串田孫一 1962(昭和37)年 5月19日
串田孫一
北海道の旅
1962(昭和37)年 5月19日
登山家、そして文人としても著名な串田孫一(1915-)氏の見た夜空です。
最近出版された「北海道の旅」には1962年の春、北海道を旅したときの様子がつづられています。
文章には車窓や旅先の宿から見た星空の様子が描かれています。
そんな記述を手がかりに、その時の夜空をシミュレートさせてみました。
「北海道への旅」(1)の「12岬の丘の羊たち。」では、昨晩の月夜を回想しています。
夜の襟裳岬で見た月、いったいどんな月だったのでしょうか。
『北海道の旅』 12より抜粋
昨日の月齢は一四・三。
夜半を過ぎてから月は窓の方へ廻り、カーテンをすかして屋根瓦が一つ一つ光っているのが見えた。
そして夜明けもすぐ来た。
「12岬の丘の羊たち。」より(P96)
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この文章の最初に「五月十九日」と日付が付されています。
このことから、前夜、つまり5月18日宵〜19日朝の様子を回想していることがわかります。
シミュレーションした画面は、19日午前2時における南西の空です。
丸い満月間近の月が出ています。
まず、この文章ではいきなり月齢が14.3と示されています。
どのような方法でこの値が計算されたのでしょうか?
試しにこの月齢となる時間調べると、18日の20時ごろから21時ごろとなります。
眼視的に少数点以下の月齢を判断することは困難と思われます。
従って、何か別の情報源があるはずですが、一番手軽に考えられるのは、新聞の暦の欄でしょうか。
例えば、現在の朝日新聞の地方面には、日の出や日の入時刻などと共に月齢が出ています。
現在の月齢の値は正午の値が用いられていますが、当時の新聞などは何時のデータを用いていたのでしょうか。
ぜひ調べてみたいものです。
余談ですが、天文関係の書籍などを見ると、「天文年鑑」が21時、「理科年表」が正午となっていました。
続いて「夜半を過ぎてから月は窓の方へ廻り」とあります。
深夜0時を過ぎ、つまり日が変わって19日になったころ、月が窓の方に廻ってきたわけですから、この時の月の位置をみると窓の方角がわかります。
0時で南南西、1時でほぼ南西となりますから、南西、あるいは西向きの窓であったと想像されます。
最後に「夜明けもすぐ来た」ということから、かなり夜更かしをしていたことがわかります。
19日の夜明け時の天文暦を計算すると、
薄明開始 2時06分
日の出 4時03分
月の入 4時04分
となります。
2時すぎには空が白み始めていますから、「夜明けもすぐ来た」という表現も納得できます。
これは、北海道が高緯度にあるためで、ちなみに東京のこの日の天文暦を同様にみてみると、
薄明開始 2時53分
日の出 4時33分
月の入 4時28分
となり、薄明開始時間が47分、日の出時間が30分も早いことがわかります。
- 参考文献 -
(1)「北海道の旅」平凡社(1997)
(2)「理科年表1997」丸善書店
(3)「天文年鑑1997」誠文堂新光社
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