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 当編集部と提携関係にある(有)橿原工務店がこの度、電熱を用いて無機物同士の会話を録音する、珍なる機器を発明した。その内容の一部をここに掲載する。


 A 石鹸  B 新しい石鹸

 録音地 ………… 都内会社員アパート


A  ちょっと重いな
B  すいません
A  そろそろ来ると思ってたよ
B  新人です
A  俺も昔は、こんなにまるまると太ってたんだなあ
B  そうですか
A  そりゃそうだよ。今じゃあ、こんなに痩せちまったけど
B  どれぐらい前です?
A  3カ月ぐらいかな
B  そうか…。じゃあ、僕の寿命もそれぐらいですね
A  あいつ、よく手洗うんだよ
B  そうなんですか
A  汚れてないときにこすられると、何していいのかわかんなくなるね
B  きれい好きなんですね
A  あそこまで行くと潔癖性だ
B  はあ
A  いい匂いだねえ
B  キンモクセイの香りです
A  そうかそうか
B  ちょ、ちょっと何するんですか
A  え? くっつこうと思って
B  やめて下さい
A  何だよ。それが先輩に対して言う言葉か
B  うわ、怒った
A  俺なんて、軽いもんだろ。いいじゃないか
B  だって
A  もう、こうするしか生き残る手段はないんだ
B  放して下さい
A  いいや、放さん。おまえにしがみつかせてもらう
B  やめて
A  俺と合体することによって、おまえの寿命も延びるんだぞ
B  え?
A  よく考えてみろよ。自分の体重が増えるんだぞ
B  な、なるほど
A  だからいいじゃないか
B  でも
A  何だ
B  あの…。抵抗あるんですよね
A  どうして
B  メーカーも違うし
A  そうだけど
B  匂いも全然違うし
A  そうだけど
B  先輩のそれ、何の匂いです?
A  アロエだよ
B  そんな面影、どこにもありませんよ
A  何だよ。臭いのか
B  そこまでは言ってませんけど
A  言ってるじゃないか
B  誤解です
A  おまえも3カ月したら、俺の気持ちが痛いほどわかるよ
B  はあ
A  もう、体が乾いてきてるんだよ。縦に筋が入って、割れそうだろ?
B  はい
A  これ以上パサパサになるとさ、もう無理なんだよ。くっつくの
B  それはわかります
A  これがラストチャンスなんだ。この数日、俺は恐怖の連続だった
B  恐怖?
A  使われるたびに、洗面台に落とされそうで
B  ははあ
A  この大きさで落とされたら、排水溝に挟まるからね
B  恐いなあ
A  挟まったら、あとはユーザーの手先に頼るしかない
B  どういうことですか?
A  取ってもらうんだよ。排水溝から
B  ああ、なるほど
A  その時、2つにでも割れようものなら終わりだね
B  終わりですか
A  捨てられるか、排水溝に押し込まれるか…。悲しい最期だ
B  そうなんですか…
A  あいつ不器用だから、絶対うまく取れないよ。ガンダムのプラモデル、ちゃんとできたことないらしいぞ
B  それは致命的ですね
A  あと、ガンダム見たことないらしい
B  それは不器用とは違うと思うけど
A  お願いだ。助けてくれ
B  わかりました
A  え
B  僕にくっついて下さい
A  本当か
B  明日は我が身ですから
A  ありがとう、この恩は一生忘れないよ。もう短いけど
B  そんなこと言わないで下さい
A  よし、準備完了
B  あとは使ってもらって、僕が溶け出せばいいんですね
A  そうそう
B  あれ?
A  どうした
B  あの人、何か買ってきてますよ
A  何だろう
B  あ、ポンプタイプの!
A  石鹸界の風雲児!
B  あんなのダメですよね
A  そうだよ。第一、最後まで使い切れないし
B  でも、あっちばっかり使ってる
A  いいじゃないか。それだけこちらの寿命が延びるんだから
B  でも、なんだか寂しい気持ちです
A  そうか
B  このまま乾いたら、やだなあ(以下無音)




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 発行/カクシゴト 編集長/かくたかひろ
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