古文書や書簡は、歴史上の出来事を側面から検証し事実か否かを推論する上で
重要な手掛りを与えてくれる資料です。史実と資料を突き合わせ精査すること
が歴史研究の基本ですが、資料の持つ重要性は単にそれだけに止まりません。
なぜなら資料それ自体が日本人のIdentityを示す源泉に他ならないからです。


今川義元所領安堵状(692番)

天文二十三年十月十四日 33.2×74.5 竪紙
 本光寺殿
 治部大輔(今川義元)(花押)


老中奉書(457番)

寛文三年二月十九日 56.4×40.8 折紙
 松平主殿頭(忠房)殿
 阿部豊後守忠秋(花押)・稲葉美濃守正則(花押)・酒井雅楽頭忠清(花押)
(封紙)阿部豊後守忠秋・稲葉美濃守正則・酒井雅楽頭忠清 松平主殿頭(忠房)殿


新院女院御所作事御絵代銀皆済手形(359番)

寛文七年五月五日 32.0×34.8 切紙
 狩野探幽 怐@松平主殿頭様御下奉行衆中




箱入御書籍題帳(1502番)

         32.8×24.0 書冊



織田信長書状(614番)

この書状は織田信長が徳川家康に宛てたもので、甲斐の武田信玄対策を協議した内容となっている。
日付は元亀3年(1572)10月22日と記されており、その約一ヶ月後、家康は三方ヶ原の合戦において武田信玄の軍勢に破れたのである。 尚、江戸時代に、この書状を珍品として寸借した大老の借用状も同時に残っている。
十月二十二日(元亀3年) 27.2×43.1 折紙
 三河守(徳川家康)殿
 信 長(花押)


このページは、文化庁補助事業・平成六年度重要文化財調査報告書
(島原市本光寺所蔵古文書調査報告書)に基づいて作成しました。

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