樋口一葉 1895(明治28)年5月10日
   

樋口一葉
日記(水の上)
1895(明治28)年5月10日




「たけくらべ」で有名な樋口一葉(1872-1896)の見た夜空です。 一葉の残した多数の日記のなかには、月の様子などを記した部分がいくつか残されています。 そんな記述を手がかりに、その夜空をシミュレートさせてみました。
「全集 樋口一葉3/日記編」(1)で、本郷丸山福山町住まいの頃を綴った「水の上」期の日記、 「水の上につ記」から明治28年5月10日のなかに次のような部分があります。

『水の上』 水の上につ記
十日 姉君来訪。ついで秀太郎も来る。長くあそびたり。日暮れて、馬場君、平田君袖をつらねて来らる。 今日、高等中学同窓会のもよほしありて、平田ぬし其席につらなりしが、少し酒気をおびて、「一人寐ん事のをしく、 孤蝶子を誘ひて君のもとをとひし成り」といふ。 このほどの夜とかはりて、いと言葉多かりし。孤蝶子、例によりてをかしき事どもいひちらす。 哲理を談じ、文学をあげつろうに、ほこ先つよし。 夜はいつしか更けて、十時にも成ぬ。「いざ帰らむ」と馬場君いへば、禿木子、窓にひぢもたせて、はるかに山のかたをながめつ、「いかにしても僕は帰ることのいやに覚ゆる」といふ。 「こはあまりにうちつけ也。少しつゝしめよ」と孤蝶子大笑すれば、「今しばし置かせ給へ」と、此度は時計を打ながめていふ。 月は今しも木のまをはなれて、やゝのぼらんとするけしき。 村くも少し空にさわぎて、雨気をふくみし風ひやゝかに酔ひたるおもてをなでゝゆけば、平田ぬし、「あはれよき夜や」と、かうべをめぐらしてはたゝへぬ。 「いかで一句」と孤蝶子をうながすに、
  「月のまへにわか葉そよぐこよひかな」
 景は句をのみ、情を没して、黙々の間に、「たゞよきよと計おもはるゝもをかし」と例の笑ふ。

以 下 略


夜更けの10時すぎ、外の月が昇る様子を眺めています。 この晩22時の月齢は15.5となり、満月の晩であったことがわかります。 (この晩は十五夜であることや、雲がちで月を時々隠すことなどが、引用部分外のところに記載してあります。)
この日の天体暦を計算すると、

日の入  18時36分     
薄明終了 20時13分     
月の出  20時15分     
月南中   1時01分     

となっています。 ほぼ天文薄明終了の時間に月が昇ることがわかります。 一葉のいう「月は今しも木のまをはなれて、やゝのぼらんとするけしき。」 の風景はシミュレーションでもわかるとおり、南東の空を昇る月そのものと言えます。
この晩の月は「さそり座」のα星アンタレスのすぐ下に位置しています。 見るからに掩蔽を起こしそうな位置関係ですが、月はα星とτ星の間を通過するので、残念ながら食は起こらないようです。
この夜の月の南中高度はおよそ28度、軽く見上げる程度の高さです。 「月のまへにわか葉そよぐこよひかな」という句が書き留められていますが、 この句からも月が見上げるような高い位置にあったのではないことを推測することができます。
余談ですが、この日の宵の西空には-4.0等の金星が一番星として輝き、 また同時に木星、火星の姿も見えていたことでしょう。


- 参考文献 -

(1)「全集 樋口一葉3/日記編」小学館
(2)高橋和彦現代語訳「樋口一葉日記」アドレエー
(3)「新潮日本文学アルバム 樋口一葉」新潮社


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