獅子身中の鬼子

今日まで世界各地で繁栄してた文明の衰退因を調べたらどこに原因があるのだろう。戦争や火山の爆発からペストの流行、イナゴの大発生から、伐採による森林破壊から土地の疲弊、水没、隕石の衝突まで色々なことを想像することができる。
どんな文明の衰退にも事実の重さがつきまとうのだろうが、「獅子身中の虫」のように見えることもなく静々と体を蝕んで文明を滅ぼすということもあるのだろうか。映画「タ-ミネ-タ-」が描いたようなロボットが人間を滅ぼすのならまだ分かりやすい。しかしある種「虚構」が文明を衰退させるとしたら。
そんなことを思うのも、最近「債権の証券化」という金融技術が未曾有の経済危機の原因となっているからだ。「債権の証券化」は貧困者をタ-ゲットにした「貧困ビジネス」を生みだし、世界的な経済危機と並行してその「虚構性」が一挙に露呈してきた。
古代社会に「ポトラッチ」というものがあって、社会にとって必要以上のものを皆で叩き壊すという慣習であった。しかし現代では余分に作っておいて買わせ叩き壊すのは社会的余剰物ではなく、虚構に踊らされた「貧困者の生活」ということになる。さらにその影響は貧困層を超えて、はてしなく広い層におよんでいる。
最近NHKの特集番組を見たらアメリカでレポマンという人達の存在を知った。寝静まった住宅街で、特殊な器具をつかって、駐車中のクルマの鍵をこじあけ、クルマを運んでいく。一見泥棒だけれどその正体は、自動車ロ-ンが返せなくなった人達のクルマ取立て業の人々である。レポマンの存在こそ「貧困者ビジネス」の破綻のシンボルである。
ところで今日の世界経済は社会のグロ-バル化とIT技術の進展を背景とした雨後のたけのこのような「ヘッジファンド」の勃興が大きな特徴である。
ヘッジファンドとは、資金を募って為替や株式や商品などに投入し、出資者にもうけを分配するファンド(基金)のことで、投機的な取引に付き物のリスク(危険)を減らすために、リスクを打ち消す逆方向の取引を組み合わせて行うヘッジ(回避)という手法から、その名がついている
近年社会問題化した「村上ファンド」もそうしたヘッジ・ファンドの一つである。
ヘッジファンドはリスクヘッジ(危険回避)の手法を次々と編み出し、それを売り物にして出資者を募り、投機で荒稼ぎする。その特徴は情報開示の義務などの規制がなく、誰が出資しているのかはわからないことだ。
しかしヘッジ・ファンドが破綻した時に、実はファンドに出資しているのが大銀行や大手証券会社などであることが明らかになりその実体を思い知らされる。要するに自らは規制が厳しい銀行や証券会社が、規制のないヘッジファンドを使って投機を行っているにすぎないのだ。
そして今日の世界の最大の特質はヘッジファンドがしかける投機マネ-があっというまに世界を駆け巡り、石油・金属・穀物などの国際価格の高騰をもたらし、我々の生活を直撃しているということだ
結局ヘッジファンドは、人々の日常に必要で不可欠な商品までも投機の対象とし、需要もないのに売買し、売値と買値の差額によって利益を荒稼ぎしようとしているのである。血に飢えたハゲタカではなく、利に飢えたハゲタカのようなものだ。
例えば世界で一日に必要な原油は約8500万バレルとされるが、毎日その何倍もが売買されているし、世界の外国為替取引は貿易総額の約100倍にもなっている。
インタ-ネットで得た商品相場情報を基に実際の必要をはるかに超える量のカネとモノが投機によって売買されているのが、今日の世界経済の最大の特徴といってよい。
ところで、ヘッジファンドのリスクヘッジはコンピュ-タを駆使した「金融工学」の発展を背景としている
今、世界中を蝕んでいるのがアメリカで生まれた金融の技術「債権の証券化」ということがいえよう。 「債権の証券化」というのはコンピュ-タ(IT)を駆使して収益の危険度を分散化する技術である「金融工学」に負っている。住宅ではサブプラムロ-ンや自動車の購入におけるロ-ン組み立てなどでこの技術が使われ、そのために貧困者も分を超えた住宅や高級車を購入することができるようになった。
結局、「債権の証券化」は貧者を対象とした「貧困ビジネス」を生みだし、従来なら全く想像すらできなかった事態を生じさせている。
サブプライムロ-ン崩壊、リ-マン・ブラザ-ス破綻まで我々はほとんどその実態を知らなかったといってよい。だがそれによって金融市場を逃げた金が石油先物市場に向かい石油価格の異常高騰という形で我々の日常生活を脅かした時、その影響力の大きさを思い知らされた。
とにかく貧困者にモノを買わせるという技術なのだが、そんなカゲキな金融商品(証券化)はどうして生まれたのだろうか。

アメリカでは十年ほどまえに住宅ブ-ムがおき、住宅ロ-ン会社はロ-ンを増やした。返済能力が低いと返せなくなる(焦げ付く)ので貧しいものに対しては当然金利は高くなる。 住宅ロ-ン会社は貧困者がおカネを借りやすくするために最初は低金利で、数年後には変動性の高金利に移る仕組みをつくった。
これが低所得者向けのサブプライムロ-ンである
そして重要なことは住宅ロ-ン会社は、元本・利子を受け取る債権を確実に回収するためにはやめに債権を売却したことである。そうして回収した資金をまた新たに貸付してその額は雪だるま式に膨れ上がる。この際に、債権売却に使った手法が「証券化」で住宅ロ-ン担保証券といわれるものであった。
また他のロ-ン債権などと組み合わせた別の証券に仕立てられて、高い金利が高い配当に姿を変え株式のような形で世界にばらまかれた
「債権の証券化」の最大の要諦は次のようなものである。証券化で発行する有価証券は資産を保有する者の信用力ではなく資産自体の信用力で発行するため、低コストで資金調達が可能となる。
小口で有価証券を発行するために広く資金を集めることができ、さらに重大なことは証券化する資産が債権であれば不良債権化するリスクを投資家に転移することができる、というものだ。
つまりいかに証券化しても負債(ロ-ン)が「焦げ付く」可能性はそのまま残っており、実際に住宅ブ-ムが去ると住宅購入者の資産価値は減るし、高率の変動性に転じた金利が生活を圧迫する。結局有価証券を握った投資家も結局配当を回収できずに証券の格付けは一気にトリプルAから格下げとなるである。
このサブプライムロ-ンと同様の仕掛けは住宅ばかりではなく自動車販売にも利用された。売り上げに悩んだ世界最大の自動車会社GMは、貧困者に目をつけ、この手法を車のロ-ンに適用して売り上げの向上ををはかろうとした。
ロ-ンを組む条件ではロ-ンの返済能力を問わない、名前、住所、職業、社会保険ナンバ-だけが問われる。営業マンは、車を買ってくれなくなる恐れがあるので返済能力に関わることを一切聞いてはならないのだ。
その結果、空き瓶を集めて生活をしている人でも高級車を乗りまわせるようになった。
金融工学の妙はリスクの組み合わせで金融商品をつくるということであり、格付け会社からトリプルAの評価をうけたのだから驚きである。この技術のおかげでGMは確かに一時息を吹き返すことができた。
また仮に自動車ロ-ンが返却されずとも「全体として」で損失を出さずに、逆に大きな利益をあげるのが「証券化」の技術であり、その摩訶不思議技術は「金融工学」に負っている。
返済できなくなった場合についての考慮はなく、とりあえず「買わせる」ことだけが重要なのだ。
まさに貧困者に一時的な夢を見させ、経済の趨勢が変わるや後は野となれ山となれ、ということだ。債権の証券化が「獅子身中の虫」となった所以である。
しかし昨年9月、リ-マンショックでバブル崩壊、証券化した債権はもはや売れなくなった。日本で土地の値上がりを前提としたバブルが、土地の値下がりによって一気にくずれたのと同様である。
おカネというのは管理通貨制度の下では完全な「虚構」なのだが、その虚構の上に虚構を上塗りしたような「債権の証券化」は、自然に生じた「虫」というよりも意図をもって生み出された「鬼子」といえるかもしれない。

日本では歴史的に「官打ち」というものがあって、身分不相応な地位を与えるとその人は「呪われて」早く死ぬということが信じられていた。後鳥羽上皇がおぼっちゃま実朝に対して高い地位を与えたのもそれをねらってのことだった。実際に実朝はまもなく暗殺された。
「呪い」などを考えるまでもなく「能力不相応な地位」「分を超えた生活」は人をダメにする。貧困者に夢を見させ買わせるだけ買わせ、後の生活破綻については関知しないという貧困者を喰いものにしたビジネスのツケはあまりにも大きい
金融工学の限定された範囲内での「合理化の徹底」は、殺傷一人当たりのコスト計算で展開されたベトナム戦争の「非人間性」をさえ髣髴させる。枯葉剤の後遺症はいまでも消えない。
アメリカが生み出した「獅子身中の鬼子」がウイルスのごとく蔓延して世界経済の体力をうばいとっている
世界経済危機をヘッジする新しい「血清」(抗体)はどこにあるのか。それとも人の欲望を抑える新型ウイルスでも開発すべきか。