばさそり座が沈んでしまうため) に創作の風景(星空)を見て、19日の日付として作品化したと推測すれば番号順に食い違いがなくなります。)
次に登場するのは、浄瓶(じんびん)星座です。 浄瓶星座という星座はありませんが「みすがめ座」をさすと思われます。 当時の主な天文書で、みずがめ座は「水瓶星座(アクアリウス)」あるいは「水瓶座」という表現が用いられていました。 仏教用語の「手を浄化するための水を入れておく瓶」を意味する「浄瓶」を星座名として使うのは、 賢治の造語なのでしょうか?また、その星座に「青じろい」とつけたのは薄明を指すものなのでしょうか、 それとも「浄瓶星座」の持つイメージからの発想でしょうか?
浄瓶星座に「房や星雲の附属した」という表現が用いられています。これは何を示すのでしょうか?  まず「星雲」からみると、みずがめ座にある主な星雲・星団は、

M2(NGC7089):みずがめ座β星北5度に位置する球状星団(肉眼では恒星状)      
M72(NGC6981):みずがめ座β星西10度に位置する球状星団(肉眼では見えない)   
NGC7293:通称「らせん状星雲」とよばれる最大の惑星状星雲(肉眼ではまずわからない)
NGC7009:通称「土星状星雲」とよばれる惑星状星雲、土星を連想するには望遠鏡が必要 

などが主なものです。つまり、眼視で確認できる星雲などがほとんどないことがわかります。続いて出てくる、 「そらは立派な古代意慾の曼陀羅になる」は、詩「〔温く含んだ南の風が〕」にも 同様の表現が用いられていて、いて座付近の天の川の星たちの複雑な模様を、「曼陀羅」として比喩しているものとされています。 これらのことを勘案すると、「房や星雲の附属した」と表現されているのは、いて座の天体を指すのかも知れません。 事実、いて座には、「干潟星雲(M8)」、「三裂星雲(M20)」をはじめとする多数の星雲・星団の宝庫でもあります。
また、賢治は「房」という言葉を用いていますが、これも他の作品をあたると、 詩「東岩手火山」の中で、オリオン座の小三つ星を「下には斜めに房が下がったやうになり」 と表現しています。これは「垂れるように並んだ小さな星の配列」を指していることから、「みずがめ座」あるいは「いて座」付近に そういった星の並びを見つけていたのかも知れません。
さらに続いて、南天の様子を「飾窓(ショーウインドウ)」として表現しています。 ショーウインドウには、「逆さまに吊された、赤いピンのついたネクタイの広告」、とアンタレスとさそり座の「S」字型の 配列をおもしろく表現しています。


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