チェリと朝比奈

last modified at 1998.08.08

初出 : 音楽現代 (1998.02)

高2の春、何気なくTVを点けたのがきっかけだった。 当時(今でも)知識も経験も無いくせに生意気な餓鬼だったものだから、毎週のNHK-FMの「現代の音楽」だけを楽しみにし、戦前の音楽はつまらなく、存在意義が無いとさえ思っていた。 だから、「なんだ、展覧会の絵か」と思ったのだけれど、何故か最後まで聴いてしまった。 今、見返すと、アンコールの腰振りダンスや壮絶なプロコフィエフの印象の方が強い。 ただ、当時の記憶だけを純粋に辿ると、展覧会の絵の記憶しか無い。 何故、展覧会の絵なんかに(当時の私見なのだから、ムソルグスキ・ファンは噛み付かない様に)惹かれてしまったのか? その疑問が、チェリの音を積極的に聴こうとするきっかけだった。

当時は、年に1〜2回はFM放送で聴く事が出来た。 Stuttgart時代の録音は、どれも聴き終えた後、後頭部に鈍く痛みを感じる様な疲れが残った。 ちょっと硬めの本を読み終えた時の様な満足感の有る疲れが魅力だった。物理的には、速度なり音量なりの制御の絶妙さが、聴き手の集中力を刺激したのだろう。 この時代の実演に接する事が出来なかったのは、只ひたすら口惜しい。

僕が最後に聴くことが出来た演奏会だからと言うのも勿論あるが、1996年01月のベートーヴェンの交響曲3番が未だ忘れられない。 葬送行進曲の荘厳さもそうだが、特に第4楽章。 序奏のフェルマータの後、ピチカートで浮かび上がる主題の最初の4つの音(Eb↑Bb↓Bb↑Eb)の支配が印象的だった。 丁度、小さな石を積み重ねて作った大聖堂の様な音楽だった。 微視的に聴けば、どの瞬間もあの4つの音が支配していた。 4つの音が、弦や管に移ろう様は、音響的にも視覚的にも立体的だった。 最終日の演奏は既に現地で放送されたが、録音を聴いても、「違う、あの時は、こんな音じゃ無かった」という思いが付きまとう。 チェリ自身録音に否定的だったが、少なくとも、あの時の演奏は、チェリの音楽自体が録音を拒否している様に思えてならない。 2日目のマチネは、特に壮大な建築物を連想させるフィナーレだった。 終演後、「あれって、まるで、ブルックナの交響曲5番だよね?」と興奮して話す僕に、「まぁ、普通はバッハと言う所ですが」と知人達は条件付きながらも同意したのだから、間違い無く他人の耳にも、ブルックナの5番が聴こえていたのだろう。

ブルックナの5番と言えば、僕がこれまで聴いた僅か3回の朝比奈の内、2回がそうだった。 彼の5番は、素直に金管を鳴らそうとするフィナーレが心地好かった。 パウゼさえ丹念に拍を数える指揮ぶりに実直さを感じたのかもしれないが。 妙な小細工が露骨に見える演奏に比べれば、遥かに好感の持てる演奏だった。 (どうせ小細工するなら、Eschenbach位のことはやって欲しい。 10月に聴いたマーラーの1番は本当に愉快だった。 瞬間瞬間の効果しか考えていないのでは無いかとしか思えない棒も、あそこまでしつこくやってくれたら納得する。) ただ、こういう言い方は不遜かもしれないが、朝比奈の音は、僕が創造出来るブルックナの範囲の中で、最高の響きだった。 勿論、予想通りの音楽であっても、それを最高の物に仕上げてくれるのだから、十分尊敬出来るのだが。

チェリの演奏会では、例えその曲を何度聴いた経験があっても、全く新しい曲を聴きに来た様な楽しみが有った。 予想もしなかった切り口で、(多数決の論理なら「異端」なのだが)本当はこういう音楽だったのだと思い知らされる。 次は、どの曲を「発見」することが出来るのか、そういうワクワクした気持ちを失って久しい。


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