映画館がやってきた! | 映画鑑賞記 |
マリスとは悪意。破線はTVの525本の走査線を暗示し、切り刻まれた報道映像に潜む
本質を描く。 人気報道番組の事件検証コーナーは、ニュース映像を独自の視点から再構成し 真実をあぶり出すことで高視聴率を上げていた。しかし、証言の内容とは無関係な 映像を繋いで証拠もなしに犯人を仕立てるような放送倫理に抵触する 「編集者、遠藤瑤子」の手法は、局内で問題視されていたものの 「数字が取れているために何も言えない」という空気が支配的だった。 ある日、瑤子に「郵政官僚の不正に関する殺人事件」に関するテープの 持ち込みの話が来る。 内部告発者の男は「春名」と名乗り、身の安全のために郵政省には一切の コンタクトをしないように言われるが、瑤子は人柄を見込んでこのテープを 信用する。 上司のチェックをすり抜けて放送されたこの報道は大反響を呼び、犯人と 目された麻生は、裁判所では無罪を勝ち取るが、仕事も家庭も崩壊し、謝罪を 求めて瑤子をつけ回す。 上司立ち会いのもとで素材テープを見た関係者は、このテープが麻生の主張 どおり何者かが彼をはめる目的で仕組まれたものと断定し、瑤子の編集者と してのキャリアは危機に立たされる。
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この作品を見るために、ここまでのことは是非知っておいた方が良い。
普通に「殺人事件の謎」を追おうと見ているととんでもない肩すかしを
食らうからだ。
だが「家庭よりも仕事を選び、自分の指先で視聴率を
取ってきたことだけが支えの女編集者の信念」と、現実のあいだに
生まれた亀裂が広がっていく過程の物語と知ってみれば、取り返しが
付かない深みにはまっていく恐怖を存分に味わえる作品だ。
それぞれの役者はもちろん素晴らしい。
「裁判所から出てきてにやりと笑った」ことを責められる男、麻生に
陣内孝則。彼ほど「真面目にやってきたのにどうも悪く見えてしまう」
という巻き込まれ型主人公に似合う男は居ない。
謝罪ほしさに瑤子につきまとう不気味さはドラマ「眠れる森」でも
存分に発揮されていたように、その屈折ぶりは芸術的だ。
ヒロインの黒木瞳も、ちょっと幸薄い感じのエリート、だけどアウトロー
という雰囲気にぴったり。後半の狂気とも思える執念も似合う。
この作品のような作為の固まりの映像が報道番組で流れることは、
あってはいけないことだが、どこかにそれはあるのかも知れない。そして
TVに映るものを見えたままに信じてはいけないのだと警告をこの作品は
発している。それでも、人はTVに映るものを疑わないだろう。
文:唐澤 清彦 | 映画館がやってきた! |