本-開幼稚園児とふれ合い四半世紀本-開

地域の幼稚園巡回ボランティア公演

野口幼稚園11/18 別府幼稚園11/19 12/16貴崎幼稚園 2009.3/13朝霧幼稚園

幼稚園から音楽の館にやってきて開演を待ち望む園児たち
楽器の説明で弓のネジを緩め「これ、な〜んだ?」「そ〜めん!タマネギ!糸!ゴム〜!」「答えは馬の尻尾だよ〜〜!」

 「おはよう〜〜!」と声をかければ一斉に「お〜は〜よ〜〜ご〜ざ〜い〜ま〜す〜〜〜〜!」と毎年元気に返事が返ってくる幼稚園児と父兄の為の親子ふれ合いコンサートを始めて、早、四半世紀以上の月日が流れました。

 踊るポンポコリンや崖の上のポニョなど流行のアニメソングを演奏する私は、頭が白くなり薄くなり、姉は目尻にはしわが増えても「歌のお姉さん!」

 変わらないのは、毎年元気いっぱいな園児の歌声と、純粋な輝く瞳と笑顔!いつまで続くか解らないけど、父兄も祖父母もこの掛け替えのない園児達から逆に元気を頂戴できる将に「ふれ合いコンサート」に溢れる相互の慈愛です。

 それにしても最近の園児達の音感やリズム感には驚かされます。大人のプロの演奏家は、今から演奏する曲が何調で、何拍子で、テンポがどれぐらいで、リピートや反復などを確認して練習を始めるのですが、今年のプログラム最後に「いまから演奏する曲は何も言わなくてもすぐに歌えると思うよ」と崖の上のポニョの、たった前奏2小節を聴いただけで、いきなり全員がハイCの音をピタッと捕らえ一斉にタイミングがずれることなく歌いだしたのですから。。。。。。

 子供達は大人のように理屈で音楽を捉えてません、純粋な感性なんです。なのに、日本の教育全般に言えると思いますが、例えば音楽教育界では、折角園児の誰もが持ち備えてるこの音楽的感性を、高度な専門教育を進める内に、逆に打ち消してるのではないかとさえ思えるのです。

また、豊かな感性を伸ばす教育が幼稚園でなされてるのに、小学校から中学・高校の教育は文科省の指導に随う為に感受性や能力を伸ばすアイデアや方法の自由度が無くなり、詰め込み暗記の競争が主力になり、学校教育の目的が受験や試験に重点を置き過ぎていないかとさえ懸念する昨今なのは私だけでしょうか?

 素直な心を伸ばし、感性を伸ばし、才能を見出してあげる暖かい教育が見直され、加えて道徳心を養う教育が復権されるべきだと思うのですが、難しい世の中です。

 純粋な心で、人を疑わない子供を育てると、大人になって社会に出れば俺俺サギのような世間の毒牙に騙されるし、友達や周りの人々を労り譲り合える優しい子供へと心の成長を願うと、学校へ入ったとたん、いじめや虐待にさらされ抵抗できない子になってしまう。

 この純粋無垢な園児達の為に、人を蹴落としてでもはい上がる生命力や、迷わされない強い意志と、殴られたら殴り返す体力を持たせる教育が必要になってくるのでしょうか?

いいえ、いいえ!その前に、子供を育てる側の両親・祖父母の世代である大人社会から一刻も早く治さなければなりませんね!こんな可愛い我が子のつぶらな瞳で見てまねるのは私たち大人社会です。また、子供が親の背中を見て学ぶ以上に、大人が我が子や子供達に教わり気付かされ思い出す事も山ほどあるはずです。

 終戦後の昭和20年代と30年代を境に現在まで、豊かさと利便性を求めた高度成長の裏に失った日本人の魂と言われる昨今、豊かな金銭財宝を求め身体に贅肉を身につけるのでなく、精神に豊かな教養を身につけた日本人や伝統文化は世界の憧れの的だったのですが。。。。。   

 「お寺の住職は、お葬式であの世へお見送りしたり、法事で極楽浄土に行かれた方の追善供養を営むのが現在の大事な務めなんですが、今を生きる人々が、先祖の恩恵を感じ、命の根元を知り、地球に生きる生命体の一員として連鎖と相互関係を学び、平和共存や地球環境保護など、みんなで、この世を極楽浄土にせなあかん!お経を読むだけの勤行だけでなく、お釈迦様の説かれた本来の今を生きる仏道を学び・理解し・実践せなあかん!世界の子供達の幸せを願って、なんとかせなあかん!」と、毎年、毎回、幼稚園巡回公演で園児と共に音楽をする度に、思いがはせめぐる困った初老の音楽のお兄さん「お寺座の怪人CBの和尚」でした。

  合掌             2008.11/18.19

 

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