2002年2月号


 当編集部と提携関係にある(有)橿原工務店がこの度、電熱を用いて無機物同士の会話を録音する、珍なる機器を発明した。その内容の一部をここに掲載する。


 A 味付海苔  B 焼海苔

 録音地 ………… 都内スーパー


A  いいからつけろ!
B  つけない
A  つけろって
B  つけない
A  そう言わずにつけてみろ
B  いやだ!
A  おまえも頑固だな
B  味をつけたら、ずっと味付海苔じゃないか
A  まあ、そうだけど
B  そんなのいやだ
A  どうしてそんなに嫌がるんだ
B  父ちゃんこそ、どうして味付海苔になんかなったんだよ
A  なんかとはなんだ、なんかとは
B  焼海苔こそ本来の姿だろ
A  うちは代々、味付海苔なんだ
B  家を継ぐなんてまっぴらだ
A  俺も昔、同じことを親父に怒鳴ったよ
B  おじいちゃんに?
A  ああ
B  それで?
A  同じように口ごたえもしたし、家出もした
B  うん
A  そんなある日の夜…
B  どうしたの
A  寝てる間にしょうゆを塗られた
B  だまし討ちかよ!
A  まあな
B  そんな呪われた家系、継ぐもんか
A  まあ、ちょっと落ち着いて話を聞け
B  なんだよ
A  最初はな、俺もかなり怒ったよ
B  だろうね
A  寝てる間にさ、どうもヒタヒタ音がするんだよ
B  その音で起きろよ
A  で、ちょっと体がかゆいな、と思って目が覚めたら…
B  覚めたら?
A  もう、俺は味付海苔になっていた
B  落ち着いて聞いても、同じ話じゃないか
A  どうやら、前の日の晩ごはんに睡眠薬が入っていたらしい
B  計画的な犯行だな…
A  あれから一週間は、自殺まで考えた
B  ふうん
A  海へ身を投げようかとも思ったよ
B  もともと住んでた所だけどね
A  そうすれば、普通の海苔に戻れるかと
B  それで、どうしたの
A  ま、悩んでるうちに乾いてきてさあ
B  なんだそれ
A  味付海苔も悪くないかなって
B  ちっとも説得力ないじゃん
A  ないかな?
B  ないよ
A  じゃ、どうすればいいんだ
B  もっと味付海苔のいいところってないの
A  そうだな、スラッとした体になれるぞ
B  別になりたくないよ
A  味付海苔の方が子供に人気だぞ
B  そうだけど
A  いいから味付海苔になれ
B  いや、でも
A  なんだ
B  焼海苔だって人気あるだろ
A  それはちょっと言わせてもらうぞ!
B  すごい勢いで反撃してきたな
A  その半分以上は、味付海苔のおかげだ
B  どうして
A  おまえ、コーヒー知ってるか
B  知ってるよ
A  子供の頃は苦くて、ミルクと砂糖なしでは飲めないだろ
B  うん
A  それが大人になると、平気でブラックを飲んだりする
B  まあね
A  カップ片手に「ブラックに限る」とポーズを決めてみたりする
B  まあ、そういう人もいるね
A  カフェオレ飲んでるやつを、いきなり殴ったりする
B  そんな人はいないでしょ
A  海苔も一緒だ
B  どこが?
A  つまり、焼海苔はブラックコーヒーだ
B  すごい飛躍だな
A  まず、子供たちにたくさん味付海苔を食べてもらう
B  うん
A  そして彼らが大きくなって…
B  大きくなって?
A  ある日、焼海苔と出会う
B  そんなに特別な日か
A  こうして大人への階段を一歩踏み出すわけだ
B  やけに小さな一歩だな
A  それに気づいたとき、俺は目が覚めた
B  なるほど
A  ああ、味付海苔って、いい仕事じゃないかって
B  そうかもしれないな
A  じゃ、塗るぞ
B  ちょ、ちょっと待って
A  どうした
B  まだ、心の準備が…
A  ごめん、塗っちゃった
B  おい!(以下無音)




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 発行/カクシゴト 編集長/かくたかひろ
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