
『春と修羅』の中に「昴」と題された詩があります。
この詩は、9月16日に花巻の西方、花巻電気軌道沿いの松倉山方面へ出かけた時に創作された4編のうちの一つです。
作品番号順に「宗教風の恋」「風景とオルゴール」「風の偏倚」
そしてこの「昴」があります。
詩『昴』
詩の詠まれた時間の設定ですが、栗原敦著「宮沢賢治透明な軌道の上から」では、奥田弘氏調査
による花巻電気軌道の時刻表から、大沢19時05分、松原19時26分、花巻着20時17分の最終電車を候補にあげて説明されて
います。
ここでは、その時刻に留意しつつ、天体の記述に着眼して検討してみましょう。
この日の花巻での日没の時間などをみると、
「二つの星が逆さまにかかる」とありますが、この二つの星とはいったいどの星になるのでしょうか?
「沈んだ月夜の楊の木の梢に」とありますから西空にある星を候補とするのが適当と思われます。
19時頃の西空に、目立つような星はほとんどありません。
(うしかい座のアルクトゥルスと木星がありますが、月より高度が低いため先に沈みます)
例えば、時間を進めて論理上の月の入り以降の時刻の22時頃と仮定します。
シミュレーションした22時の画面を参照してみて下さい。
すると二つの星の候補として、こと座の1等星のベガとわし座の1等星のアルタイルが日周運動で西に傾いてきていることがわかります。
この二つの星は「夏の大三角」つくる星でもあり、何より七夕の織姫、彦星として親しまれた星でもあります。
「逆さまにかかる」という表現は、この二つの星が日周運動で東の空から駆けあがるように昇ることに対して、
逆さまに落ちてゆく様子を表わしているのでしょうか。
大正5年10月の詩に、「オリオンは西に移りてさかだちし... 」という表現が用いられていることから、案外有力と思われます。
さらに、22時すぎの東の空には昴(すばる)も高く昇り「(昴がそらでさう云ってゐる)」という
状況とも一致します。では、「オリオンの幻怪」とは何でしょうか?「オリオンの怪しいまぼろし」ですから、実際にはまだ
昇ってはいない時間なのでしょうか。この晩オリオン座が姿を現わすのは午前0時頃です。
まとめると、天体にかかる記述の部分は、賢治が電車で山を下る時間とは別のものと考えた方が
より自然に解釈できそうです。
ここで、「東京はいま生きるか死ぬかの堺なのだ」と賢治が言っている部分は、この年9月1日に起こった
関東大震災のことを指しています。
さらに「もう蝎かドラゴかもわからず」とありますが、ここは「さそり座」とドラコ(Draco)つまり
ドラゴン、「りゅう座」を指しているのでしょう。これは、単にその電車の走る勢いを示すもので、実際にその星座見て記述したもの
ではないようです。
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