国際宗教音楽研究所

声明、ご詠歌、和讃、佛教聖歌、

グレゴリア聖歌、オラトリオ、カンタータ、メサイア、賛美歌等、
世界に伝承される、新旧の典礼音楽の比較研究と演奏を行っている。

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プログラムノートの1例

時空を超えて東西典礼音楽の融合と再会
天台声明V.Sグレゴリア聖歌
長谷川(悟)慶悟指揮 天台フィルハーモニー管弦楽団&合唱団

 中央アジアに芽生えた古代文明は長い歴史を経て、宗教儀式の典礼音楽が育まれ、インド原始仏教の母胎(バラモン教)の儀式音楽と密接な関係を持ちながら独自の発展を遂げた。それは、また、アレクサンダー大王の東征によって、ヘレニズム文化と接触し、原始仏教自体がヘレニズム文化圏のユダヤ教・新興キリスト教など種々の異質文化と交流・融合を繰り返し、西洋のキリスト教典礼音楽「グレゴリア聖歌」に匹敵する、東洋の仏教音楽「声明」が中央アジアを経て中国大陸に入り、今からおよそ1300年前よりシルクロードの東の終着点、当時の日本の中心地である平城京に至った。

 西暦752年東大寺大仏殿の落成式典(奈良の大仏開眼供養会)の記録にはインドを始め、アジアの僧侶、中国唐朝の僧侶、管弦楽団、舞楽団など内外の出仕者は一万人を超え、声明のみならず、様々な音楽や舞楽が奉納されたと、当時、アジア最大のイベントとして古文献に記されている。

 西暦804年、天台宗の開祖最澄と真言宗の開祖空海が唐に留学して以来、声明の新しい時代を迎え、この時期より日本に入った儀式音楽がほぼ忠実に現在まで伝えられていることは、全世界的にも実に興味深く、貴重な人類の財産であると言っても過言ではないであろう。西暦980年以降、天台、真言の声明の交流は、近年まで記録には認められないが、現在になって、宮内庁に残る典礼音楽に属する雅楽を含め、天台、真言、他宗派の各声明を、盛んに当時の原型に復活する試みを始めている。しかし、世界的にも他の中世時期の典礼音楽がそのオリジナリティーを現在に残さないのとは対照的に、天台声明は1200年の伝統を現在に忠実に伝え、また、洗練された独自の発展も遂げた事に、西のグレゴリア聖歌に匹敵する音楽的内容の深さを発見するのである。

 ここに、比較音楽論としては、現存する文献の研究にまだ未知の領域が多いが、声明とグレゴリア聖歌の共通する諸点が以下のようにいくつかある事を確認しておきたい。

(1)記譜法は共にネウマNeumaの様式に匹敵する。

(2)原則として男性合唱曲である。

(3)主として小節にとらわれず自由なリズムの展開による。

(4)原型は単旋律(モノフォニック)の合唱曲である。

(5)原語のアクセントに忠実な叙唱風なものと単純な詠唱風な二種類に区分される。

以上の諸点で、(1)記譜法に関しては、声明は現在でも僧侶による典礼音楽ではネウマを使用しているのに反し、グレゴリア聖歌では、これより発達した五線譜による近代記譜法に元づく相違点がある。

 とにかく、声明は、グレゴリア聖歌と比較される世界で最も古い典礼音楽に属するが、残念なことに、発祥地のインド、及び経由地の南洋諸島、中国、チベットにおいては、仏教の衰退に伴い、声明の伝統は失われ、唯一、現在の日本にその原型を見い出されることは地球文明の歴史的にも、実に貴重な財産であり、様々な条件の元に残った、人類の祈りの原点の再発見につながるのではなかろうか。

 古代当時より中世まで、パスポートやビザ無く自由に人類が東西を活発に往来し、果てしない文化と文明、そして、宗教的典礼音楽の融合と発展を遂げた。これら歴史的事実は、未来につながるロマンとして、現在社会に生きる我々は見逃すことは出来ない。

 そして何よりも、世界平和、宇宙規模の地球環境保護、全ての生命の共存の為に、祈りは音楽によって太古の昔より営まれた。古代人が現在社会に伝える大宇宙よりのメッセージの証しとして、この純粋なる営みを、今一度、全人類が受け止めなくてはならない時代なのかも知れない。

今世紀末に当たる現在、時空を超えてここに再び、声明・グレゴリア聖歌と近代のインターナショナルなオーケストラと共演を試み、東西典礼音楽の再会を計るものである。

記1996年8月12日


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