本-開平成17年エイプリールフール〜サトリ語録本-開

「塵も積もれば山となる」

遠くアジアの中心ゴビ砂漠や中国大陸の砂嵐しが西風に乗って九州地域にこの時期特に砂埃が積もります。黄砂と言われる様に黄色い砂埃が車のボンネットに一晩で積もるのです。勿論西日本奥地まで運ばれてきます。古代から続く堆積ですから西日本の大地の土の色は黄色く、関東は富士山を始め活火山による火山灰が積もった為に土の色は黒いのです。吹けば飛ぶ粉塵でも積もれば大地を形成します。

家の中でもベットの下や家具の後には、ふだん目に見えない埃が長年の内にたまって引っ越しや模様替えの時に驚くほどです。我が家ではゴミやホコリやゴキブリやノミ・ダニは勿論の事、毛替えの時期になった猫の毛が部屋中に溜まっています。その上、最近木くずから出来た砂で水洗トイレに流せる便利な猫トイレの砂を、家の中の三カ所に設置したのですが、普通の砂と違って軽くくっつきやすいので、自分のウンチを埋めて隠す習性のあるネコ達が、その木くずの砂を手足に付けて毎日何度もトイレと各部屋を出入りする為に、部屋中が砂だらけになるのです。もう3日も掃除しないと、どの部屋も猫の抜けた毛と、トイレの砂で辺り一面に広がり将に、塵も積もれば部屋が大地になるのです。すごいです。自然の庭の方が綺麗に思えるときがあるぐらいです。

今朝の庭は春雨ですので砂埃が洗い流され大地に固まり地表になっています。ゴビ砂漠や黄河河口の砂が風に乗って、少なからずも長い年月をかけて日本の国土を増やしている事はあまり言われませんが有難いことです。しかし、塵も積もれば山となるの本来の意味は勿論、目標に向かう毎日の努力や精進の蓄積が生涯をかけて残す偉業の山を成す事はご承知の通りですね。合掌 4/7(春雨)

 

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」

新年度で新しい環境や始めての経験に直面する機会が多い今の時期、何をどうすれば良いか判断に困ったり、認識や行動に於いて迷ったり途方に暮れて一人悩んでしまう事も多いでしょう。

そこで今日は「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と言う諺を贈ります。まず、自分の知識や精神や技を高める為に、直接指導して下さる先生や指導者の伝達には素直な心で先ずは理解できなくとも受け止めてみる許容力が必要です。また、その時、解ったつもりでも勉学修行の年輪を重ねて向上した年ごとに受け止め方や理解度、その奥義を感じるまで、その人の現在のステージによって違ってくるからです。しかし、それらは個人の理解度や能力の事であって、責任は自分だけにのしかかってる恥の問題です。

私が今日伝えたいのは、団体活動・共同生活に於いて、同朋や指導者に迷惑にならない為の先々の思考や行動に於いての恥の問題は、なんとしても回避しなければなりません。迷い悩む前に解らないことは受付窓口、理解できない行動は、同朋、次に先輩、次に係の者、次に担当指導者に何でも聞くことです。解らないまま、自分勝手に理解して行動すると失敗が重なります。先ずは躊躇わずに聞いて、尋ねて、理解できなくても同期同調して、所属した環境の一員として行動を共にする為に、また確認して毎日を繰り返す中で、いつしかその環境の習慣になじんでいけます。その環境に適応出来ることが、自分の本来の学習目的をスムーズに遂行させ成功を修める結果となるでしょう。その為には「最初が肝心・初心貫徹」も今日の語録に付け加えて於きましょう!合掌 4/6(本堂掃除と会議を終えて)(快晴・境内桜2部咲き)

 

「一番桜咲いた!」

入学・進級・進学・新入社員・新年度おめでとうございます!今年は少し遅れましたが、皆様の新たな旅立ちに、教信寺より祝福の開花です。素晴らしい一年を健康にお過ごし下さり、実り多き研鑽を積み充実した年輪をまた一輪増やされる事でしょう。春陽のお慶びにお祝いと、お祈りを境内桜と供に心より捧げます。合掌  4/5(快晴)

 

「結果は寝て待て!寝る子は巣立つ!」

「家宝は寝て待て!寝る子は育つ!」と世間一般では言いますが、サトリ語録の教訓では「結果は寝て待て!寝る子は巣立つ!」と言います。

先ず、結果は寝て待て!です。もう入試や入社試験も終わり新年度がスタートしたと思いますが、まだまだ人生この先色々なチャレンジに結果を待つ事があります。勿論その都度全力で尽くし、何事にもベストを尽くすのですが、試験や対処が終わった後はどうにもなりません。ただ祈る他何も出来ませんね。なのに、毎晩よからぬ心配して首を長くして待ち続けストレスを貯めるぐらいなら寝て待つ方がましです。元々の家宝は寝て待ては、もっと長いスタンスでの話です。近年家族同士での家督や財産争いが増え続け犯罪も耐えません。当主が亡くなられたり、社長や代表が代わる時に正当に選出される様に普段からその椅子を狙った行動をしていると大失敗を起こします。欲に執着せず、唯、淡々と自分を磨く精進を積んでいれば向こうから寝てる内に転がり込んでくると言う意味のことで、ガツガツしていては好機も逃してしまうと言うことです。

次に寝る子は巣立つ!です。本来は「寝る子は育つと」赤ちゃんを誉める言葉ですが、そのよく寝て育った赤ちゃんも成人して自分の道を見極めたなら、幼児期に受けた深い愛情から、相手や物事に対して慈愛の精神と五体満足で健康な体を有意義に使いこなし、それぞれの道で日中一生懸命研鑽を積み夜は熟睡して無駄な時間を使わず、いざ出陣となる人生の決戦のときに供える事です。必要な休息を取り、いざ行動をとるときは冴えわたる五感と五体をフルに活用して厳しい社会に巣立たなければならないと言う諺です。春眠暁を覚えず!では、だめですよ!合掌4/4(晴・北風強い)

 

「猫も便器に落ちる。猫も走れば壁に当たる!」

世間では「猿も木から落ちる。犬も歩けば棒に当たる」と一般的によく使われますが、サトリ語録では「猫も便器に落ちる。猫も走れば壁に当たる!」と変更しました。

先ず猫も便器に落ちる。ですが、トイレの上にある窓から二階物干しベランダへ飛び越えて出るのに、便座がちょうどよいジャンプ踏み台になっています。ところが、便座の蓋を閉め忘れてたり、私が立ちションしてると横からドジ猫のマンダラが便器に顔から突っ込んで大慌てになります。これはジャンプが得意な猫でもいつもの慣れという習慣にも不意な認識不足で大失敗を起こす!と言う教訓です。流石に学習した最近は蓋が閉まってるか確認してジャンプするようになりました。

次に猫も走れば壁に当たる。ですが、最近のワールドサッカー予選をネコ達と一緒に何度もテレビ観戦していますと、見よう見まねで、活発な長女ネコのトラがゴミ箱から丸めた紙くずをくわえ出し、ホールの客席に持ち出しては、他のネコを呼んで集合かけると、紙くずサッカーで毎日のように大暴れして遊びます。紙くずボールを上手にドリブルして奪い合います。私はハンドの違反だと思うのですが、両手でしかドリブルできません。他の猫はピタっと静止できるのですが、手足の裏まで毛の長い長男猫のモコはよく滑って、勢いあまってブレーキが利かず、いつも壁に巨体をドーンと激突させてしまいます。そんな光景から、敏速な猫でも車でも急に止まれない!と言う教訓に最近使い始めました。合掌 4/3(小雨上がりに境内草引き労働奉仕)

 

「一兎を待つ者十兎も集まる」

二兎追う者一兎得ず。と一般的によく使われますが、サトリ語録では「一兎を待つ者十兎も集まる」の人生観を持って暮らしています。

しかし近年集まるのは捨て猫を愛情込めて育てたメス猫を狙う野良猫と、庭の新芽を食べに来る鳥、園芸の手入れで咲かせた花に集まるミツバチや春の虫達が多いです。

まあ、生き物は至る所、利益を得られる所に群がるのが本能でしょう。ただ人間だけはその御恩を忘れなかったのです。

鶴の恩返・地蔵の恩返し・狸の恩返し・猫の恩返し・等に例えられる話は、今は過去の遺物でしかありません。恩を裏切る!それも近代人類の進化論とすればいたしかたなのでしょう。また、恩は受けるのではなく与える物。と思い上がっても、生まれて死ぬまで直接的にも間接的にも、身内から大宇宙のリズムまでの様々な恩恵を受けずに生きてられない事も悟らなければならないのは若者だけでなくその親の世代かもしれません。おじいちゃんやおばあちゃんを大切にしましょうね!合掌 4/2

 

「嘘つきは泥棒の始まり」

4月1日は楽しい嘘をついて笑わしても良い日だと言われます。つまり、キリスト教でもユダヤ教でも仏教でもイスラム教でもヒンデゥー教でも儒教道教あらゆる世界の宗教や一般の教えの中で「嘘をつく」と言うことは罪であったのです。だから自粛してる一年に一度ぐらいは現実から逃避して自分の願望や夢の嘘をついても許されると言うのが欧州で始まった風習のエイプリルフールの今日なのです。

しかし、明日からは、またどんな些細なことも、自分の都合の良いように無意識にも嘘をついてしまってる生活を反省してください。本当に罪の意識が無くても、貴方が自己防衛や利益誘導の為についた嘘によって相手が傷つき苦しみ、また、嘘が明らかになればなる程、後に引けなくなり嘘を重ねる生き方は、純真な心を持つ気の優しい温厚な人達を欺き陥れ心痛を与えているのが解らなくなってしまっていますよ。

自分の生活向上や欲望の金儲けの為なら嘘をついても構わないと言う商売人の家系の人には特に、平気で嘘をつくことが日常化してる人が多いようです。その場限りの口先で自分を正当化美化して商売繁盛金儲け至上主義の人は、無意識でも家族内に持ち込んだその嘘の積み重ねで家庭崩壊もありうります。

特に今日の日本では、「俺俺サギ」で代表されるように、若人が両親や祖父母の年代の人の慈愛や善意を逆手に取って欺くのです。親や先祖、先輩や先生の恩を重んじる日本人の美徳であった頃の若者は影を潜め、あの手この手で応対勧誘利益誘導方法を考え、平気で人を騙す商売が横行し、まったく努力しないで口だけで金儲けが出来ると安易に加わる人たちが増加しました。「騙し騙され騙し合う」それが青春時代の理想なのですか?

一方、社会人の大人の嘘がエスカレートすると、自分を欺き正当化までして、自分を納得させて、自分にも嘘をつきます。こうなれば自分の都合を乗り越え、生活の為だとか子供の養育費の為だとか仕事の為だとかと、自分勝手に思い言い聞かせながら実は自分の執念の為に、都心のみならず地方、自分の大切な居場所である会社や家庭内でも窃盗や泥棒、強盗や強奪までの犯罪を犯す人が増えてしまったのです。これらは、やはり子供の頃より些細な嘘をついてきたたのが事の始まりの様です。

「嘘つきは泥棒の始まり」の理は事実なのです。皆さん例え楽しい大法螺や冗談でも、嘘をつくのは今日だけにしておきましょうね!合掌 4/1(エイプリルフール)関連LINK「4つの嘘」

教信寺貫主:長谷川慶悟=音楽家:長谷川悟

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