平成8年度海外行政視察報告書

海外にあっても思いは葛飾区
   

葛飾区議会議員 木下しげき


はじめに 議員の海外行政視察は無駄か?

 通算6回目、議員として初めての海外視察である。自治体財政の逼迫の折、国内の行政視察以上に批判のある議員の海外行政視察である。では本当に無駄なのか。立場の違いから異なる見解もあるであろうが私は議員の立場から述べてみたい。

 今回まず海外の街を歩いていて気がついたのは、以前5回の海外の街を歩いたときにはない街の見方をしている自分自身の姿である。つまり公園をみてその管理面に思いを致し、車歩道の段差、ゴミ収集の分別方法、収集回数、公衆トイレの清掃等々、葛飾区と彼地の比較を無意識のうちにやっているのである。また、人口比を加味しつつ財政比較あるいは当該自治体の市民から市当局や議員はどのようにみられているかの聞き取り等々、これらは以前の「海外旅行」の際には考えもしないことである。
 さらに、こうした海外の諸都市の行政機関等の視察は一般の旅行では為し得ない部分であろう。視察テーマにおいて葛飾区と当該自治体の間の施策に国民性に基づく隔たりがあったとしても海外から葛飾区を見ることは決して無駄なことではあるまい。

 今回は3都市5機関の視察であったが反省すべき点も多くある。自分自身も視察団の構成メンバーであり視察の全行程に無批判に参加した自分自身の自己批判を踏まえての反省である。(ここで「無批判」という言葉を使ったが、初めての視察であってみれば批判すること自体出来ない。比較するデータがないのである。視察を経験して振り返って初めて気付く類のことである。)まず第一は視察目的と視察都市の選定の順序が逆ではないのか(参加メンバーが決まる前に議会運営委員会で話し合われたとのことであるが、参加メンバー抜きでの目的および場所の選定にどれだけの意味があるのかと問いたい。)の点である。メンバーが決定した時点で当該メンバーによって視察目的の検討を重ね、その後それに基づく視察都市の選定をすべきではなかったか。視察日程及び相手先機関の選定ないしアポは事務局サイドの尽力によるとしても全て任せっぱなしでは議会及び団の主体性を疑われる。
 また資料についても観光業者の作る「海外旅行ツアー」的なものは別として、視察内容に直接関係するものは事前に取り寄せ区の対応する部所のスタッフを交えた勉強会も実施すべきであろう。こうした事前学習に行政スタッフが関与することは特に若いスタッフにとっては自己啓発につながるであろう。葛飾区の人口増ないし職員増が期待出来ない今日現有の職員のブラッシュアップが望まれるのである。また議員には健全な常識を有すればよいとする牧歌的時代は終わったのである。個々の議員は何等かのスペシャリストの上にゼネラリストたるを求められているのである。「現地の説明のあと直感的な思い付きの質問であっても、あるいは質問はなくとも異文化に触れること自体十分に価値がある。」等と言うのは、一般の海外旅行や中学生の海外派遣の時に言うことである。これでは、区民の間にある、『区議会議員が税金を使って「海外行政視察」する必要があるのか。』という素朴な疑問に対して、その必要性なり効果の程なりを申し開き出来ないのではあるまいか。『何を見、何を調査するのか事前の検討なり学習が無くて何の「海外行政視察」と言えようか。』との区民の声が聞こえてきそうである。この反省を次回以降に生かして頂きたい。
 何を得て何を今後区政の上に生かすかが真の「視察報告」であろうが、平成八年の視察団は「かく学びき」をご報告申しあげたい。
(こうした「海外行政視察」報告を目にしたことがないという区民の方の苦言があった。こうした報告の類は全て区民の下に公開し正当な批判にさらすべきであろう。)

【区議会事務局回答:「海外行政視察報告」の発行部数は150部。区政情報室および区立図書館で閲覧可能】


視察報告1 防災

(1)チューリッヒ市(スイス)

[視察テーマ]市民防災組織の現況とその育成、訓練等について


倒壊したビル内からの人命救助訓練
 訪問したのは1967年の「Civil Defense Law」に基づいて創設された「市民民間防衛教育センター」である。事前に東京のスイス大使館から入手した「The guiding principle of Swiss civil defense(スイス民間防衛資料)」によるとスイス国民は20歳から42歳までは兵役の義務があり52歳までは市民防衛の義務があるという。こういった国情下での市民防衛組織(防災ではない)は基本的に阪神淡路大震災を教訓に緒についたばかりの葛飾区の市民防災組織の参考にはならない。が、個々の施策では参考になる部分も多くある。本報告とは別途検討して防災課に提供しようと考えている。

 市民38万人のうち14,000人が防災体制に組み込まれて(女性にたいしては「Volunteer」という表現を使っている。)非常時には全ての職場からあらかじめ決められた場所に6時間以内に集合出来るようになっている。(全ての市民がそれぞれの人生の一時このような訓練を受けているのである。)また、外国人に対しても「Defense service」は災害時の救助の恩恵のみならず訓練への参加も開かれている。(外国人に内国民同様の処遇をするこうした積み重ねが外国籍人への参政権付与が当然の課題になるのであり、抵抗なく受け入れられる下地なのであろう。)説明のあと訓練に参加させてもらった。ビルの小部屋の消火である。金町消防団第11分団所属で操法大会の1番員・木下は張り切って「日頃錬磨の技」を青い目の青年達に披露してきた。(自転車の空気入れのような放水器をバケツの中に入れ火に向かって放水するもの。これは量産して各家に1個備えつけるといいかなと思える。消火器だと中身がなくなると使えないがこれだと水であるからその心配はない。)

 本年度第2回定例会の代表質問の際にも紹介したのであるが、説明を担当したこの訓練施設の所長(国防軍のOB)の、『国防軍であっても決して戦乱のためのみに存在するのではなく、国民を全ての災害から守るために存在している。』という言葉が妙に印象的である。我々は危機管理について自衛隊も含めて冷静に考えなければならない時期に来ているのである。

(2)民間救助団体・レガ(REGA)/チューリッヒ市(スイス)

スイス救助用航空機(Air-Ambulance)

 山岳事故の多いスイスならではの民間救助団体である。運営の大部分は市民からの寄付で賄われているという。国軍の出番というより個人的な災害ないし事故への救助要請への出動であるという。日本ならば消防、警察、自衛隊への救助要請の場面であろうが安全を金で購う(個人的なボランタリーな寄付ではあるが)国民性ともいえよう。

(3)アテネ市(ギリシャ)

[視察テーマ]地震緊急対策計画、救援体制・災害復旧について

        ギリシャにおける地震予知法(VAN法)について

 冒頭のテーマを掲げて訪問したのは、そこで戴いた資料によると「World Conference on Natural Disaster Reduction」とあり、自然災害一般を研究する政府の研究機関のようであった。その機関(Institute)の研究課題であるらしい危険評価(Risk Assessment)のセクションには9項目がならんでいるが、その第1番目に「地震」がある。その項目はさらに検討すべきテーマが並んでいる。実際ギリシャは地震国であり現存する遺跡の中にも古代、地震で倒壊した上に建造されたものもあるという。(研究レポートでも「古代ギリシャは地震の神エガラドスによって創られ、そして人々は彼に加護を求めた。そして、古代より地震の結果に直面して自らの弱さを認めていた。」という。)担当者の説明によると、ギリシャでは1978年にギリシャ第2の都市テッサロニキ(人口約70万人)でM6.5の地震で全壊約1万戸、死者47名という被害を出したこと、1981年にはパルテノン神殿の柱の一部に被害を出した地震があったことが契機となり、1981年発足した新政権の新施策として地震対策が打ち出されたという。(1983年「Earthquake Planning And Protection Organization」が設立され日本から専門家が派遣されている。)
 日本の一部には「地震予知に成功した国ギリシャ」(*1)の評価もあるが、地電流の連続観測に基づくこの方法は、我々に説明した担当者は好意的ではなかった。政府自体、予知の発表は行っていないと言う。

(*1)「地震」第44巻特集号(1991)に上田誠也さんの論文がある。冒頭部分を引用する。

Greece;A Country where Earthquake Prediction is in Practice

 In Greece,astonishing success has reportedly been achieved in predicting earthquakes by monitoring the geoelectric potential changes. The method,called the VAN -method taking the initials of Varotsos,Alexopoulos and Nomikos,claims that earthquakes with magnitude greater than ca.5 occurring in Greece can be predicted within the errors of 100 km in epicenter and 0.7 in magnitude.  The lead time is between several hours and ca.20 days.  The actual success rate and alarm rate for the recent one year are both estimated to be about 60 %.  Some technical aspects and the outline of suggested physical mechanism of the method are reviewed.  A brief introduction of our attempt to apply the method in Japan is also given.

(*視察テーマを離れれば、極めて興味深いものであったが、地方自治体の震災対策の調査という観点からみれば訪問先は全くのミスチョイスであった。資料を事前に収集する必然性を改めて認識させられた。この研究所自体、研究の緒に着いたばかりであるらしく持参した防災課に依頼して集めた地震関係の論文(上掲)のコピーを求められた。また、我国で採用している震度表が珍しいというので力武さん[VAN法に否定的な見解]の地震予知関係の本をプレゼントしてきた。)


視察報告2 中小企業振興と再開発事業

(1)ASTER・ERVET/ボローニャ市(イタリア)

[視察テーマ]中小企業振興について

 当初の予定はボローニャ市商工会議所であったが、訪問したのはボローニャ市も属するエミリア・ロマーニャ州全域の中小企業(SMEs:small and medium-sized enterprises)に全国的あるいは国際的レベルの技術革新の成果を普及し技術を供給するため(同機関の冊子より)の機関「エルベット」、「アスター」(同じ建物内)であった。アスターは最大株主のエミリア・ロマーニャ州政府とマイナー株主として製造業者、株式会社、小企業、銀行、他の金融機関、商業会議所連合が加わる「ERVET」サービス センターの一つの非利益組織である。 私が関心を寄せたのは「アスター」である。ここでは平均年齢27歳の30人の専門家からなるスタッフが年間60億リラ(約4億2千万円)をかけて研究している。中小企業(SMEs)の売り上げの促進やEC域内や日本でも見本市を開いている。東京では板橋区を訪問したことがあるという。

(*葛飾区の「地域振興協会」のパワーアップしたものである。【葛飾区も庁内組織の産業政策課と別建てにするのであるなら上記の「ERVET」のように区の出資比率を抑えるべきである。今のように全額区出資ならば区の出先機関と何等異なるところはない。また区の退職OBの天下り(再雇用)先と化してしまう。本来の目論見であった民間の息吹を去勢してしまっている。しかし何も退職OBが全て悪いと言っている訳ではない。区行政の中で長年培われた経験は貴重である。だがそれ以上に産業政策の分野にはよりアグレッシブな発想と行動力が必要とされ、協会そのものが、いわゆる第三セクター方式で運営されるべきであるというのである。】日本でいえばJETORO[Japan External Trade Organization/日本貿易振興会]に近い規模であろう。葛飾区若手産業人会議も参考にして欲しい。因みにアスターのホームページ・アドレスは、http://www.aster.it である。紙幅の関係で紹介出来ない部分はホームページを見て欲しい。そこは英語バージョンもある。)

(2)ボローニャ市・都市計画局(イタリア)

[視察テーマ]中小企業振興・歴史的建造物保存を取り入れた再開発事業について

 ヨーロッパの中世からの歴史都市はどこも都市国家から発展した形態をとっているので、歴史的建造物の保存と再開発および経済活動の伸長とは二律背反的なテーマである。ボローニャの旧市街部には1288年の法律「回廊を作る義務」が今日でも慣習として生き残っているのである。
 都市計画局の担当者によると1890年代の都市計画は1960年代に変更を余儀なくされたが、それでも規制は甘かった(車の排気ガスや震動の歴史的建造物への影響)という。旧市街地への車の乗り入れ規制はイタリアで最初に実施されたという。旧市街地を含めて大きくするというのでなく周辺に住環境に配慮した産業立地空間を建設するという。ボローニャはミラノやローマとともに歴史的遺産の保存の観点から古い施設への変更(障害者の車イスや高齢者等への配慮、あるいは同様の観光客のための階段の段差解消など)は国の法令で出来ないという。

(*産業振興はどの自治体でも共通の願いであるが、それと歴史の板ばさみの中で、つまり、「過去」と「現在+未来」かの選択を迫られた時、彼等は「過去」を選択したのである。自己の祖先の歴史文化に対する愛着の度合は石の文化と木の文化の違いを思い知らされたようである。「50年たったら新築」という我が国の建築文化に対し、ボローニャは700年前の、800年前の建造物を当時のまま残そうとしているのである。)


 葛飾区議会の公式「海外行政視察報告」は視察団検討会の結果、上記を若干修正の上で提出した。
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