2001年2月号
当編集部と提携関係にある(有)橿原工務店がこの度、電熱を用いて無機物同士の会話を録音する、珍なる機器を発明した。その内容の一部をここに掲載する。
A 吊り革 B 手すり
録音地 ………… 某私鉄車両
A いい天気だな
B おい
A どこか行きたいな
B おい
A 何だ
B 目の前をゆらゆら横切るな
A しょうがないだろ。走行中なんだから
B もう少し止まる努力しろ
A 無茶言うなよ
B だらしないやつだな
A この揺れが、俺のいいところなんだぞ
B そうか
A ブレーキかかった時、クッションになるだろ
B そうかな
A 何だよ
B 俺は、その余裕こそ命取りだと思うね
A どうして
B 踏ん張りがきかないだろうが
A そんなことないよ
B 子供やばあちゃんには届かないし
A それは認めるけど
B そんな時、この手すりの偉大さがわかるだろ
A でも、アナウンスを聞いてよ
B アナウンス?
A 吊り革や手すりにお捕まりください、って言うだろ
B ああ
A つまり、吊り革の方が優先的に提案されてるってことさ
B おまえはまだまだ甘いなあ
A 何だよ
B あとから紹介される方が頼られてるの
A どうして
B おまえだけじゃ足りないから、俺もコメントされてるんじゃないか
A それはあくまでも補完的な役割だろ
B 手すりからぶら下がってるくせに、偉そうに言うな
A う
B 広告なんかつけられやがって
A 役に立ってるんだから、別にいいだろ
B 俺が役に立ってないってのか
A そんなこと言ってないよ
B じゃ、はっきり勝負つけよう
A どうやって?
B 次の駅で乗ってきた客がどっちを選ぶか
A ほう。それはおもしろいね
B 幸い座席はすべて埋まってるからな
A まもなく着くぞ
B ドアが開いた
A あ
B 親子連れだ
A お母さんは吊り革か
B 子供は手すりだ
A 勝負は次の駅までお預けだな
B いや、待て
A どうした
B 向こうのドアから乗ってきたばあちゃんは手すりだぞ
A ちくしょう、ばあちゃんの背がもっと高ければ…
B ははははは、俺の勝ちだ
A あ
B ん?
A ちょっと待て
B 何だよ
A 前にいる若者が席を譲るぞ
B う
A よし、吊り革だ!
B くそう、今どきの若者が珍しいことしやがって
A 逆転勝ちだな
B いや、異議あり
A 何だね、手すり君
B あの若者は、この駅で乗ってきた客じゃないだろ
A まあ、そうだな
B ルール上は俺の勝ちだ
A いや、俺の勝ちだ
B 少なくとも引き分けにすべきだ
A わかったよ、次の駅でもう一回勝負しよう
B おう
A さあ着いた
B たくさん乗ってきたな
A 1、2、3、4、5、6、7
B 1、2、3、4、5、6、7
A またしても同点か
B そうだ
A ん?
B 目の前にいるサラリーマンで決めよう
A どうやって
B 1人はおまえ、1人は俺を持ってるな
A ああ
B もうすぐ、急なカーブにさしかかるだろ
A そうだな
B そこでよろけたダメージが大きい方が負け
A ほほう、なるほど
B この2人、年齢や体格も同じぐらいだし
A よし、その賭けのった
B うわ
A うわわわわ
B 何だ、この急ブレーキ
A いててててて、ちぎれるちぎれる!
B おい、乗客が一人残らず倒れたぞ
A ううむ、またしても引き分けか
B そんなことより事故を心配しろ(以下無音)
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発行/カクシゴト 編集長/かくたかひろ
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