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当編集部と提携関係にある(有)橿原工務店がこの度、電熱を用いて無機物同士の会話を録音する、珍なる機器を発明した。その内容の一部をここに掲載する。
A スギ B スギ花粉
録音地 ………… 高尾山山中
A 反対です
B どうして
A お母さんは絶対反対ですよ
B いや、僕は東京へ行く
A どうしてそんなこと言うの
B こんな田舎にいたってしょうがない
A そんなこと言わないで
B もう決めたんだ
A 行ってもどうせ迷惑がられるだけよ
B だいたい人間の方が敏感すぎるんだ
A そうだけど
B こっちは前から飛んでたんだよ
A まあ、そうね
B 急にくしゃみしだしたのは向こうだろ
A 何でもそうとう大変らしいわよ
B だってね
A ひどいと、もう仕事とか手につかないって
B そうなの
A マスクする人も多いのよ
B そこまで嫌われてるの
A そうよ。だからあなたはここにいなさい
B いやだ
A お父さんの跡を継ぎなさい
B 僕は家具になんかならないぞ
A おまえのお父さんは立派なタンスになったのよ
B タンスか何か知らないけど、結局利用されてるだけじゃないか
A 何てこと言うの。お父さんに謝りなさい
B いやだ
A 東京に行って何するの
B 社会勉強だよ
A え
B どうしてサクラばっかり人気あるのかとか
A そりゃ、木の中でも別格だからね
B 春になると人間が集まって、サクラの下でお酒飲むって本当?
A 本当よ
B どうして
A どうしてって言われても…。昔からそうなの
B それ、楽しいの
A ずいぶん楽しいみたいよ。毎年、新入社員が場所取りで大変なんですって
B あ、そう
A あと、課長がおなかに顔書いたりとか
B 何で僕たちの周りには来ないの
A やっぱりスター性がないのかしらね
B 不公平だ
A そうかしら
B こっちは普段、山の中で静かに暮らしてるんだよ
A そうね
B 寂しい毎日だよ。たまに人が来たと思ったら切られるし
A そうよね。お母さんと一緒に植林されたクラスメイトは、もう数えるぐらいだわ
B だったら春の間ぐらい、にぎやかな東京に行ってもかまわないだろ
A 気持ちはわかります。でもね
B もういいよ。行ってくる
A …ちょっと待ちなさい
B 何だよ
A あなた一人で行くんでしょうね
B あ、ああ
A 嘘おっしゃい。お母さんの目はごまかせませんよ
B 何のこと
A しらばっくれるんじゃありません。彼女と一緒に行くんでしょ
B 違うよ
A あのね、彼女はヒノキなのよ
B わかってる
A わかってないじゃないの。結婚できないのよ
B 新種が生まれるかもしれないだろ
A そんな中途半端な材質じゃ、立派な家具にはなれないわ
B だからなりたくないんだよ
A よく考えなさい。あなたのうらやむサクラなんて、一年中雨ざらしよ
B それがどうした
A 家具っていいわよ。冷暖房完備でしょ。それにうまくいったら長く大事にしてもらえるし
B それはそうだけど
A 春のスギ・ヒノキのカップルなんて風当たり強いわよ。人間で言えば船田元と畑恵みたいなもんよ
B う
A いたずらに花粉指数を増やすようなことはやめて、おとなしくしてなさい
B わかったよ。そこまで言うんなら、本当のことを話すよ
A 何よ、改まって
B 実はさ…、僕、東京へ行ってお父さんに会いたいんだ
A え?
B 生まれてから一度も会ったことのないお父さんに一目会いたくて
A そ、そうだったの
B 確か、タンスになって東京にいるって言ってたよね
A え、ええ
B どこにいるの?
A え、ええと
B ねえ、どこ?
A あ、あのね、新宿かな
B 新宿のどこ?
A え、ええとね、新宿の、渋谷に
B 別の場所じゃないか
A あ、そう?
B もしかして…
A 何よ
B お父さんが家具になったなんて嘘なんだね
A そ、そんなことありませんよ。お父さんは立派な…
B 本当にタンスなの?
A あのね、冷静に聞いてちょうだい
B うん
A 実はわりばしなの
B え、使い捨て!?(以下無音)
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発行/カクシゴト 編集長/かくたかひろ
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