ソロモンの智恵とクォンツ達

古代イスラエルの国王ソロモンは智恵の王として有名である。この人の智恵を聞こう、その智恵にあづかろうと諸国から人々が訪れたくらいだから、相当な国王だったのだろう。
レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラの「シバの女王」は、エチオピアにあったシバ王国の女王がおびただしい宝物を携えて、アラビアの大砂漠を越えて3か月以上もかかってイスラエル・ソロモン王を訪れた華麗で荘厳な様子を音楽化したものである。
それにしても、それほどまでに世の隅々に聞こえるソロモンの智恵はこの世のものとは思われない。
実はソロモンの智恵は、江戸時代の日本にも伝わり、徳川吉宗将軍下の町奉行・大岡忠相による「大岡裁き」の中で「焼き直して」使われているのだ。
ところでマンハッタンのウォ-ル街は、世界金融の中心地でユダヤ系財閥の銀行や投資会社も多い。この街に二番目のマンハッタンン計画として特別に優秀な頭脳として集められた人々つまり「クォンツ」達は、金融工学というモンスタ-をつくりあげ、世界的な経済危機を招いた主犯格の人々となった。
昨今、ソロモンの智恵を集めた「箴言」を読むべきは、このクォンツ達ではなかったかと、愚者グシャな私は思っている。
つまりはこの世には正しく見える道でも、実は迷い道があること、また神が一度曲げたものを元に戻すことは困難であるということをソロモンは教えている。
経済に関して「箴言」は例えば次のように語っている
「物惜しみしないものは富み、人を潤す者は自分も潤される。穀物をしまいこんで売らないものは民にのろわれる。それを売る者のこうべには祝福がある」(11章)
「急いで得た富は減る、少しずつたくわえる者はそれを増すことができる」(13章)「初めに急いで得た資産は、その終わりが幸いではない」(20章))
「富を得ようと苦労してはならない、かしこく思いとどまるがよい。あなたの目をそれにとめると、それはない。富はたちまち自ら翼を生じて、わしのように天に飛び去るからだ」(23章)などである。

金融界が理系の職場になりつつある。日本では「クォンツ」の呼称は一般的ではないが、金融の世界で数学的モデルに基づいた計量分析が極めて重要で、多くの金融機関は近年クォンツになりうる素質を持った理系人材の登用に積極的になっている。
2005年には、東京大学の大学院に、金融システム専攻という金融の専門家育成を目的とした学科が新設されている。 金融工学の発端はマネー市場の値動きが、熱力学の法則と極めて近いという発見だった
たまたま核兵器や宇宙開発競争が下火になった時代であったから、その分野の科学者達が次の活躍の場を求めてウォール街に流れ込み、数学理論で市場を予測しリスクをコントロールする挑戦が始まった。
金融工学と呼ばれるようになったこの技術は、証券化商品やCDSといった新たな金融商品を生み出し、世界のマネーをウォール街に呼び寄せていく。
金融工学とは結局、金融取引につきものの貸し倒れなどのリスクを自在に操る技術である。証券化はリスクを一つに集め封じこめ沈殿させ、CDSはリスクをまったく関係の無い第三者に肩代わりさせゼロにするというものだった。
リスクがあるからこそ抑えられていた欲望が解き放たれた。しかし金融工学では、そのこと自体によって生じる暴走やパニックにおける人々の行動まで計算されていなかった。
クォンツの間で「セクシ-でアピ-リング」といわれた金融商品が、いつのまにか「モンスタ-」と化した。
サブプライム・ローン大量に生み出され破綻したのも、金融工学のもたらす「リスク・ゼロ」への熱狂的な幻想があったからだ。「リスク・ゼロ」がどんな行動を生みだすか、数式上の与件(パラメ-タ-)の崩壊までは見越していない。日本のバブル時代の「土地神話」を思い起こす。

「リスク・コントロール」というものを広く考えれば、経済面だけではなくあらゆる分野で考えられ得る。
スポ-ツの世界で「攻撃的」とか「防御的」かは、ゲ-ムの局面、局面で換えていかなければならず、科学的リスク・コントロ-ル」とはいえないにせよ、それがゲ-ム全体の「リスク・コントロ-ル」となる。
野球でいえば「ID野球」はデ-タに基づいた確率論を部分的に採用するために、試合における「科学的リスク・コントロ-ル」に一歩近づいているかもしれない。
こんなことを思っているうちに、シンクロナイズドスイミングの小谷実可子さんの体験談を思いおこした。
なぜなら小谷さんの話の中で、競技中の演技の好・不出来が人智を超えた要素で左右されることを教えてくれたからだ。
小谷さんのアスリートとしての演技の中で、「水と一体化」するような体験が二度ほどあったという。
通常の演技では心の中で審判に点数をもらう為にああしよう、こうしよう、ここでアイキャッチしよう、など色々思っている自分がいる。しかし或る時、青い空にエネルギーをもらって動いている感じで、水中で息を止めてもまったく苦しくはなく幸せでしょうがない時間があった。
演技が終わってもほとんど疲れがなく、しかもこの時人生で最高得点をとって優勝したという。
小谷さんにとっての人生の転機は、ソウルオリンピックの後、野生のイルカと出会ったことであった
オリンピックの後、小谷さんの演技をテレビで見ていた全く知らないアメリカ人から電話があった。
男は「君の演技は素晴らしいが、水の中には君よりももっと美しく泳ぐものたちがいるから会いに行こう」と誘われた。
お節介にも毎年ように電話をかかってきて「シンクロが全てじゃない」と言われた。ずっと疎ましくと思っていたが、次のバルセロナオリンピックでは補欠にしかなれなかった。
後輩の奥野史子との壮絶な本番出場争いに敗れて身も心も傷ついていた。何しろ本番出場2時間前までどちらがデュエットに出場させるかコ-チ陣は迷っており、本番わずか二時間前に「試験演技」をさせて奥野・高山組で出場することが決まった。奥野・高山組はその時、銅メダルをとっている。
その後小谷さんは「シンクロだけが全てじゃない」という言葉を思い出し、1993年あの男がいうとおり夏にイルカを見にバハマに行った。
そしてイルカと並走して泳いだ時に体の中に電流のようなものが走ったという。海と一体化し自分のちっぽけさを知り幸福感に浸り、人生観が変わった
イルカはこちらの心の持ちようで「親しみ方」が違うのだそうだ。それからはイルカと対面するためにいつもピュアな気持ちでいようと心がけるようになったという。
小谷さんの体験は、ドルフィン・ヒーリングなどといった体験よりもさらに深い実存的なものであったように思う。オリンピックの代表争いなど自分を大きく強くしようともがき奮闘してきた。世にある限り様々な競争やシガラミに巻きとられてきた自分を見つめなおした。
小谷さんの幸福感には、自分の「ちっぽけさ」の体験がある。ただそれは、自分がイルカを通じて圧倒的に大きなものの一部であるという認識だった
今の我々はこうした根源的体験から、あまりにも遠い処に生きていように思う。
ところで小谷さんがイルカと泳いだ時、オリンピックの金メダリスト・マット・ビョンディも共にいたそうだ。小谷さんがシンクロの最中に水と一体化した体験を語ると、ビョンディも同じような体験を語った。
クイックターンで壁を蹴って折り返した途端に、何かポンと自分が離れたような感覚になって、斜め後ろから自分の泳いでる姿ずっと見ていたという。
そして最後にゴールタッチする時に、フッと自分自身に戻って電光掲示板を見たら、世界新記録がでていたそうである。
その時、小谷さんは、ビョンディとこの話をする為にバハマに来たと思ったという。さらにオリンピックに出たのもイルカと出会うためかと思ったそうである。つまり彼女はメダルを取るより尊い体験をしたのだった
小谷実可子さんは、かつてテレビの取材でギリシャに行ったことがある。
ギリシャの島の壁画にイルカと共存していた人の絵があるのを見た体験を思い起こし、自分はるか以前から目に見えぬ力でイルカと出会うべく導かれていたのかもしれない、と語っている。

古代イスラエルでこのソロモンが若者を訓育するために語ったものが旧約聖書の「箴言」に収められている。
「箴言」には、神を知ることは知識のはじめ、主を恐れることは智恵のはじめ、自らを賢者と思うな、などの智恵が語られえいる。
小谷さんのハバナでの体験は、イルカを通じて「人間を超えた存在」を体験することできたということだ
そこでウォ-ル街の「クォンツ」達が小谷さんのような体験つまり世界は人智を超えた働きの中にあるという意識をもった人達だったら、果たして「金融工学」などというものを生み出しただろうか、生み出したとしてもそこまで確信的に金融商品を売り出しただろうか、また格付け機関も「AAA」といった評価で太鼓判をおしただろうか、と思うのである。
今まで、未来を制御したり予測可能にしようとする人間の「設計主義」は常に失敗してきた。その究極に「金融工学」があるのだと思う。それは「見るによく食べるに良い智恵の実」に見えたのだが、実はモンスタ-のように暴走化した。
「創世記」は、バベルの塔を築こうとした人間に、神は「人間が思いはかることはよくない」と怒りその企てを虚しくしたとある。
またソロモンの「箴言」は、人の計略やはかりごとの脆さ、そして人が所詮人にしか過ぎないことを伝えている。
クォンツ集団のように特別な頭脳の持ち主は、「この世をデザインしコントロ-ルする」という人間を神の位置に置くが如き尊大さのリスクをこそ、心に刻むべきだと思う。
なぜならばそういう「智恵の実」の誘惑は、あまりにも「セクシ-でアピ-リング」であるからして。