別冊






 

 あな区


 この区はなぜか穴だらけだ。マンホールのふたも開けっ放しである。
 10年に一度掃除されるが、前回は肉まん、ファミコンのジャイロセット、吉田さんなどが出てきたという記録が残っている。
 ちなみに次の掃除は来年だが、吉田さんは3年前から行方不明。
 水道管にも穴が開いている。胃潰瘍になると補助金が出て、十二指腸潰瘍は名誉区民になれる。
 面積18.2平方キロメートル、人口748人。




 

 犬死に区


 閑静な住宅が立ち並ぶ、ここ犬死に区。その名前は、あの関ヶ原の戦いにおいて周囲の止める声も聞かず敵陣に一人で突進した驚異の足軽、田上清兵衛の出身地であることに由来している。
 よってここでは、意味のある死に方は歓迎されない。
 人助けで自ら命を落とすなどもってのほか。共感も得られないばかりか、墓を作ってもらえない。下手をするとまだ生きてることにされてしまうので、戸籍上は500歳の区民も存在する。
 そんな犬死に区に、このたびミニFMが開局した。その名も「犬死にラジオ」。
 毎日3時間の放送は、いかに無駄にこの世を終えるかという情報であふれている。
 面積2.8平方キロメートル、人口1040人。




 

 キザ区


 隅田川のすそ野に広がるここキザ区は、日本でも指折りの花屋密集地域である。その売り上げの9割がバラの花束。
 区内には65カ所の港があり、そのすべての港において煙が目にしみる。
 西キザ駅から歩いて5分のキザ区立博物館には、細川俊之が愛用していたエナメルスーツやサングラス、葉巻などが展示されている。
 区民には「釣りはいらないよ」という習慣がついているので、500円硬貨より少額のお金は流通していない。ちなみにおつりをもらったら、その場で死刑。おつりを渡した方は、その死刑を見学。
 面積5.0平方キロメートル、人口3500人。




 

 毛区


 東京下町の中心に当たるここ毛区は、日本でも指折りの床屋密集地域である。区長はリーゼント。
 毎年9月に行われる枝毛コンテストでは、全国からの枝毛自慢が我こそは、と集結する。
 そして全員が輪になって他人の枝毛を切りまくり、暑い夏は幕を閉じるのである。
 さらに毎年10月にも全く同じ大会が行われるが、全員切ってしまったあとなので出場者はいない。
 面積4.0平方キロメートル、人口2000人。




 

 激辛区


 世田谷の南に位置するここ激辛区は、日本でも指折りのカレー屋密集地域である。店舗の23件に22件がカレー屋。しかもそれ以外の店は、すべてカレーうどん屋である。
 また、マスタードの配合やわさびの栽培などにも力を入れており、区の基幹産業となっている。
 住民のくちびるの厚さは国民平均を約6ミリ上回っている。トイレットペーパーはよりソフトなものが好まれる。
 窓口の係員に赤とうがらしを手渡すと、区民会館は無料で入ることができる。ただし会館の中は見渡す限りとうがらし畑が広がっており、遊ぶスペースはおろか足の踏み場もない。それでいて、ここは激辛区の住民たちでいつも満員。実がなったばかりの赤とうがらしをぱくぱく食べる彼らを見ていると、いささか気持ち悪い。
 面積6.0平方キロメートル、人口8000人。




 

 五十音順区


 ここ五十音順区では、かたくなに五十音順が守られている。
 一例を挙げれば、区民の住む家。驚くことに北から南へ五十音順に住んでいるのだ。
 よって引っ越して来た人の名前が五十音順で自分より前の場合は、南隣に一軒ずつずれねばならない。その光景は春の風物詩となっている。
 病院も、どんなに遅れて来ようが愛川さんは即、診察。
 逆に脇田さんや渡辺さん、ワレサ議長、ワンさんは待たされる。区内での彼らの寿命が極端に短いのは、致し方ないことである。
 面積19.1平方キロメートル、人口830人。




 

 テスト区


 世の中にこれから起こりうる現象の反応を見るため、様々な試験をするのがテスト区である。
 香港変換に伴う「一国二制度」の試験も、秘密の内に行われていた。
 具体的には区内で傘を共有化したが、店に置いてあるどんな傘も使えるというパラダイスが実現。年内には自転車も共有し、自転車泥棒は絶滅する予定だ。
 次回の計画は「平成」の次の元号の、親しみやすさを調べる試験。「うなぎ」「ジュテーム」「番長」などいくつかの案から、年明けにも絞り込まれるそうである。
 面積6.0平方キロメートル、人口4490人。




 

 地盤沈下区


 この区はどんどん沈んでいて、8階建ての建物も気がつくと2階建てになっているほどである。
 この事態に対応するため、江戸時代からまさに「屋上屋を架す」工事が続けられている。24時間休むことなく土が運び込まれ、現場監督は307代目。
 その終わりのない作業に従事しているため、ほとんどの区民はゆっくり休むことができない。休んでいるのは現場監督だけである。
 面積20.1平方キロメートル、人口130人。




 

 姉妹区


 姉妹区にはそれほど特筆すべき特徴はない。ただ、世界中のあらゆる都市と姉妹都市になろうとしている。
 そのためにはあらゆる努力を惜しまない、と区長は断言している。どうやら一人っ子だった区長の淋しい少年時代がそうさせているらしい。
 ただし失敗もある。この間などはロンドンと姉妹都市になろうとして『エッフェル塔まんじゅう』を作ったが、それはパリだった。人に言われるまで気がつかず、がむしゃらに突き進んだようだ。
 とりあえず『エッフェル塔まんじゅう』は、事情をよく知らない観光客に売れている。
 最終的には世界のすべての都市と姉妹関係を結び、その末っ子になって甘える計画。
 面積6.6平方キロメートル、人口5120人。




 

 自慢区


 埼玉への玄関口にあたるここ自慢区では、とにかく自慢することが一番のコミュニケーションだ。
 自分の夫や妻、子供はもちろんだが、さらにすごいのは他人の所有物をも自慢できることである。
 この習慣により、いくら自分の息子が立派だろうが、先に他人に自慢されたらそれは向こうの手柄になってしまう。そのときの悔しさとショックは、かなり大きい。外出の際は注意が必要だ。
 そして自慢区民の一番の自慢は、区を南北に流れる自慢川である。
 この自慢川、スイッチ一つで川の水が逆流する。
 今ではどちらが川下か、区に住む長老も首をかしげるばかりである。
 面積3.0平方キロメートル、人口1500人。




 

 戦国区


 この区にはいまだ区議会はなく、代々伝わる「金色の椀」を持つ者が区長として君臨し、区内の政治・経済のすべてを掌握している。
 考えようによっては区民の誰もが区長になれるチャンスがある。今日も血みどろの争いが繰り広げられているが、それによる殺戮、略奪は罪に問われない。
 「金色の椀」には秘められた謎が多く、代々伝わるくせにプラスチック製だったり、そもそも青い。不思議だ。
 面積10.5平方キロメートル、人口7410人。




 

 田区


 田区は、その名の通り区内の95%が田んぼである。
 このあたりは特別な土のおかげで、収穫された米がめちゃめちゃうまいのだ。
 江戸時代にこの界隈に住んでいた農民たちは耕地面積を少しでも増やそうと、まとまった場所に住み始めた。それから400年経った現在は区のど真ん中に125階建てのビルが建っていて、すべての住民がその中で生活している。
 ちなみにその米の味といったら、まるでウニかキャビアだ。ただし極度の糖分のため、食べたとたんに歯がとける。
 面積7.5平方キロメートル、人口5530人。




 

 ターザン区


 区の住民の半数以上がターザンである。
 街路樹や公園の木という木にはツルがぶら下がり、屈強な男たちがアーアーとうるさい。
 悩みの種はジェーンとなる女性の不足であり、取りあいになっている。正義の味方どうしなのに殴り合いになることも多い。あと、酸性雨の影響で木がもろくなっており、よく折れる。
 折れて落ちるのは彼らの勝手だが、他の住民がとにかく困るのは毎日毎日アーアーうるさいことだ。
 面積8.1平方キロメートル、人口258人。




 

 ダッシュ区


 区内を移動するときは、とにかくダッシュしなければならない。大変疲れる。
 その理由は、地面が異常に熱いからである。区全体がプールサイドのアスファルトのようだ。そして、少しじっと立っていると靴がとけ出す。
 原因はよくわからず、かなりの放射性物質に汚染されているとも言われるが、区長は正式な発表を避けている。上空からこの区を眺めると老若男女が全員走って行き来しているので、ビデオの早送りを見ているようでとても面白い。
 面積6.2平方キロメートル、人口4001人。




 

 超・緑区


 「今までの緑区はまだまだ甘い。5倍はすごいぞ、超・緑区」をキャッチフレーズに平成6年5月独立。
 区の敷地は大部分が公園とされているが、実はジャングル。見たこともない動物たちがうろうろ歩き回り、たぬきとハトの間にできた子や、かまきりと鈴木の間に産まれた子などが列をなしている。
 植物も独特の進化を続けており、度重なる優性遺伝のため、コケがしゃべる。
 面積3.4平方キロメートル、人口1800人。




 

 って言うか区


 優良な地元企業もなく、財政が常に逼迫していたこの区が今年の4月に導入した「って言うか税」は、その名の通り、「って言うか」と言った数だけ課される税である。
 導入に反対して区議会に乗り込んだ若者たちが、主張の際に「って言うか」を連発し、結局100万円取られて退散した、という痛快なエピソードはちょっといい話である。
 場当たり的な増税には批判も多いが、区長はこれに懲りずに「とりあえず税」を導入する予定。酒場で「とりあえずビール」と言った途端に1万円かかるとは、何ともうっとうしい。
 面積9.0平方キロメートル、人口12556人。




 

 出前区


 この街で売られているものは、なんでも出前してくれる。タンスもピアノも電話一本。
 しかし助かるようで、困った問題も起こっている。
 あまりにたくさんの配達が必要なため、区内の道路という道路が配達人でごった返しているのだ。一般の車は通行止め。
 配達人どうしの争いも絶えない。決着を付けるのに二日ぐらいかかる。調査では85%のうどんが届いたときに腐っていた。
 面積25.6平方キロメートル、人口920人。




 

 はじめて区


 誰にでも、はじめての時がある。そんな時はこのはじめて区に住むとよい。
 ここではありとあらゆる初心者が、すべてをお互い許しあって生活している。
 若葉マークのドライバーばかりのため、区内のガードレールに原型をとどめているものはない。当然、区内に停まっている車もほとんどが廃車同然である。
 人身事故もやはり多い。ところが肝心の警察も初心者のため、犯人はめったに捕まらない。
 さらに深刻なのは、ふぐ料理の店が異常に集中している事実である。
 値段は妙に安いが、店に入っていく客と出てくる客の数が合わないという、もっぱらの噂だ。
 面積7.6平方キロメートル、人口3648人。




 

 ハッピーエンド区


 ここハッピーエンド区では、すべてがハッピーエンドである。
 国内で発表された小説、ドラマなどはすべて検閲され、主人公の幸せのためにふさわしくない結末とみなされた場合は修正しなければならない。
 有名なところでは、井伏鱒二の『山椒魚』。
 区内の書店で売られている本では、蛙も山椒魚もあの狭い空間から脱出する。
 さらに山椒魚はヴィダルサスーンも顔負けのヘアデザイナーに成長し、世界を股にかける。
 蛙は暖かい家庭を築く。小さな幸せである。
 面積22.0平方キロメートル、人口870人。




 

 東って言うか区


 この区は、って言うか区の隣にあるだけで、他に特徴はない。
 だが、その東にあるかと思いきや、東って言うか、西にある。
 このわかりにくさのおかげで年に500人が迷子になる。そのうち100人程度が区役所に抗議するが、そのうちの2、3人は区役所でも迷子になる。
 って言うか区の東端には「東って言うか区は西です」という立て看板があり、そのまわりでは落胆した被害者たちが遠くを見つめている。
 面積13.6平方キロメートル、人口1533人。




 

 一人区


 この区にはもう、一人しか住んでいない。よって区長はその人。
 以前は栄えた街であったが、食中毒が蔓延して人口がどんどん減少してしまった。
 ちなみにその人は、当時区内で食中毒騒動を巻き起こした食堂の主人である。話を聞くと、その日に限ってカキフライ用のカキをよく洗わなかったそうだ。毎日洗ってほしかった、と筆者は思う。
 面積12.1平方キロメートル、人口1人。




 

 不届き区


 不届きと言っても、不届き者が多いのではない。郵便物が届かないのだ。
 区内は「荻野」「萩野」「荻原」「萩原」の名を持つ住民が8割を占め、さらにその住所には「己」「巳」「已」などの紛らわしい文字が並び、とてもじゃないが正確な配達は不可能である。
 間違って届いた配達物を正しく届けようとして、さらに間違えてしまうこともまれではない。ノイローゼになる郵便局員の数は、日本でトップクラス。
 面積5.2平方キロメートル、人口6029人。




 

 保存区


 保存区では、区を挙げて日本の文化を保存するための活動をしている。
 一つの家庭で、それぞれ一つのブームを保存することが義務づけられているのだ。区から指名を受けると、区民は自分の生活にそのブームを溶けこませなければならない。
 二丁目に住む杉本さんの家では、今でも毎日食卓にティラミスが並んでいる。
 「もう、やけくそで食ってますわ」。日に焼けた顔をほころばせながら、杉本さんは笑う。
 向かいの家のフラフープブームの保存を目の当たりにしているので、いささか救われるということだ。
 いったい自分がどのブームを保存することになるのか…。区民たちは、今日も眠れない夜を過ごしている。
 面積5.2平方キロメートル、人口7410人。




 

 レプリカ区


 見栄っ張りの区長が作った様々なレプリカが、所狭しと並んでいるここレプリカ区。
 大規模な地下鉄の駅も、隣の区にある地下鉄に乗ったレプリカ区長がうらやましいやら悔しいやらで、三日三晩ただただ掘りまくったもの。列車は走っていない。
 このように区内の施設は、ほとんどが機能していない偽物である。だが、国内のありとあらゆる建造物のレプリカが存在するのはすごいことだ。
 東京ドームのレプリカもあり、その中では偽物のジャイアンツが毎年135試合を消化する。
 東京ディズニーランドのレプリカでは、ミッキードッグがお出迎え。
 その代わり路上で売られているグッチやシャネルは、すべて本物。裏の裏は表という、何とも皮肉な話ではある。
 面積19.2平方キロメートル、人口750人。






表紙


 発行/カクシゴト 編集長/かくたかひろ
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