映画館がやってきた!

究極のプロジェクターを考察する

- Road to Ultimate Projector -

- 目次 -

究極のプロジェクターの定義

■現実世界の光(前置き)

 生物学的には、人の目は太陽の光の下で進化してきた。
 究極のプロジェクターを考えるためには、まず私たちが見ている「現実世界の光」を 確認する必要がある。しかしながら、現実の世界には「鼻をつままれても分からない闇」から 「失明するほどの光…太陽そのものなど」までのコントラスト比があり、それをそのまま収めた ソフトなど無い。(網膜の桿体細胞は、光子一つでも検出する能力があるといわれている)
 従って現実的な「究極」とは、歴史ある「映画館」「映画のフィルム」「レンズ」の最良の 姿、または「ハイビジョンカメラ」 の性能限界を100%満たし、願わくばこれを調整するゆとりまで持つ くらいの装置を指すと考えればよいだろう。  また、送り手の意図する画を受け手が再現するという「再現性」も考慮するならば 規格に対する忠実さも重要である。
 以上のことから、それぞれの要素について「究極のプロジェクター」に要求される 機能、性能を定義する。

■映画とデジタルシネマ

 1980年代にNHKが調査したフィルム上映の諸元は次のようなものである。

35mmオリジナルネガの画素数3840x2070 約800万画素
上映ポジの画素数1980x1080 約200万画素(HD規格相当)
順次コントラスト(初号プリント)1,500:1
順次コントラスト(上映プリント)1,000:1
輝度12フット・ランバート(SMPTE動画基準196M)
フィルムの色域(NTSCの色域)およそ次の波長の純色を表示
R:610nm(615nm)
G:540nm(540nm)
B:465nm(450nm)

 オリジナルネガの画素数は、現在のデジタル映画規格の4K2Kに近い。
 上映ポジの画素数は、編集・プリント作業による劣化のほか、上映時の フィルム面の縦ブレによる解像度劣化も影響してオリジナルネガより大幅に 低下している。
 映画の良好な見え方のためには、順次コントラストが重要であることが確かめられている。
 フィルムの色域は可視光の範囲(約400〜700nm)よりやや狭く、NTSCの色域とほぼ同等だが緑の 純度はフィルムの方が高い。青/赤の色域をあまり広げると錐体の感度の低い領域になるので 明るさが取れなくなる。
 NTSCの色域は現実の直視管用蛍光体の特性を反映した規格であるが、キセノンランプを 使用するプロジェクターでは、フィルターの設計しだいでフィルムと同等に出来る。

■解像度

 上に述べたように、ハイビジョン規格は「上映ポジの解像度」を参考に決定されており、 プロジェクターの解像度はソフトの解像度と同じ1920 x 1080 pixelをカバーすれば 良い。ただし、映画館では最終的に4K2Kの上映に向けて進んでいくだろう。
 「画素感」は、画面サイズと肉眼の分解能に支配される。
 ハイビジョンTVの推奨鑑賞距離、3H(画面の高さの三倍)は、「走査線が見えない」という 前提で決められた。
 この数字は、言い換えるなら視力1.0で1.15mm角の画素を識別できる限界距離という意味である。
 これに従うなら100インチ鑑賞なら3.8m離れなければいけないことになる。
 ただし、この数値は視力検査の如く「100%の白と黒」のコントラストがある場合の数値 で、実際の映画では隣り合う画素の輝度が「100%の白と黒」になるシーンばかりでは無い。 現実にはもう少し近距離で画素感のない鑑賞が可能だろう。

 走査線あるいは画素が見えるのは画素サイズだけでなく「画素の隙間」に 依存する部分が大きい。明るいシーンほど画素の隙間は目立つ。
 100インチのスクリーンに、1920x1080pixelを投影するとき、 素子の開口率が90%あれば、画素の隙間は0.1mm程度になる。これは レンズの解像力や個人の視力にも左右されるが、3m程度の距離ならまず 判別不能である。(視力2.0の人でも0.1mmの隙間をはっきり見るためには1mほどの距離に 近づく必要がある)
 従って最近の反射型素子は実用的なレベルで、家庭用プロジェクターとして理想を ほぼ満足する解像度と開口率を備えてきたといえるだろう。
 三板(管)式のプロジェクターの場合、素子の張り合わせ精度(コンバージェンス) も問題になるが、人間の目は色の分解能は低く、MPEG-2のコンポーネント信号も 輝度信号に対する色の分解能は半分である。
 従って、個々の画素が見えるほど近くで鑑賞しない限り、RGBが完全に分離するほど精度が 低くなければ問題にはならないはずである。

参考:
※視力測定の定義(国際眼科学会)
 ランドルト環(太さ1.5mm、外直径7.5mmの円に1.5mmの隙間を作ったもの)の隙間を 5mの距離から見分けられるとき、図形と目の作る角度が1分(1/60度)であり、この逆数 を視力(1.0)とする。
 2.5mで切れ目が見分けられれば、視力は0.5、10mで見分けられれば2.0である。
(実際の測定では、距離を変えるのは手間がかかるので図形の大きさを変化させている)

※100インチ・ワイド・スクリーンの画面サイズは 2214×1245mm
 同スクリーンにフルHDで表示したときの画素サイズは 1.15mm角

■色域/色再現

 人間の目には、それぞれ波長の異なる光に反応する三種類の細胞があり、 三種の細胞が反応する比率を元に、400〜700nmの波長の光(色)を弁別している。 この仕組みを利用して、映画やカラーテレビは光の三原色(青・緑・赤)の組合せ で、人間が感じる(ほぼ)全ての色を表現する。
 色を感ずる細胞を「錐体」と呼ぶ。
 三種類の「錐体」の分光感度曲線をえがいたのが右のグラフであるが、 そこから読み取れるように、 光の三原色に対応する青、緑に感度のピークを持つ錐体は有るが、 赤に感度のピークを持つ錐体は無い。そのため「青・緑・赤錐体」という 呼び方をせず、「S・M・L錐体」と呼ぶ。
 これらの錐体がモザイク状に網膜に並んでいるわけだが、S錐体の数は 非常に少なく、これらの数の比はL:M:S=32:16:1という研究がある。
 この大きな数の差は、色による感度や分解能の違いの原因になる。
 三種の錐体で受けた情報は、「輝度」と「色差(赤/緑と青/黄)」の情報 に変換されて脳に送られる。
 人間は、分光分布から色を感じるが、色から分光分布を知ることは出来ない。
 自然界では「太陽の光」を「錐体の色素」がフィルタリングしたものが 私たちが認識している色だが、プロジェクターは「ブラウン管の蛍光体」 または「ランプの光をダイクロイックミラーで分光したもの」を見る事になる。
 波長(色)の変化に敏感なのは、500nmと600nm周辺である。


 「任意の色は3種類の色の混合で等色できる」というのが、色覚の 原理の大前提であるが、厳密には作れない色が存在する。
 例としてRGBを700nm,546nm,435nmの純色の混合で作ると、 約450〜550nmの純色と同じ色は作れない。
 この領域のテスト光(Q)を等色するには、テスト光にRを足したものと、 G+Bをバランスさせる。
 数式で表せば
Q+rR=gG+bB
 → Q=-rR+gG+bB

 現実には、マイナスの光は無いので、Qは作れない。
 これが、次の「xy色度図」における三角形の外側に存在する色の 意味である。
 図形の外周に書かれた数字が純色の波長だが、緑(G)の波長をどう 取っても、三角の外側の領域は残る。つまり、三原色の組合せでは 木々の緑や青空の色は厳密には再現できない。
 ただし、幸いなことに緑の領域では色の変化に対する感度が 低い(xy色度図の楕円を参照)。
(カラーフィルムでは、色域を広げるため第四の感光層 「エメラルドグリーン(490nm付近)」を持つ物もある。)

 「赤」と「青」は、なるべく両端の波長を原色として選べば表現可能な色の 範囲を広げる事ができるが、S,L錐体だけが反応する狭い範囲の波長の光しか使用しない ということは、効率の低下に繋がる。
 特に赤は、L錐体の感度のピークとかけ離れた波長を用いるため、 明るさと純粋な色を両立させることは難しい。
 例えば、ネオンサインの赤は約640nmに輝度のピークがあるが、この波長では L錐体の感度はピークの1/5程度である。

 以上のことから、NTSCの三原色点は輝度と色度が両立する実在の蛍光体の 色度を元に決定されている。
 フィルムの三原色点は、NTSCのそれにほぼ等しい。
 NTSCの規格は直視管TV用の蛍光体を前提にして作られた ため、直視管TVは原理的に色再現性が良い。
 プロジェクターに必要とされる要件は、三原色に反応する錐体を刺激するため、 規格どおりの三波長を、正確なバランスで出力することである。
 直視管TV以外の方式では、三原色をNTSCに近づけるための工夫が重要である。

 方式によってはNTSCより広い色域を得る事も可能である。
 この時には、色域のマッピングの巧拙が問題になる。

 光源の分光分布によって物の色の見え方が変わる。
 錐体の刺激のバランスが変化しても、白いものが白く見えることを色順応 と呼ぶ。


※ネオンサインは、600〜700nmで発光し、約640nmに輝度のピークがある。これはNTSC では原理的に表示できない赤さ。

■コントラスト

 冒頭で述べたとおり、自然界に存在する光のコントラストは広大で再現不可能であるし、 肉眼でも見る事は出来ない。
 しかしながら、人間の目には絞り機構があり、広範囲の光量を自動的に調節して見ている。
 一方写真(映画)フィルムの再現範囲はフィルムの特性は色々あるものの、 一画面に再現することの出来る明るさ、暗さの範囲は肉眼よりはるかに狭い。
 フィルムの順次コントラスト 1,500〜1,000:1という値は、十分に 大きなものだが、エンドロールの字幕などに見られる黒バックでは「黒浮き」 の存在がはっきりと分かる程度のコントラストである。
 一方、直視管TVの暗所コントラストは10,000:1を超える。

 映画の再現を考えれば、プロジェクターのコントラスト比は1,500:1有れば十分 と言うことは出来るが、 現実の光の再現を考えると、撮影時点でカメラの絞りコントロールによって、 現実の光をフィルムの性能の範囲に納まるように圧縮しているのだから、 プロジェクターのコントラスト比をより高めることによって、コントラスト比を 伸張しフィルム以上のリアリティーを創出する可能性はある。
 コントラスト拡大のための動的な絞り制御は、撮影時の絞り制御の逆を 行うと考えれば非常に有効な可能性がある。ただし、問題はフィルムからは現実の 照度が分からないことであり、これを推測するアルゴリズムの巧拙で結果は 左右される。

 色の濃さはコントラストと不可分である。
 コントラストを高めると、色の濃度は高くなる。
 コントラストの低いプロジェクター、あるいは周囲の明かりがスクリーンに入って コントラストが取れない条件では、低輝度の色域が縮小する。

■画像処理

i/p変換
 固定画素プロジェクターは、基本的にプログレッシブ表示をする。
 NTSC,1080iの映像はインタレース表示のため、これをプログレッシブ変換しなければならない。
 単純に二度書きすると、動きのある部分の解像度が低下するため、変換方式ごとの優劣が発生する。
アップスケーラー
 480i/pの映像を1080i/pのプロジェクターで表示するために、画素数の変換が必要になる。
輪郭強調
 

■その他

騒音
残像


現実のプロジェクター

 例として三管も取り上げるが、国産は消滅している。
 その他の固定画素型プロジェクターは、色再現に関しては素子だけでなく「光源」 の種類と「ダイクロイックミラー」等の設計に依存する。
 暗部の再現(黒浮き、色純度)に関しては、コントラスト比が大きい方が有利となる。

■三管

 従来最も理想に近いとされてきたのが三管プロジェクターである。
 利点

 弱点

 など、同じブラウン管でも直視管TVには無い難しさがある。
 「色温度の低い画が映画らしい」という嗜好の一端には、三管プロジェクタの 高輝度と高色温度が両立しがたいという制約から生まれているのかもしれない。
 もちろんブラウン管サイズが大きくなれば、「青」の蛍光体の限界に関する 制約は緩和される。

■DLP(単板)

 DLPは高いコントラストを有するために「固定画素方式」の中では最も高画質な プロジェクタの方式の一つである。
 単板/三板の両方式があるが、三板式はほとんど製品が存在しないため ここでは単板について触れる。
 DLPは、半導体素子の表面に微細な鏡を形成し、鏡の角度を振ることで光を ON/OFFさせる。
 光のON/OFFは完全なデジタル動作で、単位時間当たりのON時間で積分的に 階調を表現する。
 単板DLPは、三原色のカラーホイールを回転させることで時分割的に フルカラー表示する。
 利点
 弱点

■反射型液晶(SXRD,D-ILA)

 反射型液晶は比較的新しい方式で、透過型液晶よりコントラスト比が高いことと、 電極を液晶の裏面に作るため開口率が高いのが主な利点である。
 利点
 弱点

■透過型液晶

 利点
 弱点
 透過型液晶は安価な製品ばかりになり、このため画像処理の回路面で 高度な回路が投入されにくく、光学系もプリズム使用よりミラー使用の方が 精度は厳しい。

直視管TVの蛍光体と固定画素方式の光源

 手持ちの機材を使って分光した写真を使って、光源によって色が異なる様子を観察・考察する。
 (写真は、カラーバーを表示したところを、回折素子で分光したものをデジカメで撮影したもの)

■参考文献/URL

[VPL-VW100発売前研究]
[VPL-VW10HT試作機見聞録]
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文:唐澤 清彦 映画館がやってきた!