わたくしはずゐぶんすばやく汽車からおりた そのために雲がぎらつとひかつたくらゐだ けれどももつとはやいひとはある 化学の並川さんによく肖たひとだ あのオリーブのせびろなどは そつくりをとなしい農学士だ さつき盛岡のていしやばでも たしかにわたくしはさうおもつてゐた このひとが砂糖水のなかの つめたくあかるい待合室から ひとあしでるとき……わたくしもでる 馬車がいちだいたつてゐる 馭者がひとことなにかいふ 黒塗りのすてきな馬車だ 光沢消しだ 馬も上等のハツクニー このひとはかすかにうなづき それからじぶんといふ小さな荷物を 載つけるといふ気軽なふうで 馬車にのぼつてこしかける (わづかの光の交錯だ) その陽のあたつたせなかが すこし屈んでしんとしてゐる わたくしはあるいて馬と並ぶ これはあるひは客馬車だ どうも農場のらしくない わたくしにも乗れといへばいい 馭者がよこから呼べばいい 乗らなくたつていゝのだが これから五里もあるくのだし くらかけ山の下あたりで ゆつくり時間もほしいのだ あすこなら空気もひどく明瞭で 樹でも艸でもみんな幻燈だ もちろんおきなぐさも咲いてゐるし 野はらは黒ぶだう酒のコツプもならべて わたくしを款待するだらう そこでゆつくりとどまるために 本部まででも乗つた方がいい 今日ならわたくしだつて 馬車に乗れないわけではない (あいまいな思惟の蛍光 きつといつでもかうなのだ) もう馬車がうごいてゐる (これがじつにいゝことだ どうしやうか考へてゐるひまに それが過ぎて滅くなるといふこと) ひらつとわたくしを通り越す みちはまつ黒の腐植土で 雨あがりだし弾力もある 馬はピンと耳を立て その端は向ふの青い光に尖り いかにもきさくに馳けて行く うしろからはもうたれも来ないのか つつましく肩をすぼめた停車場と →小岩井駅 新開地風の飲食店 →菓子・そば屋 ガラス障子はありふれてでこぼこ わらじやsun-maidのから凾や 夏みかんのあかるいにほひ →食品・雑貨 汽車からおりたひとたちは さつきたくさんあつたのだが みんな丘かげの茶褐部落や 繋あたりへ往くらしい 西にまがつて見えなくなつた いまわたくしは歩測のときのやう しんかい地ふうのたてものは みんなうしろに片附けた |