映画館がやってきた! | 映画鑑賞記 |
1959年11月1日、NYの総合保険会社の計算課に勤める主人公C.C.バクスター、
通称バッドは1,2時間の残業をすることが多い。アパートがいわく付で、
…つまり上司の不倫用に鍵を貸しているからだ。 鍵を貸しているのは4人。入社3年7ヶ月の主人公に昇進をちらつかせて、 最近は借主の要求もエスカレート気味、風邪を引いても寝に帰る間もないくらい 借りられっぱなしだし、酒の買い置きが切れた、チーズクラッカーが品切れだetc. と、まるでそれが本業かと思うくらい。 独身者向きの居心地良いアパートだが、毎夜の訪問者の騒ぎのおかげでご近所から 酒と女にめっぽう強い放蕩者と思われているのも悩みだ。 そんなバクスターにも気になる女の子がいる。会社のエレベーターガール、 キューブリックだ。キュートで皆に声をかけられるが誰にもなびかない身持ちの硬 い子。 ともあれ予約の調整に冷や汗をかきながらもあちこちに鍵を貸しまくって 点数を稼ぎ、ある日部長に呼ばれる。 「昇進話か!」とオフィスに出向くと「以前不自然に評判が良かった男は会社の 計算機を使って競馬のノミ行為をやって警察に突き出した。君はいったい何をやった」 と脅される。バクスターはアパートの鍵のことを白状し「もうやりません」と誓うが 反対に部長は「私にも貸せ、昇進させるぞ」と… 部長が時間つぶしに譲ってくれたミュージカルのチケットでキューブリックを誘うと 彼女は「人と会う約束があるが、その後なら…」とOKしてくれる。 昇進できるし、デートも出来る。有頂天のバクスターだが、彼女の用事は 「件の部長との別れ話」だった。「妻とは別れる」と言われてなんだかうやむやに なった彼女はバクスターとの約束も忘れて、部長と彼の部屋に流れ、その後も逢瀬 を重ねることになる。 すっぽかされても彼女を大好きなバクスターだが、クリスマスの夜、ひょんなこと から部長の不倫相手が彼女であることを知ってしまう。そして彼女も部長の前の不倫 相手の告げ口で彼の離婚話はいつもの手と知ってしまう。 そして部屋での喧嘩の末に睡眠薬自殺を図った彼女が倒れているのを、街で 呑んでへろへろで帰ってきたバクスターが発見する。 そして、彼は彼女の心を救うことが出来るのだろうか…。 |
これは「爆笑」を狙っているわけではないけれど、人情話なコメディーなんだね。
そこにある小さな笑いは、可笑しいというより「愛しい」と思ういい話。とにかく
いい人に徹するバクスターと気の毒なキューブリックを応援したくなる。
いまどきの映画のようなスペクタクルもスピードも無い、ものすごい泣かせ
どころも無い。でもほんわかとする。じんわり温まる。
三谷幸喜のドラマ『今夜宇宙の片隅で』の始めに、冴えないサラリーマンの主人公
(英語も話せないのにニューヨークで映画のレポートを作成して本社に送る仕事をし
ている。オフィスは現地の女性スタッフと二人きりで、日本人スーパーの店主くらい
しか話し相手が居ない寂しい奴)が、偶然知り合ったアパートの隣家の美人日本人が
自殺未遂になったとき、この映画を思い出して一生懸命世話を焼き、朝までトランプ
をして過ごす。…ってシーンが、一段と愛おしく感じた。
地味な自分が、映画の主人公のように振る舞えるとしたら、こんな優しさに
溢れた男の姿じゃないかな。そう思えるような気取りのない、大都会の片隅の
ドラマ。それが、この映画とその主人公ジャック・レモンの素敵なところだ。
文:唐澤 清彦 | 映画館がやってきた! |