「山火」の創作 1924(大正13)年5月4日
   

「山火」の創作
1924(大正13)年5月4日




『春と修羅』第二集の中に「山火」と題された詩があります。 『春と修羅』第二集には「山火」としたものが二つあり、ここでは1924年5月4日の日付を持つものについてとり あげています。(他は1924年4月6日、作品番号46番)

『春と修羅』第二集 八六 『山火』
風がきれぎれ遠い列車のどよみを載せて   
樹々にさびしく復誦する          
   ……その青黒い混淆林のてっぺんで  
     鳥が"Zwar"と叫んでゐる……   
こんどは風のけじろい外れを        
蛙があちこちぼそぼそ咽び         
舎生が潰れた喇叭を吹く          
古びて蒼い黄昏である           
   ……今夜も山が焼けてゐる……    
野面ははげしいかげろふの波        
茫と緑な麦ばたや             
しまひは黝い乾田のはてに         
濁って青い信号燈の浮標          
   ……焼けてゐるのは達曾郡のあたり……
まあたらしい南の風が           
はやしの緑で砕ければ           
馬をなだめる遥かな最低音と        
   ……山火がにはかに二つになる……  
信号燈は赤く転ってすきとほり       
いちれつ浮ぶ妨雪林を           
淡い客車の光廓が             
音なく北へかけぬける           
   ……火は南でも燃えてゐる      
     ドルメンまがひの花崗岩を載せた 
     千尺ばかりの準平原が      
     あっちもこっちも燃えてるらしい 
     〈古代神楽を伝へたり      
      古風を公事をしたりする    
      大償や八木巻へんの      
      小さな森林消防隊〉……    
蛙は遠くでかすかにさやぎ         
もいちどねぐらにはばたく鳥と       
星のまはりの青い暈            
   ……山火はけぶり 山火はけぶり…… 
半霄くらい稲光りから           
わづかに風が洗はれる           

この詩は、多数の下書き稿などが存在し、現存稿の数は6種類にものぼります。 そこで、中に登場する天体関連の記述及び詩の詠まれた時間推測する手がかりとなる記述を表にまとめてみまし た。

「山火」における天体などのの記述
下書き
の種類
天体に関連すると思われる主な記述
時間推測する手がかりとなる記述
(主に手入れ前のものから抜粋)
下書稿
(一)
郊外 風が七時の汽車のひびきを吹いてきて
蒼く古風な薄明穹の末頃である
向ふはひばが月夜のやふにけむりだす
下書稿
(二)
郊外 風が七時の汽車のひびきを吹いてきて
蒼く古びた薄明穹の[(二字不明)→末端]である
星のまはりの青い暈
下書稿
(三)
なし 蒼く古びた黄昏である
星のまはりの青い暈
下書稿
(四)
山火 蒼く古び[く→(削除)]た黄昏である
灯って映えた七時の汽車は
星のまはりの青い暈
日本詩壇
発表形
山火 蒼く古びた黄昏である
星のまはりの青い暈
定稿
山火 古びて蒼い黄昏である
星のまはりの青い暈

一覧にして見てみると、「汽車の時間に関する部分」「薄明の部分」「星にかかる暈の部分」 そして「月夜のように..」と4つの流れがあることがわかります。 シミュレーション画面で確認する場合、山が焼けているようすを月夜に例えた、下書稿(一)に記述された 「向ふはひばが月夜のやふにけむりだす」の部分は、実際に月が出ていることとは関連がないと思われるので、 他の3つについて調べてみます。(ちなみにこの晩19時の月齢は0.2であり見ることはできない。)
描画されている画面は、汽車の時間や薄明の時間を勘案して19時の西空を表示させています。 夕方の薄明様子も賢治の描写と一致します。
下書稿(二)で登場した「星のまはりの青い暈」の正体ですが、これはもう明かに「金星」、 つまり「宵の明星」以外は余地がないといえます。 この時の金星は-4.4等星、また高度角も35.7度と十分な高さを持ち、太陽離角が最大級の時期ですから、 西空に没する時間が22時26分(実際は地上の障害物により少し早まる)で、しばらくよく見えていたことに なります。
しかし、疑問な点はあります。太陽や月の「暈(日暈、月暈)」はありますが、果たして金星で「暈」が できるものなのでしょうか? ここで賢治が指す「暈」とは、単に薄雲によるにじみのようなものではないでしょうか?


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