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 当編集部と提携関係にある(有)橿原工務店がこの度、電熱を用いて無機物同士の会話を録音する、珍なる機器を発明した。その内容の一部をここに掲載する。


 A 電卓「1」のボタン  B 電卓「√」のボタン

 録音地 ………… 都内ディスカウントストア


A  暇だねえ
B  ああ
A  暑いねえ
B  ああ
A  どうしたの。調子悪いの
B  調子悪いも何も、まだ使ってもらえてないじゃん
A  あ、そうか
B  真剣に悩んでるんだけどさ
A  何を?
B  俺たち、ちゃんと買ってもらえるのかな
A  またその話かい
B  だってさ、電卓なんてそうは壊れないだろ
A  そうだね
B  壊れやすいところがないもん
A  パネルが割れるとか
B  可能性はあるけど…
A  水浸しになるとか
B  うん、それはありそうだな
A  ジュースこぼしたりさ
B  お茶こぼしたり
A  冷し中華のつゆとか
B  どんな状況で使ってるんだ
A  今、何杯目か計算しようと思って
B  わんこそばじゃないんだよ。計算しなくても覚えてるだろ
A  そう怒るな
B  でもこれがカード電卓だったとしたら、やっぱり壊れない
A  内部に水が入らないもんね
B  とにかく俺は、こんなに品を揃えてどうすんだ、と思ってるわけ
A  うん、それは同意見だ
B  この店だけでいくつ仲間がいると思う
A  いくつかな
B  俺たちがいる売場に50、在庫が70だ
A  そんなに?
B  さらにディスカウントストアもたくさんあるだろ
A  そうだね
B  もう日本全国で何十万という電卓が余ってるわけだ
A  な、なるほど
B  いくら安くしてもさあ、売れる数には限度があるよ
A  一家に二つなくてもいいもんなあ
B  そうそう、それ。それが言いたかったんだ
A  テレビならそういう需要もあるけど
B  部屋ごとに電卓とか、娘専用のとか聞いたことないだろ
A  うん
B  うちの子供は部屋にこもって電卓ばかり、というのも聞いたことないだろ
A  ゲームならわかるけどね
B  そういやあ、あったな。ゲーム電卓
A  あったあった
B  最後の方なんかボクシングゲームをつけたおかげで、パネルがほとんどボクシングなの
A  そうそう。ちょっとだけ流行ったけどね
B  …何の話だっけ
A  売れる数には限度があるって話
B  思い出した。しかもなかなか壊れない
A  あまり長持ちされても困るよな
B  こうなるとこれからは、計算以外のことができないとだめだよ
A  そう?
B  キーを押すとツボを刺激して肩のこりが取れるとか
A  それいいね。もっともあんまり押されると僕たちは疲れる
B  脇に挟むと温度が出るとか
A  ああ、体温計ね。蒸れるだろうな
B  投げたら帰ってくるとか
A  ブーメラン?
B  デザインも似たようなものばかりだし
A  確かにね
B  もっと工夫が欲しいよ。こんな事務机にぴったりのボディじゃいやだ
A  最近はおしゃれな電卓も売ってるらしいしね
B  え
A  聞いた話だけど
B  どこに?
A  雑貨屋とか
B  そうなのか。OLなんかはそっちを買うんだろうな
A  いやいやまいったね。ははは
B  こんな風に山積みにされちゃあ、冴えないよ
A  ディスカウントストアだからね。僕たちのターゲットはお父さんとかお母さんかな
B  ちょっと聞くけど、最近の主婦は家計簿をつけてるのかね
A  どうだろう
B  まあ、百歩譲ってつけてるとしてもだ
A  うん
B  おまえはいいよ。「1」だもん
A  それがどうしたの?
B  日常生活に「√」って必要か?
A  正面切って聞かれると返事に困るな
B  俺、たぶん一番押されないボタンだと思う
A  そんなことないよ
B  どこの家庭で「√」使うやつがいるんだ
A  荒れてるなあ
B  子供に「お小遣い√200円ね」って言うと思うか
A  言わないだろうね
B  ご主人に「今月あと√2500円しかなくてピンチなの」って言うか?
A  50円しか残ってない家庭もどうかと思うけど
B  何かこう、やる気の出ないポジションなんだよね
A  そうかい
B  …「8」とかもやらせてくれないかな
A  どっち押したらいいのかわからなくなるだろ
B  おまえにも「6」をやらせてやる
A  別にいいよ
B  じゃあ俺と変わってくれ
A  急に言われても…
B  ああ、たくさん押されたい(以下無音)




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 発行/カクシゴト 編集長/かくたかひろ
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