[2-Geki]  2劇通信・幕の内タケ第12号 2000年(平成12年)9月1日

  劇と舞台とAI・HALL あと二十七日



 「2劇の舞台のことについて書け」といわれて、名誉の困惑・・・。まあ何故こんな原稿を必要とされるかというと、今回久しぶりのAI・HALL、2劇は過去3回AI・HALLで公演をおこなっているわけですが3回とも労力も費用もかかる舞台を組んだんですね。

 1回目は「HOT SPOT」の移動式のトンネル。このコンセプトは秀逸だったので後にOMSでやった「流された」でもやりました。2回目は「伝導犬ヨタ」、STUDIO3−10という造型屋さんを舞台美術にお迎えして、イントレ(注:工事用の足場とか組んでるパイプ状のものです。「ビティ」とも呼ばれます。)でローマのコロシアムの如く円形の客席を組み、その中央には4トンの砂を敷き詰めました。そして3回目は「HALFBITTER STREET(再演)」、またまたSTUDIO3−10をお迎えし、そいでまたまた円形舞台で中央はFRP製のドーム、そして周りを囲む客席は千里の山で刈ってきた竹でできたパオ。

 それにオレンジルームでの「WOLFEN」とか「伝導犬ヨタ」東京公演とかあって、当時(10年ほど前ですが)入りたての私は青春のすべてを2劇に捧げるはめになったわけです。おかげでその後どれだけ苦しんだか

 当時の2劇の舞台というのはたとえていえば、アポロのような3段型ロケットの1段目ロケットみたいなものでしょうか。2段目は脚本それに音効と照明、司令船に役者が搭乗していて管制塔で制作が指揮している、てのが2劇の構造ですかね。とにかくこの1段目ロケットは凄い馬力だったんですが、一方では新たな推力となるべく切り離されても糸で繋がってるかのようにいつまでもついてくる「水切れの悪い洗濯物」でもありました。

 今ではちょっと性格がかわってしまったのですが、今回は久しぶりに発射台に乗せようかとおもったもんでこんなものを書いてる次第。***万枚の1円玉とか、*千枚の瓦とか用意してます。感動のシーン、泪のシーンあるでしょう。期待して頂いて結構です。おおころびに転げて大爆発しないと思いま・・・す。

こんなことを書いてるわりにはなぜかSTAFFに名前の載ってない森脇健一郎より最後に一言、

是非是非、御来場くださいませ。




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