【新聞切り抜きファイル】

その時、行政は、町会は……?

葛飾でも起こりうる、繁栄の中の貧困を見る思い!


84歳に十字架重く、「呼び寄せ老人」の悲劇

慣れぬ土地、娘にも迷惑

76歳病弱の妻の願い受け殺害に東京地裁支部、執行猶予判決

 病弱で高齢の妻の将来を悲観して、本人の同意のうえに絞殺したとして承諾殺人(自殺関与)の罪に問われた東京都P市Q町、無職、W被告(84)に対し、東京地裁八王子支部(田中亮一裁判官)は11日、懲役3年、執行猶予4年(求刑・懲役3年)を言い渡した。

 田中裁判官は判決理由で「娘夫婦から親身をつくした世話を受けていた中での短絡的な行為だが、被告人は高齢なうえ、54年間にわたって寄り添ってきた妻への行為を反省する日々を送っている」と述べた。判決などによると、W被告は、病弱の妻(当時76歳)との将来を悲観。妻から頻繁に「死んだほうがましや」などと訴えられていたうえ、このままだと身を寄せていた長女(52)にも迷惑をかけると考え、今年1月7日夕、心中しようとしてP市内の駐車場で、あらかじめ用意していた電気毛布のコードで妻の首を絞めて殺した。

 W被告は捜査・公判を通じて容疑・起訴事実を全面的に認めていた。弁護側は「看病に疲れ、追い詰められていた」などとして情状を訴えていた。 生まれ育った大阪から東京に住む娘の元へ身を寄せた老夫婦。典型的な「呼び寄せ老人」の悲劇だった。家族以外、だれも気の許せる知り合いのいない地で、いつの間に追い詰められていたのか。その経過と思いを教えてほしい、と私が弁護士に託したW被告への手紙の返事はまだ戻って来ていない。

 W被告と妻は、大阪府R市に住む独身の二男と同居していた。それが昨年12月上旬、P市内の長女の家庭に身を寄せた。「二男ひとりでの世話は大変だから」と、長女夫婦は両親を進んで受け入れたという。

 妻は移り住む1年ほど前から老人性の病気で通院し目立った回復は見られなかった。 転居後はP市内の病院に入院し、昨年末から事件前日の1月6日まで一時帰宅していた。「『自分はゴミなので捨ててほしい』と、母が父に向かって話していた」。長女は公判でそう証言した。公判では大きな声で問い掛ける裁判官の質問が、補聴器をつけても聞き取りにくいのか、恐縮しながら何度も聞き返すW被告。初公判では起訴事実についてはっきりした口調で「間違いありません」と答えた。この日の判決でも、裁判官の言葉にそのつど「はい」と応じ、閉廷後、ひ孫らしい3、4歳の男児に手をひかれて法廷を後にした。

 公判の流れに身を任せたままにしたような姿には痛々しさが漂った。袋小路でさまよった長命社会の悲劇が、事件ににじんだ。【矢野純一】(毎日新聞、1997-4-11夕刊)


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